小守福子はチームを結成する

 時間は巻き戻る。

 ハンター委員会の所有するビルの一室。そこにやってきた小守福子は、ハンター委員会に依頼されていた資料を提出する。

 犬塚洋子――福子はその名前を思い出せないが、バス停を使うハンターを狙う存在を倒す部隊と作戦を編成する。その完成形をまとめ、提出した。


「編成はこれで行きます」


 小守福子が提出した『対バス停魔人部隊』を見たハンター委員会会長の小鳥遊は、けげんな表情を浮かべた。ある程度ユニークな編成を期待したことは事実だが、あまりの特異性の高さに閉口する。


「本気かな? 私はてっきり【ナンバーズ】を中心に編成すると思ったのだが」


 六学園内で【ナンバーズ】を知らない生徒はいない。

 氷華学園生徒のみで構成されている軍人系クラン。入隊条件も厳しく、徹底した画一性により隙のないクランだ。その規模と実力から多くのゾンビを倒してきた。


「はい。【ナンバーズ】の実力は素晴らしいです。ですが、ナンバーズを主軸に編成しても勝ち目は低いと判断しました」

「どういう理由でかな?」


 聞きながら、小鳥遊は心の中で舌を巻いていた。

 かつて【ナンバーズ】を犬塚洋子にぶつけたことはあった。犬塚洋子の体感では一度だけだろうが、小鳥遊からすれば両手の指では足りないほどの数だ。自らが望まない結果になるたびに時間を巻き戻し、調整してぶつける。そうしてようやく犬塚洋子を捕らえ、太極図の片割れとしたのだ。


(純粋な実力でいえば、【ナンバーズ】全員を投入すればさすがに犬塚洋子を殺せうる)


 如何に犬塚洋子が強いとはいえ、限界がある。学園最強のハンタークラン全員を相手にすれば、その命を奪うことはできるだろう。

 だけど、全部隊投入をすれば逃げるだろう。実際、かつて【ナンバーズ】をぶつけた時には『勝てない』と思った瞬間に犬塚洋子は逃亡した。こちらが舌を巻くほど速い判断で踵を返したのだ。勝負勘が強いのか、あるいはそれも犬塚洋子が当時有していた『偽・太極図』の能力なのか。


「目標はこちらの動きを把握しています。おそらくは、私たちよりも」

「……ほう?」

「私たちが使う武器や技術を私たちが認知している以上の視点で知っているのでしょう。その知識をベースにして行動しています。

 大胆な動きに見えて、その実は計算しつくされた紙一重で危険を回避する動きなのです」

「ふむ」


 福子の意見にうなずく小鳥遊。


(犬塚洋子の『偽・太極図』の効果は世界を識ること。それ自体は太極図の中に取り入れられ、今の犬塚洋子は使えないはず)


 思考する小鳥遊。太極図が問題なく回っている以上、犬塚洋子が持っていた『偽・太極図』は存在しない。これは確実だ。となれば――


(何らかの形で太極図に接触できるとみていいだろう。そうやって世界そのものの知識を高次元の場所から見ることができるということか……。

 小守福子の視点では気付く由はないだろうな。しかし太極図と同じ視点を持つ私だからこそ、気付けた事実。いつでも太極図に干渉できるくせに、できないフリをしてこちらを騙そうとするとは。こちらの油断を生み、その隙に太極図の主導権を奪うつもりだろうが、そうはいかない)


 完っっっっっっっっっっっ璧に勘違いである。


 犬塚洋子がハンターの知識に長けているのは『AoDゲーム』の知識があるからで、今の犬塚洋子に太極図に自分から接触する術はない。あったら、その時点で太極図を破壊している。

 そして小鳥遊京谷の中では太極図の価値は最上位に位置している。犬塚洋子がそれを壊そうとするよりも、太極図を得て世界を自分の好きに書き換えようと思うほうが自然な流れなのだ。

 まあ、彼の視点でゲーム転生という事柄に気づく由はない。犬塚洋子がこの世界に対する深い知識を持つ理由を理解できないのだから仕方ないのだが。


「会長?」

「いや、慧眼だ。さすがは『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』。その戦いの経験は伊達ではないということか」

「ありがとうございます。カミラお姉様シュヴェスターはけげんな顔をしていましたが」

「さもありなん。かなり大胆な説だからね。だが間違いではないだろう」


 犬塚洋子の特性を理解している。

 そのことに驚きながら、まだ『命令』は解除されていないことを確認する。となればこのことに気づいたのは、彼女自身の観察力による部分だろう。


「それで【ナンバーズ】だけのチームを避けて、様々な混合部隊にしたというわけか」

「はい。複数の武器と射程で互いをカバーしあう形です。フリーのハンターはソロ活動にも慣れているので、臨機応変がききますので」

「しかし、このメンバーとはね」


 小鳥遊は改めて選出されたメンバーを見た。


【ナンバーズ】より、神原刹那を代表としたPDWチーム。銃と手りゅう弾などで敵を制圧する六名のチームだ。これがメインで追い詰める主軸チーム。

【聖フローレンス騎士団】よりクラン代表のフローレンスとその親衛隊六名。目標との交戦記録も多く、再戦を強く望んでいた。こちらはもう一つの主軸チームとなる。

【ハンドオブミダース】より十条と立神を中心とした射撃チーム五名。こちらは遊撃隊としてフットワークの効く装備を用意してもらう。

 そしてガスによるフィールド封鎖を行うのは美鶴・ロートン。こちらも【ハンドオブミダース】同様に遊撃的に動いてもらう。

【バレッドウルフ】からクランリーダーの後藤。学園屈指のスナイパーとして援護射撃をしてもらう。

隠密先行役として、【ダークデスウィングエンジェル零式】よりクラン代表の四谷数馬。【聖フローレンス騎士団】より早乙女音子。そしてフリーの動画配信者であるファンタン四谷。

 最後に――


「『白銀の牙ズィルバーシュトースツァーン』カミラお姉様シュヴェスター。そして『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』小守福子。この二四名で行います」


 自らの胸に手を当てて、福子は進言する。


「君も出るのか」

「無論です。むしろ私が出ずして勝利はあり得ません」


 まっすぐに言い放つ福子。実力的にも犬塚洋子と戦って勝利するなら小守福子はいたほうがいいだろう。心情的にも相手の動揺を誘えるかもしれない。


(犬塚洋子の目の前で小守福子を殺せば、隙が生まれるかもしれないしな)


 犬塚洋子が太極図に接触できるとなれば、形振りをかまっている余裕はない。やれることは全部やり、相手を追い詰めるのみだ。

 まあその前提が勘違いなのだが、犬塚洋子が太極図に干渉しようとしているのは事実である。わざわざハンターを挑発し、小鳥遊を動かそうとしているのだから。


「いいだろう。許可する。装備や移動手段なども用意しよう」

「ありがとうございます」


 頭を下げる福子。認証のハンコが押され、そしてチームは結成される。


「オウ。なかなかキバツなチーム構成デスネ」

「まさか強制的に戦えと言われるとは思わなかったっす。相手のサーチだけってことで許してもらえたっすけど」

「……福子おねーさん、じつは『命令』解けてる、とか?」


 そして集められたバス停魔人討伐チームの美鶴・ロートンとファンタン四谷と早乙女音子の三名は、他人に怪しまれないように会話をしていた。


「確かにこのバス停の君をピンポイントで狙ったかのようなチーム構成は、実は素なんじゃネ、って疑えますネ。半年近く放置された怒りをぶつけてるトカ」

「愛怖いっす」

「……どうします? 手を抜いて、洋子おねーさんのサポートをする、とか」


 音子の提案を美鶴とファンタンは否定するように首を振った。


「ムリデスね。あのカミラってのが会長の手下兼見張り役なら、不自然な動きは見逃さないように注視してるはずデス。ワタシ達が『命令』解除されてると気づかれタラ、形振り構わなくなるカモ」

「そうっすね。そこは見てると思うっす。それに犬塚さんならきっとこう思うっすよ」


 ため息をつくように言った四谷の言葉に、音子と美鶴は腑に落ちたように納得して肩をすくめる。


「みんなの本気と戦えるとか、ワクワクするって」

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