第11話 依頼

 


 程なくして到着した冒険者ギルドは、二階建ての割りとしっかりした建物だった。

 中に入ると三十人ほど居るだろうか、結構な賑わいを見せていた。

 仲間たちと談笑する者、掲示板に釘付けな者、カウンター越しに女性の受付に言い寄っている者……その全員が異質な雰囲気を醸し出す俺たちに気付き、会話が消えた。

 全員の警戒心が強まったのが俺にでもわかった。息苦しい。大小様々な殺気を受けながら、俺たちは足を止めることなくカウンターに向かった。


「い、いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」

「す、すみません、冒険者登録とダイアウルフの肉と毛皮の買取りお願いできますか?」


 二十代前半だろうか、可愛い感じの受付嬢がいつも言っているであろう決まり文句に、後ろで待機していたレイラが返答する。

 至って普通の案件に胸を撫で下ろす受付嬢と、得体の知れない仮面が、実はニュービーだった事に周りからは安堵と失笑が洩れる。

 安心しきった面々に日常が戻り、再びやってきた喧騒にレイラも笑みを見せた。


「冒険者の登録にはお名前のみで結構です。これは、人間、エルフ、ドワーフ、魔族の四種族長の取り決めで、『世界の為の冒険者ギルド』という名目で発足された事が由来です。冒険者ギルドは全世界すべての街に支部がありますので、どちらでも同じようにご利用して頂けます」


 まさしく世のため人のためのモノだろう。これなら呪いが解けた後でも問題なくギルドを使用できそうだ。イマイチこの世界での魔族の扱いが見えてこない。エルフには盛大に嫌われていたようだが、ここではそうでもないようだ。それにまだ一度も魔族にお目にかかったことがないので、俺の容姿が本当に魔族のものなのかも疑問だ。エルフの長老(仮)も確認してきたくらいだ。多少魔族と違うのかもしれないな。


「冒険者登録完了いたしました。ケンタ様、レイラ様、これでお二人はFランクの冒険者です」


 ちなみに登録は、レイラに代筆して貰った。冒険者のランクは最低ランクのFから、E、D、C、B、A、Sと上がるらしい。


「依頼書には依頼内容、対応ランク、報酬内容、期限、未達成時のペナルティが書かれていますので、それらを吟味した上でカウンターの方までお持ちください」


 掲示板に目をやると、依頼書が数十枚ピンで留めてある。今でも数人の冒険者が、眉間にシワを寄せつつ選定している。


「ランクアップに必要なものは、経験と強さです。まず同ランクの依頼を最低十回達成していただきます。FランクからEランクへはランクアップ試験はございませんので、そこでランクアップとなります。Eランク以降は、ランクアップ試験を受けていただきます。ランクアップ試験は一つ上の討伐系依頼です。EランクからDランクへのランクアップ試験はDランクの討伐系依頼を達成する必要があります。ギルド職員も同行し、不正無く討伐できれば試験クリアとなります。他に何か質問はありませんか?」

(EからCとか飛び級は出来るんだろうか)

「一気にEランクからCランクへ飛んでランクアップする事は可能でしょうか?」


 ……レイラのジェスチャー理解力はもうSランクだな。


「EからCへのランクアップは可能です。ただし、Eランクの方がCランクの依頼を受けることは出来ませんので、チャンスはかなり少ないと思います。可能性としては、ギルドの緊急依頼時くらいですかね」

「分かりやすい説明、ありがとうございました」

「パーティー登録はどういたしましょうか?」


 パーティー登録は依頼を複数人で受ける時に必要で、固定、臨時、レイドの三種類があるらしい。固定はギルド証に記載され、パーティー名を付けることも出来る。臨時は依頼単位でパーティーを組み、依頼が終わったら解散する即席のものだ。レイドはパーティー同士のパーティーで、難易度の高い依頼の時に良く利用されるらしい。パーティー名は追々付ける事にして、俺たちは固定パーティーを組んだ。

 二人の冒険者登録は滞り無く終わり、最後に肉と毛皮の買い取りをしてもらった。肉は一つ銅貨10枚、五つで銅貨50枚に、毛皮は一枚銅貨20枚、五枚で銀貨1枚の合計銀貨1枚、銅貨50枚になった。ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚らしい。


「司祭様がいる街『グランディ』は、ここより北東に一カ月ほど行ったところにあります。道中、獰猛な魔物や魔獣などと戦闘になる可能性がありますので、この街である程度準備してから出発したほうが良いと思いますが、どうでしょうか?」

(……じゃあ、それで)


 元冒険者だけあってこういう所は大変心強いな。冒険者で名を残せるのは、準備や退路の確保がしっかり出来ているからだと、テレビか何かで見た事がある。見習っていこう。


「おい、ちょっと待てよ」


 ギルドを出ようとしたら、冒険者よっぱらいの一人に呼び止められた。

 あまり強そうな感じはしないが、常連の雰囲気は人一倍だ。


「おめぇ、名前なんてんだ?」

「この方は――」

「奴隷には聞いてねぇ! 仮面野郎! おめぇに聞いてんだ!」


 無用な争いは避けたいので前に出ようとすると、レイラが俺を牽制するように前に立ち、凛とした佇まいで冒険者と対峙した。


「ケンタ様はその仮面の呪いで言葉が発せなくなっております。私を盗賊から助けて頂いた時に、不慮の事故でそうなってしまったのです。もし、ケンタ様に何か言いたい事がございましたら、どうぞ私におっしゃってください」

「っ……」


 冒険者よっぱらいはレイラの気迫に飲まれ、何も言えず目を落とした。

 レイラが俺に対してそういう負い目を感じていたのか……。


「では、先を急ぎますので失礼致します」

「おい、奴れ……いや、お譲ちゃん、名前は?」

「レイラです」

「レイラか……その、悪かったな。レイラ」

「いえ、こちらこそ差し出がましい事を……申し訳ありませんでした」

「いやいや、こっちこそ! オホン、何か判らないことがあったら聞いてくれ。……レイラちゃん!」

「はい、よろしくお願いします!」


 最後はちゃん付けまでしやがって、ふざけるな! 俺だってまだ名前すら声に出して呼んだこと無いのに……。

 小学生みたいな感情がグルグルと渦巻く。そんな俺を見てか、申し訳無さそうにレイラが謝罪してきたが、レイラに落ち度は全くない。ただ、俺一人で杞憂していただけだった。


 俺はレイラの頭をグリグリ撫でて、自分の感情を落ち着かせた。


 まず先に宿屋の確保だ。一泊素泊まりで一部屋銅貨30枚だったので二泊分支払った。これで残りは銅貨90枚。次に武器屋に行き、レイラの武器を買った。俺の石槍でも大丈夫ですとは言ったが、これが命の生命線なので、銅貨60枚で鉄のダガーを購入した。

 残り銅貨30枚でレイラの洋服を買おうと提案してみたが、強い勢いで却下されたので予備金として取っておくことにした。俺の寝衣なんだけど……それでいいのかな。


 この街では二人の武器と装備品が揃うまで居ることにしたので、その為には冒険者ギルドで依頼を次々と回していかないとダメだな。

 早速俺達は冒険者ギルドに顔を出し、良い依頼が無いか掲示板を探した。


 字が読めないのでレイラに端から順番に読上げてもらう。依頼内容は様々だが、大体採集、討伐、護衛とその他に分けられそうだ。

 採集はFランクからCランク、討伐はEランクからSランク、護衛はDランクからSランクと冒険者の実力を加味した配分になっているようだ。

 その他には、畑の手伝いや掃除、家庭教師に店番、話し相手など様々だった。


 Fランクで出来る依頼は、採集とその他の子供でも出来そうなものばかりだった。


「このスタビ草なら、この街に来る途中に自生していたのを見ました。どうでしょうか?」

(じゃあ、それで行こう)


 薬草などの知識が皆無の俺には、レイラに頼る他ないよな。

 

「スタビ草の採集ですね。十本で依頼達成となります。それ以上は別途買取とさせていただきます」

「わかりました。よろしくお願いします」

「南の街道にはC級のストーンボア―の目撃情報が上がっておりますので、気をつけてください」

「はい、ありがとうございます」

(多分もういないよー)


「レイラちゃん、ヘンな事されそうになったら、大声出すんだよ!」

「は、はいっ」


 おいっ!


「頑張れよ! ニュービー仮面!」


 可笑しなあだ名が付けられたようだが、怖がられたり、悪さされるよりは全然いい。


(まかせとけ!)


 冒険者よっぱらいたちに適当なポーズを決めて見せると、ギルド中がドッと笑いに包まれた。

 あれ、レイラ……こいつ膝が崩れ落ちるほどウケてやがる。

 声を上げないよう、必死に笑いを噛み締めているレイラにチョップして、冒険者ギルドを後にした。



 銅貨5枚の朝食を屋台で食べたが、意外と口に合う味付けだった。

 全体的に薄い味付けだが、素材の良さもあるのか旨みがすごく感じられた。

 口部分が壊れていなかったら、俺は何も食べられず餓死していたかもしれないと思うと、ゾッとするものがあるな。


「お、冒険者ギルドに無事入れたか。これから依頼かい?」

「はい、スタビ草採集の依頼を受けました」

「そうか、スタビ草ならここから南にしばらく行った所に沢山自生しているから、依頼達成は楽だろう。あと、ギルドでも言われたと思うが、C級のストーンボアーが彷徨いている可能性がある。見つけたらすぐに街に戻るんだ」

「わかりました。ありがとうございます」


 街の畑を通り過ぎ、見慣れた道を暫く進むと、レイラの目指していたポイントに到着した。


「ケンタ様、これがスタビ草です。すべて採ってしまうと次が育たなくなってしまうので、半分程度残して採りましょう」

(ラジャ!)


 黙々とスタビ草を採る。とは言ってもそこまで多く自生しているわけじゃないので、あっという間に半分程度を摘み終えた。数にして三十本だ。






「確かに三十本あります。これでスタビ草採集の依頼達成です。報酬は銅貨48枚となります。振り分けの方はどういたしましょう?」


 俺は実際に採ったり倒したりした数で配分しようと提案したが、レイラはすべてを俺に、と言ってきかない。押し問答の末、報酬は俺が一括管理する事になった。

 低ランクの依頼だから報酬が心許ない。今日の出費は宿泊費銅貨30枚、朝晩の食事に銅貨20枚の計50枚だった。それに対して収入は銅貨48枚……赤字だ。明日からは最低でも二つ以上の依頼をこなすか、せめて銅貨50枚になるように量を調整して行っていこう。


 

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