童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~

牛一/冬星明

プロローグ

寺の本堂にある阿弥陀如来像の前で住持と小僧が対峙していた。


「話があるというのはそなたか」

「あぁ、そうだ」


その堂々とした態度は子供と思えない。

比叡山の門前である真正極楽寺しんしょうごくらくじに現れ、「住持に合わせろ!」と高飛車に呼びつけられた。

高貴な服を身に付け、供の数10人余り。

普通の子供でないのは一目で判った。

会ってみて、住持である昭淳しょうじゅんはその子の異質さを感じていた。


子供と思えないほどの威厳を持っていた。

後に控える武士二人は身なり、作法がしっかりしていた。

どこかの領主の小倅か?

昭淳はまっすぐに小僧を見据えた。


この真如堂をどこぞの寺と間違っている風でもない。


「そろそろ見定めはすんだか」

「本日はどのようなご用件で」

「そのまえにいくつか聞きたい」

「なんなりと」


乱暴な言葉使いであったが、小僧と思えないほど落ち着いていた。

まず、坂本で行われている僧侶の悪行・乱交をその子は指摘された。

僧であるのに、酒を飲み、肉を食し、女人と乱行していたが、それを止める者は皆無といってよかった。


この乱世において、比叡山も無関係でいられなかった。


抗争に巻き込まれ、将軍と争って山を焼かれたことも度々あった。

他宗派との争いも続いている。

力が無ければ、比叡山も生き残ることができない。


そして、現世に囚われた者が堕落していった。

だが、排除はできない。

その者達がいなければ、比叡山は成り立たないのである。

おぞましいことであるが、それを止める手立てはなかった。


「悲しいことでございます」

「天台座主様は如何にお考えか」

「座主様も心を痛めておられまする」

「そうか、いずれ世を正すのも賛同頂けるな」


子供の妄想か、それとも正義感が言わせたのか?

昭淳はもう一度、その小僧を見据えた。

あぐらに座り、ぴくりともしないままで笑っている。


「ははは、私は肉を禁じ、女を絶てなどと言った覚えはないのだがな」


小僧はタダならぬことを言うのです。


「酒は大地の恵みである。神・仏の奉げる物を邪悪というか。

肉は体の素となる。それを拒めば、命が乏しくなる。

女性にょしょうは命を生み出す。女性にょしょうを拒めば、民は滅ぶ。

おかしなものだ。

神も仏もそのように言わんぞ。

どう伝われば、このように間違ってしまうのか?

禁じているのは、修行のときのみ。

そのありがたみを感じて、悟りに至ることが寛容なのだ。

一生修行など無理だと思わぬか」

「これは異な事をおっしゃる」

「まぁいい、問答に来た訳ではない。天台座主様にお会いできるようにはかって頂きたい」

「天台座主様はお忙しい」

「タダとは言わん」


そういうと後の物が布で覆った籠を差し出した。


「こぉ、これは!」

「我が畑で栽培した椎茸だ」

「まさか、ありえん」

「栽培など無理と思うか、そんなことはない。これだけではないぞ。その儲けた銭で飢えた民を雇い、事業を大きくしてゆく。いずれは酒・酢・味噌・醤油・燻製・塩・布・鍬などの農具、薬などを作ってゆく。然すれば、より多くの民を救うことも可能だろう」

「民を救われると申されますか」

「救う。救わねばならん。天台座主様も私も同じ目的の為に生かされておる。願わくは、敵対者ではなく、互いに手を取り合う者となりたい」

「貴方様はいずれの方か」


小僧は悠然と構えた。

代わりに連れが口を開いていったのです。


「こちらにおわすお方は第12代将軍足利義晴あしかが よしはるが嫡男、菊童丸様でございます」


昭淳、目を見開いた。


頭を下げた。


「そう、俺は生まれながらにして将軍である」


菊童丸はそう言い切った。

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