10.それを罪と呼ぶにはあまりにも(上)
一月下旬は慌ただしく過ぎ、既に二月。リサや白き魔女が黒木家を訪れてから、数日が経ったある日のこと。
僕と美遊は、かねてから計画していた「鍋パーティー」に、ユーキと小太郎さん夫妻を招待していた。
「しかし、清十郎も薄情だね。金髪碧眼のロリ巨乳美少女なんて素晴らしい存在が来ていたのなら、私を呼んでくれれば良かったのに!」
「……安心しろ、お前だけは絶対呼ばないから。というか、呼ぶ暇なんてなかったから。本当に大変だったんだぞ?」
小太郎さんと一緒に鍋を囲んでいるというのに、ユーキは相変わらずの平常運転だ。
その小太郎さんは、ユーキの
「で、そのリサちゃんとやらは今どこに? いや、別に私が一目見たいとかあわよくば匂いを嗅いでみたいとか、そういう話ではなく、純粋に知りたいだけなんだけど」
「リサちゃんのご実家が九州にあるらしいから、今はそちらへ行っているみたい。あとユーキちゃん、可愛い子だからって見境なしなのは良くないと思うの」
美遊も最近ではユーキの変態発言に慣れっこになってきたらしく、軽いツッコミを入れつつ、適度なスルーも出来るようになっていた。
……それが良いことなのかは微妙なラインだけど。
「九州、か。もしかして今日のお鍋が『モツ鍋』なのは、遠く異郷のリサちゃんとやらに思いを馳せてのことかい? なになに? 清十郎ってば、その子のこと好きになっちゃった?」
「なんでそうなるんだ。お前に鍋のリクエストを聞いたら『モツ鍋!』って即答したからだろう。そもそもモツ鍋は福岡の郷土料理であって、九州全体ものじゃないんじゃ? リサの故郷が具体的にどこの県なのかも聞いてないし」
――等と、ユーキの軽口に少しだけ頭痛を覚えつつも、鍋パーティーは和やかに進んでいった。
美遊は、モツ鍋を食べるのが初めてなので少し心配していたけれども、どうやら気に入ったらしい。飲み込むタイミングに少し悩みつつも、中々のハイペースでモツやキャベツやニラを、モキュモキュと消費している。
「いやあ、祐希から聞いて知っていましたが、黒木さんは本当に料理がお上手なんですね。この鍋つゆも手作りでしょう?」
「いえいえ、前にテレビで見たものにアレンジを加えただけですよ」
「それでも手作りには違いないでしょう。今度レシピを教えてもらえませんか?」
小太郎さんにも僕特製モツ鍋は好評だったようで、一安心だ。
ユーキ夫妻とは外食は何度もしているけど、こうやって黒木家へ呼んで自作の料理を振る舞ったことはなかった。美遊も小太郎さんには気を許しているようだし、今後はこういう機会を増やせたらいいな。
ぼんやりと、そんなことを考えていたその時、不意に僕のスマホが鳴った。
電話をかけてきたのは――鈴木さんだった。
「お、鈴木さんだ」
「鈴木さん? こんな時間に何の御用かしら……」
「この間、僕に『少し確認したい事があります』って言ってたから、多分そのことだと思うよ? ちょっと長くなるかもだから、部屋で電話してくるよ。あ、皆は気にせずに食べててくれ」
そのまま「もしもし? 少々お待ちいただけますか?」等と応答しながらリビングを出て、二階の部屋へと向かう。
……自然に振る舞えただろうか? 美遊は案外と勘の良いところがあるので、気付かれていないと良いけど。
「――お待たせしました。もう大丈夫です」
『はい、お待たせされました。……それで、私にお話とは何でしょうか? お兄さん』
電話口からは、明らかに鈴木さんではない、硬質な女性の声が流れてくる。
――そう。電話の相手は鈴木さんではない。鈴木さんの電話を借りて話しているのは、何を隠そう白き魔女だった。
先日の騒動の後、僕は鈴木さんを通じて彼女にコンタクトを取っていたのだ。
「話というのは、他でもありません。美遊の……あの子の呪術という力についてです。白き魔女さん、単刀直入に聞きます――美遊は、あちらの世界で呪術の力を人間にも向けていたのですか?」
『――っ』
電話口で、白き魔女が息を呑むのが分かった。その反応が何より、僕の質問が
『美遊本人から聞いた、のではありませんね?』
「はい。リサがあちらの世界での出来事として話していたんです。彼女達を陥れた人間に、美遊が呪術で仕返しして、それで……その人達は怪物の餌食になった、と」
『そうですか……。リサ、全くあの子は……いえ、あの子を責めても仕方ありませんね。あの子にとってそれは、美遊の武勇伝として誇らしく感じるものだったのでしょうから』
白き魔女の声は憂いに満ちていた。電話越しでも彼女の悩ましい表情が窺えるような、そんな声音だ。
「実は、こちらへ戻って来てからも、美遊が他人を呪ったことがあるんです。どれも大事には至ってませんが、美遊は一度『敵』と認識した人間には容赦が有りません。明らかに、人間を呪い慣れている。だから、あちらの世界でも頻繁にそういうことがあったのではないかと、お聞きしたかったんです」
『……貴方には、辛いお話になるかもしれませんよ?』
「覚悟は出来ています。僕は美遊の全てを受け止めて、その上でこれからの彼女の人生を守ってあげたいんです」
――我ながら、思い上がったことを言っていると思う。美遊の味わって来た地獄は、きっと僕なんかが受け止めきれるものではない。
けれども、たとえ力足らずだとしても、僕は、僕だけは美遊の味方でいなければならない。足らないなら足らないなりに、僕の全てを賭けてでも。
『……分かりました。私も全てを知っている訳ではありませんが――』
そう前置きして、白き魔女は語り始めた。
基本的な話は、先日リサが話してくれたことと同じ。
体力に優れた「赤の組」の少女達は、お荷物同然であった美遊達「黒の組」へ嫌がらせやイジメを行っていた。
けれども、その内容は僕の予想以上に酷いものだった。
日常生活での暴力は当たり前。他にも、食事を奪ったり服を隠したり。川で顔を洗っている子を数人がかりで押さえつけて溺れさせる、なんてことも日常茶飯事だったらしい。
――そう言えば、美遊は以前、うつぶせになるタイプのシャンプー台を怖がっていることがあった。あれは、その出来事が起因しているのかもしれない。
しかもそれら暴力は、「魔女連盟」の暗黙の了解の上で行われていたという。
白き魔女が言うには、「赤の組」には暴力による
――『人間の負の感情は「魔女連盟」の魔力源の一つだった』と、白き魔女は悲しげな声で教えてくれた。
戦場でも、「黒の組」の少女達は盾にされたり囮にされたりと、散々な扱いだったらしい。命を散らす者も少なくなかったそうだ。
特に美遊は、呪術の才能が開花する前は魔術もろくに扱えない「足手まとい」として、格好の的になってしまったという。
――そう、本当ならばとっくの昔に死んでいてもおかしないほどの酷い扱いを受けていたのだとか。
『思えば、その当時の美遊は既に、無意識に呪術の才能を開花させていたのかもしれません。本来ならすぐに死んでしまっていたようなあの子が、あそこまで生き延びられた。……誰かに、自らに訪れるはずだった死の運命を肩代わりさせていた可能性もあります』
「そのことを、美遊本人は……?」
『薄々気付いていたと思います。あの子は呪術を使うことを厭わないけれども、同時に忌み嫌っていましたから……。そして、自覚していたからこそ、次第に人間相手に使うことへの抵抗も無くなっていったのでしょう。
――あれは、美遊が呪術師として実力を認められ始めた頃のことです』
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