初期費用1000万円で異世界を救ってみませんか?~LOVE AND PEACE AND MONEY~

近藤近道

異世界に銃声が響いた

第1話 真っ白な夢の中で

 真っ白な夢だった。

 白い砂の大地と、白い夜空しか見えない場所に俺は立っていた。

 夜空が白いというのも変な感じだったけれども、輝くことなく沈殿している空の色は、間違いなく昼の空ではなく夜の空だと思わせた。


「でも夜の空なら黒いもんだよな……」


 空から足元まで全てが白い。

 単色の景色は海を連想させた。

 昔、バンドのメンバーで海水浴に行ったことがあった。

 目の前の全てが青に見えるのは美しかった。

 地球と、そこに暮らす人類や様々な生き物の生命力。

 そういった素晴らしいものを感じられるような青だった。

 みんなでそれを見て、感動したのだった。


 だけどここの白は静まりすぎていて、人を不安にさせる。


「早く夜を黒に戻さないといけないな」


 俺はそれが使命だと思った。

 夢だから、そういう突拍子もない目標設定にもなる。

 白くなった夜を黒に戻すために、なにかをしようと思ったのだけれども、それを止める女性の声が聞こえてきた。


「一度白くなってしまったものは元に戻せるものではありませんよ」


 女性の姿は見えないが、すぐ近くから声は聞こえていた。

 声はまだ若い感じがする。

 だけど素っ気なく子供に構うような調子で、熱のない尊大さを含んだ喋り方だった。


「でもこんなにも白くなっているんだ。戻さないといけないでしょ」


 辺りを見回して、女の姿を探しながら俺は答えた。

 女は姿を現さなかった。

 だけど声は聞こえてくる。


「死んだ人間だって生き返りはしないでしょう? 死人が白い夢を見ているのですから、黒くしようがないのですよ」


「死んでいる?」


「あなた、死んだんですよ」


 と女性は言った。

 言われてみれば、心当たりはあった。


 今日は、バンドを解散しようって話があって最悪な日だった。

 十年近く続けてきたバンドなのに。

 まだメジャーデビューの夢を果たしていないのに。

 それなのに解散するなんて、俺は認められなかった。

 解散話は、結論がまとまらないまま終わった。

 と言うか、歩み寄りのないまま口論も膠着してしまって、お開きになったのだった。


 その帰り道に、バイクにぶつかられたのだ。

 バイクは赤信号で止まっている車の脇から飛び出してきた。

 相当急いでいた……にしたって危険な運転で、酔っ払っていたのかもしれない。

 とにかく、あれは死んでもおかしくはないスピードだったと思う。

 はねられた上、どこかに頭をぶつけでもしたのだろう。


「一瞬すぎて、走馬灯も見なかったな。この夢も、走馬灯じゃないみたいだけど?」


 走馬灯なら、思い出すのが海に行ったことだけってのはない。

 彼女の歌声とかさ、そういうのが色々あるだろう。


鴎鉄おうてつこうさん。あなたに話がありましたから」


「これはあんたが見せている夢だってことなのか?」


「夢の中身なんて、私の責任ではありませんわ。私はただ、あなたとお話をするために夢を見ていただいているだけ。こんな白い夢を見ているのは、私ではなくてあなた自身なのです。わかりますか?」


 なんとなくは、わかる。


「きっかけを作ったのはあんた。だけど夢の内容は俺の責任」


「正しい認識です」


 やっぱり走馬灯ではないのか。

 しかし女性の言っていることが本当だとして、人に夢を見せるってのも不思議な話だ。

 どういうことなんだと尋ねる間もなく、声だけの彼女は彼女の話に移る。


「私があなたを呼んだのは、世界を救っていただくためなのです」


「世界? 俺は夢半ばで死んだんだろ? バイクに轢かれてさ」


 俺は、音楽で世界を動かすことができないまま死んだ男だ。

 そんな男になにを救えと言うのか。


「そうです。あなたの地球での人生は終わりました。ですが私が救っていただきたいと言っているのは、あなたの生きた世界とは異なる世界の話です。その世界で私は、人々の願いを聞き、それに応じる役目を仰せつかっています。私の力なら、あなたにその世界で人生の続きをさせて差し上げられるのですよ」


「そんなこと言ってもな。どうして俺なんだ?」


 大層な仕事に相応しい人間なら他にもっといるだろう。

 もっと頭の良いやつ、もっと体の強いやつ……。


「あなたには世界を救う素質があるからです。そうでなければ、人生の続きというチャンスはおいそれと与えはしませんし、素質さえ確かにあるのならそれ以上は問いません」


 まるで当たり前のことであるかのように、はっきりと声の女性は言う。

 けど、そう言われたって全くピンと来ない。

 誰かと勘違いしているんじゃないかと思うくらいだ。


「そんな素質、無いと思うけどな。それにせっかくなら、そんなものよりも音楽の才能が欲しかったよ」


 そう言ったら、声だけの女性はくすくすと笑った。


「あなたに音楽の才能はありませんよ」


 笑われても、腹は立たなかった。

 才能の無さは俺も感じるし、どっちにしてももう死んでいるらしいのだし。


「だからメジャーデビューはできなかったわけだもんな」


 才能があったら、解散話なんて出ることもなかったのだ。


 俺たちのバンドで、本当に音楽の才能があると言えるのは、一人だけだった。

 彼女――ボーカルの森下明莉あかりだけ。


「それは違いますよ。決してチャンスが無かったわけじゃありません」


「なんだって?」


「確かにあなたには音楽の才能はありません。あなたが恋い慕う森下明莉と比べれば、あなたの才能はありふれたものと言わざるを得ませんから。ちょっと上手じょうずそうにギターを弾けるだけ」


 そのとおりだ。

 明莉は、歌声がとんでもなく綺麗だった。

 それでいて力強さもあった。

 俺は彼女の才能に惚れて、高校一年生の時に彼女を強引に誘ってバンドを組んだんだ。

 明莉がいなかったら俺はバンドを組まずに、小さな趣味としてギターをやっているだけだったろう。

 そしてきっと大学を卒業する頃には飽きてしまっていたはずだ。


 だけど、物凄い才能を目の前にしてしまって、俺は彼女と一緒にプロのステージに立ちたいなんて夢を見てしまったんだ。


 彼女の才能を発見した者として、彼女の歌を日本中の人々に聞かせてやりたいとか、そういうことを思って今日まで続けてきてしまった。

 自分に才能が無いことには気付いていながら、見ぬ振りをして。


「ですがあなたには、別の素質があるのですよ。それをわかって開花させていたのなら、あなたは森下明莉と共に音楽の世界で生きていくこともできました」


 女性は厳かに言った。

 尊大な喋り方は、彼女の言っていることが確からしいと俺に思わせた。

 そんな重みのある言葉で聞かされた事実に、俺はなにも言い返すことができなかった。

 そんな“素質”なるものがあるなんて嘘だ。

 俺なんかが明莉と一緒にプロとしてやっていけたなんて嘘だ。

 そう否定してしまいたいのに、夢を叶えられたかもしれない可能性はひたすらに優しげな甘みをしていて、俺はそこに身を沈めてしまいたくなる。

 死んだところで、俺はそういう人間のままだった。


「あなたの地球での人生は終わってしまいました。それはもうどうにもなりません。白くなった夜空は黒くは戻らないのです。ですが、あなたの素質はまだ私たちの世界を救うために役立てられるのですよ。どうかその素質を、あなたの人生を、私たちにお貸しいただきたい」


 俺は答えた。


「俺も、間違った人生のままで終わるのは嫌だ」


 こうして俺の旅は始まった。

 だけども、俺はすぐに、これが過酷な旅であることを思い知らされる。

 声だけの女性が真っ白な夢の中で救ってくれと言った世界。

 そこは、俺たちの地球以上に金がものを言う世界だった。

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