11.それを罪と呼ぶにはあまりにも(下)

 美遊が呪術師としての才能を認められた頃から、ある異変が起こり始めたのだという。

 「学校」で、そして戦場で、「赤の組」のリーダー格の少女達が、変死を遂げることが多くなったというのだ。


 ある少女は、何の変哲もない階段から転げ落ち、命を落とした。

 ある少女は、水浴びの最中に足がつり、溺死した。

 ある少女は、食事中に硬いパンを喉に詰まらせ、そのまま窒息死した。

 ――そしてまたある少女は、戦場のただ中で突如として奇声を発し、怪物の群れに自ら飛び込んで行って、死んだ。


『いずれも、「黒の組」へのイジメを主導していた少女達でした。その頃を境に、「赤の組」の戦死者は増えていき、それとは逆に「黒の組」の犠牲は減っていきました。もちろん、「黒の組」の少女達が魔術師として腕を上げていたことも寄与していたのでしょうが……恐らくは、それだけではなかった』

「美遊が呪術で、『黒の組』の不運を『赤の組』へ押し付けていた、と?」

『……ええ、恐らくは。そしてその気配を、当の少女達もどこかで感じ取っていたようです』


 「美遊とその仲間を傷付けようとすれば呪い殺される」――いつしか、「赤の組」の少女達の間で、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになっていたという。

 「黒の女王」という呼び名はそもそも、「赤の組」の少女達によって付けられた恐怖の象徴だったらしい。


 ……幼い頃の美遊は、本当に優しい子だった。

 たとえ「悪い人」相手であっても、「その人にはその人の理由があった」と考え、一方的に責めたてるようなことはしなかったくらいだ。

 その美遊が、自分と仲間達に危害を加えた相手とはいえ、同じ人間に――拉致されてきた少女達に一切の容赦をしなかったという事実は、俄かには信じがたかった。


「……美遊を、そこまでの行動に走らせたものは、一体何だったのでしょう? やはり仲間の命を守る為に? それとも、何か他の要因が?」


 我知らず、白き魔女にそんな質問を投げかける。

 美遊は、「異世界」で筆舌にし難い恐ろしい経験をしたのだ。化け物からだけでなく、同じ人間、同じ拉致被害者からも凄惨な恐怖を与えられた。だから、ある程度はやむを得ないことだったはずだ。

 それを理解しながらも、僕は問いかけざるを得なかった。

 だが――。


『もちろん、基本的には仲間の命を守る為だったのでしょう。

 でも――お兄さん。……これはお伝えしようかどうか迷いましたが、やはり伝えておきましょう。美遊があそこまでの冷徹さを持つに至った、その感情の根底にあるもの……それは、です』


 白き魔女の答えは、全く予想外のものだった。


「僕……ですか? 美遊が容赦を捨ててしまった理由が、僕にあると!?」

『はい。私も知ったのは、美遊をこちらの世界へ送り返す直前のことですが……彼女ははっきり言ったのです。「これでようやくせーちゃんに会える」と。「

「『首輪』を外す前……? え、でも『首輪』を付けられている間は、家族の思い出を奪われた状態だって……」


 そうだ。リサからもそう聞いているし、先日他ならぬ白き魔女自身が、リサの「首輪」を外して家族の思い出を蘇らせていたじゃないか。


『私にも理由は分かりませんが、美遊は家族の記憶を奪われた中でも、。「首輪」をかけられてからも、ずっと。もしかすると、呪術の才能を持っていた彼女には「首輪」への耐性があったのかもしれません。

 だから、他の少女達が家族の思い出を取り戻す為に「魔女連盟」に従っていたのに対し、美遊だけは違ったのです。記憶の中にただ一人残っていた「大切な人」である貴方と、いつの日か生きて再会する。そのことだけを一縷いちるの望みとして、泥をすすってでも生き抜く決意を固めていた。――そう言っていました』


 ――頭が真っ白になる。

 つまり……白き魔女の話を信じるならば、美遊があちらの世界で「黒の女王」だなんて呼ばれる程の冷徹さを身に付けたのは、なんとしても生き延びる為――生きて僕に再会する為だった、ということになる。

 美遊が他人を犠牲にしてまで――殺してまで生きようとしたのは、僕のせいだった?


『もちろん、貴方ご自身には何の責任もありません。全ては美遊の心の中での出来事です。でも、どうか知っておいてほしいのです。貴方への想い故に、何かを失くしてしまったあの娘の悲しみを。その執着を――』



   ***


「――あら、せーちゃんおかえりなさい。鈴木さんとのお電話は、もういいの?」

「……ああ。要件自体はすぐに終わったよ。後はちょっと、世間話してた」

「ふぅん……?」


 リビングへ戻ると、既に鍋は締めの「おじや」の準備が万端だった。どうやら僕を待ってくれていたらしい。


「清十郎おそーい! 待ちくたびれたよ! ささ、早くおじやおじや!」


 ――前言撤回。僕におじやを作らせようと、待っていたらしい。

 見れば、小太郎さんが苦笑いを浮かべていた。もしかすると、小太郎さんがやってくれようとしたのを、ユーキが止めていたのかもしれない。

 おのれ親友。こっちはまだ頭が混乱してるというのに……。


「よし、待たせた分チャッチャと作るか」


 そんな内心はおくびにも出さず、僕はおじや作りに取り掛かる。……こういう時は、手を動かしていた方が気が休まるものだ。


 まず残り汁を軽く煮立たせて、泡立って来たら弱火にして冷ご飯を投入。

 そのままじっくりと火を通し、ご飯に味が染みてきたら溶き卵を入れて、強火にして軽くかき混ぜる。

 溶き卵がいい感じに固まってきたら、モツ鍋おじやの完成だ。

 今日のおつゆは、鶏がらと和風だしの合わせ技。そこにモツから染み出したうま味と、アクセントで入れたニンニクの風味、ニラやネギから出た味が合わさって、絶妙のハーモニーを醸し出している……はずだ。


「取り分けるのは私がやるわ、せーちゃん」

「……じゃあ、美遊にお願いしようかな、うん」


 お玉を片手に微笑む美遊。けれども、この笑顔の裏側には沢山の傷が隠されている。

 今でも痛いはずなのに、美遊はそれを僕に見せようとはしない。


『彼女の日常を本当の意味で取り戻すのには、時間と根気が必要だ。……その覚悟はあるかい? 清十郎』


 かつてのユーキからの問いかけが脳裏に蘇る。

 もしかすると、ユーキはあの時には既に気付いていたのかもしれない。美遊が「異世界」で他人を傷付けながら生き延びて来たことに。

 でも、その真実を知ったところで、僕の答えは変わらない。


(――当たり前だ)


 おじやに舌鼓を打つ美遊の姿を眺めながら、僕は一生をかけてでも彼女を守るのだと、決意を新たにするのだった。



(第五話 了)

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