四刻

「乗るか」


と問われ、戸惑った糸子を誰が責められようか。


「え」


と答え、答えを聞いてどこか寂しそうな――叱られ耳の垂れてしまった大型犬のような――表情の彼を見て、言葉をすぐに撤回してうなずいた糸子を誰が責められようか。


「よかった」


とすごく嬉しそうに笑う彼を見て、胸がきゅんきゅん(死語?)してしまった糸子を誰が責められようか……否、責めることはできないだろう。




 そして、校門へたどり着き、校門へ立つ風紀委員に見つかり、そのまま職員室の生徒指導の古田先生(愛称……ふるたんぼ)のもとへ連行されたのは、どちらも責めることはできないだろう。

 何しろ、ふたりして浮かれてしまって、二人乗り禁止という学校の鉄則を忘れたあげく、破ってしまったのだから。―――青春である。

 ……そして、生活指導のふるたんぼに捕まり、延々と説教をされ、解放されたのは一時間目が始まるギリギリ前であった。




「ねぇ、いっちゃん!サトーとは何もなかったの?!」

「えっちゃん、それ何回目ー……?」


 そして昼休み。一時間目開始前ににギリギリクラスへ入った二人に、ヤジが飛び交ったが、えっちゃんこと“委員長”袴田えつ子により止められ、クラスは平穏極まりなかった。しかし、いっちゃんこと糸子はえっちゃんの暇をみては「ねーねー」攻撃に苛まれることになり、今に至る。

 二人は今、校庭の隅っこ(日陰抜群な木立)にてお弁当タイムである。いつものように、えっちゃんと過ごすお弁当タイムが、今朝のアレによって「ねーねー」攻撃を回避しながらのお弁当タイムとなってしまった。


「偶然なの」

「ほー」

「たまたまなの」

「へー」

「何にもないの」

「スキありっ!卵焼きいただきぃっ!」

「あーっ!」


 ……とまぁ、こんな感じの会話をふたりが繰り広げていると、目の前をサッカーをするためにグラウンド中央へと走り行く集団が横切った。その中にいた佐藤くんがふたりがいる方をみて―――


(……あ)


 糸子は佐藤くんの頭の上の時計が、進むのを見た。2時から、一気に10時に進む。そして、色もあわせて変化した――薄い朱鷺色に変化したのだ。

 糸子は横にいたえっちゃんが、いきなり静かになったことに気づき、そちらを見てさらに驚いた。


(ええーっ!)


 糸子、本日何度目かもうわからない驚きだった。


(えっちゃん、頭!頭!)


 佐藤くんの方をうっすら頬染めて見つめるえっちゃん。彼女の頭上には、猫のシルエットをかたどった――ただ色は真っ白な――目覚まし時計がいつの間にか頭上に乗っていた。時刻は3時。先にニクキュウのついた目安針はもちろん、12時を指している。


(いつの間にかあったえっちゃんの時計。えっちゃんの視線、佐藤くんの視線。佐藤くんの時刻が一気に進んだ時計……)


 ――まさか、えっちゃん、佐藤くん!!






 ……こうして勘違いは生まれた。

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