第三話「自称・親友がやってきた!」
1.ある朝の出来事
「ありゃ……またやられた……」
ある朝のことだ。
いつものように、夜明けとともに庭の見回りを始めた僕は、「手塩にかけた我が子」の無残な残骸を発見してしまった。
――収穫時期を迎えていた家庭菜園の大根が、獣か何かに食い散らかされていたのだ。
恐らくはアライグマの仕業だろう。連中はなんでも食べる。
「どうしたの、せーちゃん?」
絶望に浸っていると、僕を追って起きてきたのか、美遊が寝間着のピンク色のパジャマ(可愛い)の上からダウンコートを着ただけのラフな恰好で庭先に現れた。
「美遊、そんな恰好じゃ寒いだろう。風邪引くよ?」
「あら、吹雪いてもいない冬なんて、私へっちゃらよ? むしろ暖かくて過ごしやすいくらい」
「……そ、そうか」
何でもない事のように語った美遊の言葉に、僕の背筋に冬の寒さよりもなお冷たいものが走る。
……「異世界」とやらの環境は、どれだけ過酷だったんだろうか。
「あら……家庭菜園? でも、大根さんがメチャクチャね。ワンちゃんか誰かのイタズラかしら?」
「いや、多分アライグマ」
「あらいぐま……? アライグマって、あの可愛らしい? 鎌倉にいるの?」
「ああ、誰かが飼っていたのが逃げ出して、野生化しちゃってね。しかも結構繁殖してる。今じゃ害獣扱いだよ」
「ええっ!?」
美遊が驚くのも無理はないだろう。僕らが子供の頃は、アライグマと言えばアニメの中で可愛らしくはしゃいでいるような動物だった。
でも、実際の奴らは野菜も他の動物もなんでも食べるし、案外と爪は鋭いし獰猛だしで、アニメみたいな可愛い生き物じゃなかったりする……。
「前にも育てていたトウモロコシを全部食べられちゃってね……。しかもあいつら、ご丁寧に芯の部分を、こう、綺麗に並べて置いていったんだ……」
「……器用なのね、アライグマさん」
トウモロコシを収穫しに行ったら完全に食べられていて、芯だけが綺麗に地べたに並べられていた光景を目にした時の、僕の心境を的確に表現する言葉があるとしたら、それはきっと「脱力」だろう。
本当に綺麗に、平行に並べられていたので、最初は人間の仕業かと思ったくらいだ。
「本当に器用なんだよ、あいつら。フェンスを設置しても登られたり外されたりされちゃうし、センサーライトも怖がらない。一応、市に許可を取れば罠で捕獲してもいいらしいんだけど……生半可な罠だと逃げられちゃうし、あんまり強力なやつだと殺してしまう……。対策が難しいんだ」
「……あんなに可愛いのに、困った子たちなのね。――そうね」
「ふむ」と考えるような仕草をする美遊。考え事をしている時、ちょっと困ったような表情を浮かべるところは、小学生の時と変わらないらしい。
「ねぇ、せーちゃん。アライグマさん達避けに、ちょっと呪いをかけてもいい?」
「……はい?」
「だから呪い。特定の動物を避けるくらいだったら、他に与える影響も少なくて済むと思うの」
――ああ、そうか。美遊は「異世界」とやらで呪術を学んできたのだった。
呪術を使うこと自体には抵抗があるけど、同時に身体に馴染んだ技術だから自然と使ってしまう、とも言ってたな。
「そうだね……。影響範囲が少なくて、美遊も使うことに抵抗がないのなら、少し試してもらってもいいかな?」
「分かったわ! じゃあ、ちょっと失礼して……『アルビラ・エト・プリム。パロムス・ペトス・クッソス・アルビラス』」
美遊が空を仰ぎながら、鈴の音のような声で高らかに呪文を唱えた。
それはまるで詩を吟じているかのように美しい旋律で、僕は思わず聞き惚れてしまった。とても呪術とは思えない。
――けれども、その効果は絶大だった。
そこから数日間、黒木家の敷地にはアライグマどころか、鳥の一羽も近寄らなくなってしまったのだ。
「ちょっと加減を間違えちゃった」とは、後の美遊の言葉である……。
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