第12話 同衾
宿屋に帰る前、服屋寄って普段着を購入した。レイラが着ている俺の寝間着と、俺が着ている護衛さんの形見も匂うようになってきたので、二人の下着と適当な洋服を上下をそれぞれ購入した。もう今晩と明日の朝ごはん代しか残っていない。
夕食は朝の屋台で食べた。今朝の俺を見て何か感じてくれたのか、今日は昨日と違った料理が並んだ。基本的にお金を払ってそれに見合った適当なものを用意してくれるという、すごくいい加減なシステムだが、今回はそのおかげで美味しい食べ物に多々ありつけたので、意外と良いシステムなのかもしれないな。
宿屋に入ると「おかえりなさい」と女将さんの出迎えがあった。さっそく部屋に案内され中に入ると、ビジネスホテルほどの広さで、木製ベッドが一つと、シンプルな机と椅子があるだけだった。
おっと、問題発生。レイラもそれに気付いた様子で、俯いてモジモジしている。
今夜は男と女が一つの部屋で、主人と奴隷の関係、普通?だったら何かあってもおかしくないが、俺は彼女と約束したので何もないと断言しよう。
とりあえず平然を装い、荷物の整理をする。レイラもそれに追従して作業を始めた。
何の会話もなく、黙々と作業をする。時折、目が合っては逸し、身体が触れては身を引き、自分でも中学生かとツッコミを入れたくなる程だった。
荷物の整理も終わり、やる事がなくなった。あとは寝るだけだが……その前に着替えを済ませたい。
レイラにジェスチャーでお互い逆を向いて着替えるよう提案した。
「は、はい、わかりました」
お互い壁を向き着替え始める。布の擦れる音だけが部屋を満たす。俺は先に下半身を着替え、上半身に移った。急いでの上着を着ようとしたが、仮面の上部が襟元に引っかかり四苦八苦していた。
「ここが引っかかってますよ」
そう言って、先に着替え終わったレイラが後ろから手を伸ばしたが、彼女の柔らかなものが背中に押し付けられ、正直今夜中、理性が持つかどうか不安になった。
というか、これから毎晩これの繰り返しだと思うと自信が……。
その後、どちらがベッドで寝るか一悶着あり、結局二人で寝ることになった。
お互いに背を向けて、早く眠ろうとするも意識は逆に冴えていく、王道的なパターンだ。
ベッドの大きさの関係から寝返りも打てず、レイラには悪いがこれ結構苦痛だな。
色々と真面目な事を考えて、背後の魅惑的な存在を消そうと頑張っていると、次第に意識が薄れてきた。
ようやく眠れる――。
「お、お父さん! お母さん! ダメ、逃げて!!」
レイラの声で意識が呼び覚まされた。
「ダメ、いやよ、いや! そっちはダメ!」
確か、人間の父とエルフの母と三人で、冒険をしていたって言っていたな。今一人で居ることと、この寝言を聞くと、もう彼らは居ないんだろうと想像がついた。
このまま寝かせていても辛いだけだから、レイラを揺すり起こした。
「はっ! え? 誰? ……あっ、ケンタ様、す、すみません。ちょっと寝ぼけていて……」
大丈夫かと頭を撫でてやる。一瞬ビクッとなったが、素直にそれを受け入れしばらく心を落ち着かせていた。
「ありがとうございます。すみません、夜中に起こしてしまって」
(いや、大丈夫だ。それよりもレイラは大丈夫かい?)
「あ、大丈夫です。ちょっと昔の事を夢見てしまって」
(そうか……)
ベッドの上に腰を掛け、窓から見える蒼白い月を見て感慨にふける。その様子はとても綺麗で儚く、抱きしめたい、守ってやりたいと心から思った。
「私、奴隷になる前は父と母と三人で冒険者していたんです。色んな土地を巡り、危険なことも嫌なことも沢山ありましたけど、それでも三人一緒で居ることがすごく幸せでした」
その時をつい昨日の事のように思い出しているのか、レイラから自然に笑みがこぼれる。
「けどある日、そこに居るはずも無い魔獣に襲われて、父と母は……。私は、命からがら逃げて助かりましたが、途中で力尽きてしまい、そこを奴隷商に助けていただきました」
(そうか、大変だったな……)
「それからすぐに首都へ行き、前のご主人様に買われました。仕入れ旅の途中だったらしく、その道中に、あの盗賊たちに襲われたんです」
(じゃあ、両親と別れてから、まだ間もないじゃないか)
「父は気さくで剣の腕がすごくて頼れる人でした。母は魔法に長けていて、怒ると怖かったけど、愛に溢れる人でした。前のご主人様も、短い間でしたが、商売に関する基本的な事を教えて頂きました。素晴らしい父母、商人のご主人様に愛され、良くして頂き私は大変幸せです。でも……でも、お父さん、お母さん……うっ……」
恐る恐る肩を抱いて胸を貸してあげると、声を上げて涙を零す。楽しい日々を思い出して、辛い一瞬を思い出して……。
耐え難い体験をしてきたんだな。出逢ってまだ三日目だが、それを感じさせない立ち振舞に、彼女への想いがひとしお強くなった気がした。
もうこれ以上彼女に悲しい思いはさせたくない。この気持ちが同情でも偽善でも構わない。その事実さえ達せればそれでいい。
彼女がもういいと言うまで傍にいよう。今の俺では何の役にも立たないだろう……だから、鍛えよう、学ぼう、実践しよう。俺はレイラのために強くなる。
朝、左腕に心地よい重みを感じながら目を覚ますと、レイラの可愛い寝顔が視界いっぱいに入ってきた。
(あぁそうか、あのまま寝ちゃったのか)
泣き疲れて寝てしまった彼女を、寝かせる時に抱きつかれてしまい、仕方なく……そう、仕方なくそのままの状態で寝ることにした。
禁断の果実がその柔らかさと温かさを絶えず伝えて来ているが、母親にも負けず劣らずの母性本能というか庇護本能が俺の煩悩を抑えてくれていた。
……そう、過去形だ!
今はヤバイ。ほんとヤバイ。
めっちゃ触りたい、ぎゅってしたい。キスしたい。
その無防備な唇にチュってしてもいいよね? ちょっとならいいよね?
いやいや、手は出さないって決めたじゃないか! まだ三日も経ってないのに、もう約束を破る気か!
肘なら! 肘であのマシュマロの形を変えるくらいならいいんじゃないか!?
なんて悶々とやってたら、レイラが目を覚ましてしまった。
天魔の感情が渦巻く中、まだ寝ぼけているレイラの頭を撫でてやると、ほっこりした笑顔をみせてくれた。今はこれで満足だ。
「あの、おはようございます。昨夜はお恥ずかしいところを……えと、ありがとうございました」
(あぁ、おはよう……)
こんな時に何て声をかけて良いか分からなくて、逆に今声が出せないことに安堵してしまった自分が情けない。
でも、自分でも表現できないこの気持ちを少しでも伝えようと、想いを込めて頭を撫でた。
「えへへっ、私、撫でられるの好きです」
真っ直ぐなその気持ちに顔が熱くなるのを感じ、照れ隠しにワシャワシャと髪を乱雑にかき乱した。
「わあぁ! もう! ケンタ様!」
(あははっ 可愛くなったよ)
頬を膨らませ怒ったような口を利くが、すぐに見せたその笑顔は、前にも増して俺の深いところに突き刺さった。
傍から見れば、イチャついているだけのやりとりに後ろ髪を引かれながらも、身支度に取り掛かった。
それから数日間、ランクアップの為にせっせと依頼をこなして行った。薬草の採集から収穫の手伝い、ペットの散歩など一日二つから三つほど依頼をこなして、四日目で待望のEランクにアップした。
「おめでとうございます。ランクがEにアップいたしました。今日からはEランクの依頼をお願い致します」
「ありがとうございます」
早速掲示板を眺める。出来れば魔法が使いたいから討伐系が良いんだが……字を覚えるかなぁ。
「これはどうでしょうか? ゴブリン討伐の依頼です。ランクは一つ上みたいですが、Eランクでも依頼を受けることが出来るみたいです」
大体の依頼書には対応ランクが二つ書いてある。このゴブリン討伐の依頼だと対応ランクはD(E)だ。これはEランクでも自信あるなら、やってもいいよってことらしい。
この討伐の依頼内容は街の南の森にいるゴブリンを討伐してほしいとの事だ。依頼者はこの街の警備長で常に依頼が出されているらしい。
何でも、ゴブリンは繁殖能力が高く、定期的に討伐しないと厄介なことになるらしい。依頼達成には五匹以上、ゴブリンの両耳を持ってくる必要があるみたいだ。うへ、ちょっとエグイな。
レイラが大丈夫と言っているんだ、大丈夫なんだろう。ゴブリン討伐の依頼を受け、カウンターを後にした。
「Eランクになったんだってな。おめでとう」
「ありがとうございます。門番さんには色々と薬草の場所など教えてもらいありがとうございました」
「いやいや、これも門番の勤めだよ。それより、今日も依頼を受けたのかい?」
「はい、ゴブリンの討伐依頼です」
「おぉ、いきなりDランク受けるのかい。ゴブリンは一匹一匹は対して強くないが、群れる数が多い。五体以上居たら、無理せずに他のを当たるんだぞ」
「ありがとうございます。大変助かります」
門番とあいさつを交わし、街を出発した。
この外見のせいで――いや、この外見のお陰で、すぐ人に覚えてもらえるな。
いや、ひょっとしたら男共の連中には、レイラの方が目立っているかもしれないな。
(よし、狩りを楽しもうか!)
「はい、行きましょう!」
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