ボクは結局倒してないのでした

 結論から言えば、クランメンバーとの話し合いは特に問題なく終わった。


「ヨーコ先輩ならそう言うと思ってました。自分のことが可愛いとか言うくせに、自分が他人から評価されることに無頓着ですし」

「あーね。バス停の君、閉じ込められるのって嫌いデスしね。常に暴れてないと辛そうデスから。日本のことわざでいう所の俺に銃を撃たせろ警官?」

「わ、わわ。バステト様のいってた通りです。洋子おねーさんは状況に飽きたとか言って飛び出しそうになってるからもうすぐ出れるって。音子もそう思ってました」


 スムーズに話が進んだ理由が『洋子ボクならそうなると思ってた』的な理由なのが少しばかり納得いかないと言うかなんというか。


「ヨーコ先輩はもっと他人に評価されるべきです。ナナホシの件も今回の件も。島の災害ともいえる彷徨える死体ワンダリングを二度退けたんですから相応の評価を受けてもいいはずです」

「妙にこだわるね、福子ちゃん」

「む。結果には正しい評価を。それが通らないのは間違っています。努力して結果を出した人が報われないのは、悲しいじゃないですか」


 クランハウスに戻る間、福子ちゃんとそんな会話になった。


「それに私達の目標はハンターランク至上主義への抗議です。先輩が彷徨える死体ワンダリングを倒したというのなら、それこそハンターランクをそこまで重視しなくていいと言う証になります」

「ソウヨ。今回の件は結果として【ナンバーズ】のような高ランクハンターが倒したことにするのが『自然』だからそうなったんデスから。ランクが低いワタシたちが倒したことが『不自然』な状況は変わらないデス」


 会話にミッチーさんが加わってくる。実際、その通りだから反論できない事だ。

 クラン規模が小さく活動歴も浅い【バス停・オブ・ザ・デッド】は世間の目から見れば『弱い』と見られている。それ自体は構わないが、それが目立った活躍をしても一蹴される。

 ナナホシの件はその最たるものだ。あの状況で生き残ったのはナナホシを撃退したのではなく、ただ逃げ回っていただけ。他クランが戦っている間、隠れていた。多くの人はそう判断した。何せ洋子ボク等は『弱い』のだから。


「ナナホシの件が無くても、世間がカオススライムを倒したって言って信じてもらえるかは微妙だったしねー」

「笑い事じゃありません。……まあ、実際にはカオススライムは倒してはいないわけなんですが」


 福子ちゃんがジト目で洋子ボクの腰にあるバッグを見る。そこから顔を出しているやる気のないカエルのようなぬいぐるみ。口から舌を出して手足も長く、いわゆるキモカワ系と言われるモノだ。分類はそうかもだけど可愛くはない。何せコイツは――


「ああん? 俺がどうしたっていうんだ?」


 ぬいぐるみが喋る。その声に福子ちゃんは声のトーンを落として答えた。


「今そうして喋れることを幸運に思うんですね。貴方が生きているのはのはヨーコ先輩の慈悲なんですから。

 


 そう。このカエルなんだろうと思われる緑色の20cmほどのキモいぬいぐるみ。これがカオススライムの本体なのだ。

 あの時、バス停を振り下ろしたボク等は崩れ落ちた泥の中からこの人形を見つける。身動き一つ取れないそれは、混乱したように言葉を繰り返していた。


『ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、俺は、俺は、俺は……俺は――』


 命乞いをしているわけでもない。狂ったかのように言葉を繰り返すカオススライムに止めをさすことは容易だ。事実、こいつは殺されても当然のことをしてきた。ボクが知らない場所でもきっと同じことをやっていたのだろう。彷徨える死体ワンダリングが恐怖の名で刻まれる程度には。

 だからここで殺されても仕方ない。むしろここで殺す方が人間の為なのだ。


(人間――こいつも、人間――正確には、人間が転生した、存在――)

(殺されても、仕方ない――島の災害そのもの――それは解っているけど――)


「……あのさ。コイツ、殺さずに匿いたいんだけど……」


 口から出た言葉は自分でも驚きだった。でも口に出した後で、それが本心なのだと気付いた。

 こいつも人間なのだ。ゾンビではない魂を持った存在。そうと気づいてしまった以上、その命を奪うのは何かの一線を超えてしまいそうだ。

 最初は猛反対されたけど、


「分かりました。クランリーダーの意見には従います。

 ヨーコ先輩の考えが破天荒で理解できない事は今更ですし」


 という福子ちゃんの言葉を皮切りに、全員納得してくれた。そしてこのぬいぐるみのことは報告書に書かず、今の今まで隠し通したのだ。


「けっ、慈悲だぁ? 最後の最後で殺しを躊躇しただけの臆病者じゃねぇか。

 ま、俺ならそんな間抜けはしないぜ。殺すときはきっちりころ――」

「『ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう』」

「『俺は、俺は、俺は』……情けなくむせび泣いたくせによく言うネ」


 何かを言いかけたカオススライムに洋子ボクとミッチーさんはそう言い放つ。あの時カオススライムが錯乱して言っていた言葉。

 その効果はてきめんで、カオススライムの声の勢いは目に見えて落ちていった。


「や、やめろ……。分かった、分かったから、やめてください」


 よっぽど恥ずかしい事――というよりは、あの嘆きはこのカオススライムの心の吐露なのだろう。『俺は――』に続くだろう何かが。

 まあ、それを追求するつもりはない。


「でも……危険じゃないですか? そのカオススライムさん、また泥とか扱って変身したり襲ってきたりするかもですよ。あ、そうなったらまず音子が盾になりますけど」

「盾にならなくていいし、その心配もないんじゃないかな。それが出来るなら今までの間にやっただろうし」


 音子ちゃんの心配に肩をすくめる洋子ボク。軟禁されている間は洋子ボクは武器もなく、護衛もない状態だ。なのに何もしてこないのは、今コイツに何もできないことの証左でもあった。

 勿論、カオススライムが今は敢えて何もせず、反撃の機会を待っている可能性はある。だけど――


「それに復活してもよゆーよゆー。すぐにバス停の錆にしてやるよ。

 復活したコイツが出来そうなことは、せいぜいボクに化けて嫌がらせをする程度。ボクに挑むなんて無謀な真似は、もうできないだろうからねー」

「……言ったな、女」

「事実じゃん。真正面から戦って負けたくせに。まさかとは思うけど、あの時は調子が悪かったとか言い訳する?」

「くそ!」


 挑発する洋子ボク、それに唸るように吐き捨てるカオススライム。

 プライドが高くて自分が強いと思ってるコイツの事だ。こういえば少なくとも変な真似はしないだろう。……弄りすぎるとプライド捻じ曲げて『勝てばよかろうなのだ!』思考になるのでほどほどにしないと。


「もう泥を扱って誰かに化けたり、フィールドをどうこうしたりすることはできないみたいだからね。それが出来るなら悪態つくよりもそうするんじゃない?」

「ノーコメントだ。だが逆転の可能性はある、とだけは言っておく。この俺を舐めるな」

「じゃあそれに注意しておくよ。おそらくはあの泥に触れるとか特定の場所に戻るとか、そんな感じだと思ってるけど」

「なっ、何故わかっ……ッ……さあな。俺は何も言わないぜ」


 思いっきり動揺した声をあげるカオススライム。分かりやすいと言えばわかりやすい。むしろわざとの可能性を疑いたくなる。


「とりあえずこの話題はこれで終わり。早く帰って寝よう! ホテルのベッドだと枕が違うからあまり寝れなかったんだよね!」


 言っている間に愛しいクランハウスが見えてきた。他の面々も似た感想なのか、同意の声が漏れた。

 この日は四人とも泥のように眠りについたのであった。

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