ファストフード+クロスロード

@inagesan0729

第1話 サトコとヒマリ

「どういうことなのさ」

駅前のファストフード店の奥のボックス席。

サトコとヒマリはテーブルを挟んで向かい合う。テーブルにはまだ何もなく、ヒマリは下を向いたままだ。

「もう高校生だからさ。どこまで行こうが勝手だけど。学区からこんなに離れたこんな駅まではるばる来てるのはどうしてかって聞いてるの。」

ヒマリはますます縮こまる。




「いらっしゃいませ!また来てくれたんだね。」

修二の笑顔に、ヒマリの胸が瞬時に沸き上がる。

ファストフード店のまた隣にある小さな書店のカウンター。店内には殆ど客は居ない。

「あ、あの。この前の読書会の…」

ヒマリが小さな声で言いかけた言葉を修二は咄嗟に読み取った。笑顔のまま頷き、すっとカウンターから抜けて修二は書棚にヒマリを誘う。白いネルシャツを肘の上までまくりあげ、柔らかな風合いの生地が修二の華奢ではあるがきちんと幅のある肩を被っている。少し年代物なかすれのあるエプロンには「ほんはともだち」とプリントされてある。栗色のウェーブがかった長めの髪が無造作に襟足で束ねられていた。

「次の課題は太宰の人間失格だったね。いろいろあるけど、僕のお勧めはこれかなぁ。」

ざらついた紙に綺麗な紋様の表紙の文庫本を差し出した。

「…」

ヒマリは無言で下を向いたまま動かない。


「…ださい」


だ、ダサい?

修二はヒマリの言葉を瞬時に理解出来ず、動けずにいる。

「…ださい。…れください。それください!」

ヒマリは絞りだすような声を出した。


修二はその声を聞いて満面の笑みを浮かべたが、下を向いていたヒマリはその顔を見ることが出来なかった。



「うーん、何だかまだよくわかんないけど」

サトコがテーブルに乗り出して来る。

「ヒマリが自分で何か動いたってことがすごいなってことはわかったからいいや!」

サトコはフワッと席を立ち、しばらくして湯気のたつポテトの山をトレイに乗せて帰ってきた。

「共犯。なんかあるってことだけはわかったから。カロリーの共犯だよ。ヒマリも食べよ。」

顔を上げたヒマリ、ニヤリと笑うサトコ。

 

ヒマリはサトコと違う人種だと感じていた。彼女のまわりはいつも明るくキラキラ笑い声のたえない世界だったからだ。

小さな頃からひとりで過ごすことが多かったヒマリは本を読むことで喜びを見いだしていた。

サトコとはわかり合えない、そう思っていた。

塩気の強いポテトを指先でつまんだ。


「さ、サトコちゃんこそ ここでなにしてたの?」

「バーバに会いに来たんた。すぐそこのアパートに住んでる。高校こっちになったから定期使ってちょっと様子みに来てる。」

バーバ、会いに行く。

サトコの大事な人、なのか。


なんだ、サトコも同じだったんだ。


ヒマリのなかで何かが綿菓子のようにほんわかと沸き上がった。

もぐもぐと口を動かしてふたりの距離を咀嚼する。


「でさ、その大事に大事に隠してある風の本屋の袋はなによ。」 

サトコの言葉にヒマリは瞬間サブバッグを背中で全力で隠した。

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