ボクはカミサマと話をする

「いい! そんなことしなくていい! いや、もうそんな夢見せなくていいから!」


 必死に拒む洋子ボク/僕だが、音子ちゃんはきょとんとしていた。


「ですが音子が受けた恩恵を返さなくてはいけません。ですが音子自身は矮小なで役立たず。なのでバステト様にお願いするしか返すことが出来ないのです……」

「や。そんなことしなくていいから。本当にいいから」

「エヘ、遠慮しなくていいんです。本当に音子はおねーさんの贈り物で救われました。この世界がここまで光満ちた希望溢れる世界だったとはじめて知ったんです」


 目をキラキラさせて、音子ちゃんは洋子ボクを見ていた。


「オトコという名前でいじめられ、ハンターとしては役立たずで、でもハンターじゃなくなると何をされるかわからないからやめることもできず、最後の希望を求めてなけなしのチケットを集めてMIKADOに行ったけど、何も得られずに絶望して……。

 そんな時に、おねーさんに『偽典・バステト』を頂いたんです。それから、バステト様の声を聴くことが出来て、ネコとも話が出来たんです。朝起きて、ネコが話しかけてくれるんです。生きててよかったって、本当に思えるようになったんです」


 音子ちゃんは『偽典・バステト』を受け取るまでは、本当に不遇な生活だったようだ。名前と言う自分ではどうにもできない部分で周りから苛められて、なんとかしようとハンターになったけど芽も出ず。レアを求めてガチャを引いても天に見放され。そんな折に洋子ボクに出会い、目的のモノを手に入れたのだ。


(そりゃ、確かに喜ぶよね。出来るなら、その恩を返したいと思うよね)


 神様とかネコと話が出来るとかが本当かどうかはともかく、彼女は『偽典・バステト』を手にして、初めて前向きに慣れたのだ。自分という存在に自信はまだ持てないみたいだけど、それでも顔をあげるだけの希望が生まれたのだ。

 そのきっかけをくれた洋子ボクにお礼がしたい。そういう気持ちは理解できるし、すごくありがたい。洋子ボクのあげた本が一人の人生を前向きにできたのなら、それは誇らしいことだ。

 まあ、それはそれとして、


(善意100%なのは理解できるけど……これ以上あの夢を見るのは勘弁してほしい!)


 キラキラとこちらを見上げる音子ちゃん。しかしその善意で、こちらはいろいろ支障をきたしているのだ。あんな夢を見続けると、精神的に変になるのだ。具体的にどうなるとか聞かないで!


「お、恩を返したいんだよね! だったら、ボクのクランに来ない?」


 追い詰められた末に、洋子ボクはそう提案していた。

 そうだよ、彼女は恩を返したいんだ。だったらその方向性を変えればいい。そもそもクランも人手不足なんだから、一石二鳥じゃないか!


「そんな……音子の境遇に同情なんかしなくていいですよ。音子はハンターとして役立たずなんです。そんな音子が出来ることなんて、バステト様にお願いするぐらいです。その方がおねーさんの為になりますよ。エヘ、エヘヘへへ……」

「そんなことないよ! っていうか役立たずのハンターなんていないって! どんなキャラでもボクが使えるようにするから!」


 どん、と胸を叩く洋子ボク


「キャラ……? よくわかりませんが、音子は役に立つのですか? あ、『倉庫ストレージ』役ですね。はい、たくさん荷物ちます。『偽典・バステト』は軽いから、それ以外は何も持たなくても――」

「違う違う! いや、音子ちゃんがあまり戦いたくないならそれでもいいけど。

 でもSSR武器その本もってるんだから、有効に生かさないと! ……そう、バステトさんもその方がいいって言うと思うよ!」


 以前の説得を思い出し、最後にそう付け加える。


「……本当、ですか? バステト様も喜ぶ……。はい、確かにそう思います。エヘ、エヘヘヘヘ……」


 中々に効果てきめんだった。なんか騙してるような気もするけど、これで彼女がお礼できたと思えるのなら――


「%%%&%$&LHYRGRFY&&$#=+HY……チューニング、完了。

 娘。良い機転である。余もその方が退屈せずに済む」


 突如、意味不明な雑音の後に音子ちゃんがそう告げる。口調もどこか威圧的になり、どこか近づけない雰囲気を感じる。


「余の名はバステト。この信者が神と呼び奉じる存在だ」

「はぁ? ……あの、もしかして音子ちゃんも中二病?」

「戯け。あるいは戯れておるのか。汝はこの流れでそれを読み取れぬほど愚でもあるまい」


 然も『お前は分かっているのだろう』とばかりに聞いてくる。


「…………え? 本当にカミサマなの? いや、いきなりカミサマとか言われても?」


 なんとなくそうなんじゃないかという予測を口にした。この流れでいきなり音子ちゃんが騙そうとしている、と言うよりは高いんじゃないかという推測を。

 音子ちゃん(に取り憑いている何か)は首を縦に振り、言葉を続ける。


「むしろ通常の会話で神が出ることの方が珍しかろう。宗教色過多なあの学び舎においても、真に神と繋がれる媒体シャーマンは希少。この信者も『本』を介しての精神接続で、ようやく果たせた程度だ。

 この信者の精神防壁しょうきどが摩耗していたからこそ接続できたにすぎぬ」


 …………いや、流れ的にカミサマっぽいモノが音子ちゃんの身体に憑依していろいろ喋っているんだろうと言う事は理解できるんですけど!?


「えええええええ!? そういうのアリなの!」

「む。それを貴様が言うのか? その身体に憑依している汝が」

「…………っ。それは」


 音子ちゃんの身体に憑依しているカミサマ。

 犬塚洋子の肉体に転生している僕。

 確かに、そう言われれば似ているのかもしれない。

 というか僕が転生したことを知っているあたり、やはり普通の存在ではないのだろう。


「汝ほどの憑依率は珍しい。波長がほぼ同一だ。汝が憑依するためにその肉体が用意されたとしか思えぬほどだ」


 まあ、僕が趣味全開で作ったキャラですから? いや、そう言うのって関係あるのかな?


「余はこの信者を通してこの世界に干渉できる程度。その度合いも小指の先程度。なんとも退屈と思っていたのだが……血肉躍る戦いに参加できるのなら、退屈もまぎれようものよ」

「あー……。結構好戦的なカミサマなんだね」


 ネコの神様だからもう少しなーんでにゃんにゃんな感じで温厚だと思ったのだけど、意外とバトルスキーなようだ。神様とかよく分からないけど、そう言う性格なのだろうか。バステトっていうのも、ピラミッドがある国のネコの神様だってこと以外はよくわからないし。


(現実世界でゾンビハンターキャラクターを操るプレイヤーの感覚なのかもしれない。いや、小指一つとか言ってるからソシャゲ感覚なのかも)


 そう考えると、本当に暇つぶし程度なのか。


「それを言えば汝も乱痴気であろう。

 秘めた欲望は世を支配するのではなく、被虐欲。隣人と交わり、人外に責められる事を求めているとは。自己愛……正確にはこの世界に干渉するための媒体に対する倒錯の延長とはいえ――」

「わあああああああああ! …………すみませんボクが悪かったです」


 心の中の欲望を暴露されて、土下座する勢いで謝罪する僕。

 だって洋子ボク可愛いんだもん。だから近くに居る愛しい人とイロイロしたりされたいし、穢されたりするのもちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっとアリかなぁ、と思わなかったことはないと思う。

 っていうかキャラ作るゲームでは誰もが抱く幻想だと思う。思うよね! 二次創作とかそういう部分あるよね! ね!? 


「…………あの、とにかく夢の報酬はもういいので、そこだけよろしく」

「うむ。承知した。良き宴を期待している。$#UHVFJUILODEW……。

 えへへ……バ、バステト様は、喜びます?」


 またよくわからない異音を口にした後に、音子ちゃんらしい口調に戻る音子ちゃん。とりあえずカミサマとやらはもういなくなったのだろう。っていうかもう出るな。


「うん、喜ぶよ。それじゃあ、行こうか」


 安心させるように音子ちゃんの手を引いて、洋子ボクはクランハウスに向かった。

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