ボクはナナホシと相対する

 洋子ボクとミッチーさんはナナホシがいる村入り口まで走る。その後ろを、福子ちゃんと十条が走っていた。

 最初二人は安全な場所に居た方がいい、と言ったが――


「ついていきます。……何もできませんけど、それでも私はクランメンバーですから」


 と、強い意志を示した福子ちゃんに根負けする形で同行することになった。

 なお十条は、


「十条チャン、ここに一人でいたら死ぬヨ? テントウムシに頭の骨かじられて生きたまま脳食われるヨ」 

「いゃああああああ。やめろおおおおお! ふ、そうだな。お前らの『倉庫ストレージ』の仕事は果たさねばなるまい!」


 という後ろ向きだけど当人の希望もあってついてきている。ミッチーさんナイス。


「それにしても……惨劇デスネー」

「うん。かなりのハンターがやられたみたいだね」


 ナナホシまでの道中は、静かなものだった。多くのゾンビの遺体と、ハンターの遺体が転がっているだけで。

 パニック状態に陥ったハンター達がナナホシ子供に寄生されたゾンビと戦い、毒液を喰らって混乱が増したのだろう。同士討ちや毒によるゾンビ化。麻痺や恐怖などで碌に実力を発揮できずに倒れていったハンターもいるのだろう。


「……もう一回聞くケド、ワタシがメインで勝てるデスカ?」

「何度も言うけど、ミッチーさん主軸が最適解なんだよ」


 何度も繰り返したやり取り。規制されたゾンビがぶちまけるバッドステータス対策として、<ドクフセーグ>はまさに最適解。ナナホシ子供の脅威をほぼ防いでくれるのだ。


「ナナホシは狗岩程じゃないけど、毒も効くからね。持久戦になるけど、勝ち目はあるよ」

「勝ち目がある、って滅茶苦茶細い糸なんでショ、知ってるから!

 ……でもまあ、負けても虫に脳を食われて寄生されるっていうレア死亡できるからOKね!」

「出来れば勘弁してほしいけど、物おじしないのはヨシ!」


 理由はどうあれ、この状況で足がすくまないのはありがたい。この状況はミッチーさんが動けなくなったら、詰みだ。洋子ボクが一人で戦う場合、都合の悪いバッドステータスにならない事を祈りながら戦うしかない。

 これも確率的にあり得るから、勝ち目はある。あるから、そこまで絶望的な話ではない。

 ……前にこういう話をしたら、福子ちゃんから『ヨーコ先輩はおかしい』というニュアンスでため息をつかれたことがある。むぅ、納得いかない。


「っと、お喋りはここまでかな。いたよ」


 村入り口までたどり着いた洋子ボクは、赤い羽根持つ巨大なテントウムシの姿を見る。三メートルの巨体は、小さな山のようだ。

 テントウムシの、フォルムをそのまま大きくした姿。黒い頭に黒い触覚。黒い瞳でこちらを見て、黒い牙を動かしている。ヒトの腕ほどある虫の足が動けば、関節が見え隠れして気持ち悪い。

 血を思わせる赤い羽根。その内側から産み出される小さな子供。それが近くのゾンビの頭部を食らい、神経を乗っとり体を奪っていく。この中には、さっきまで戦っていたハンターの者もある。


「…………っ!」


 この光景に一番ダメージを受けたのは、言うまでもなく福子ちゃんだ。ナナホシの姿と人の頭部に寄生した拳大のテントウムシ。ただでさえおぞましいのに、福子ちゃんは虫そのものがアウトだ。近くの気に寄りかかり、そのまま崩れ落ちる。


「無理しないで、隠れてて」


 それだけ言って洋子ボクはバス停を構える。出来るだけ気には止めるけど、正直余裕はない。小さく頷き、コウモリを防御に回したのを見てからナナホシの方に意識を向ける。


「ナナホシと、寄生ゾンビが6体か。救いがあるとすれば、生徒のゾンビが武器を使わない事……かな」


 前頭部分にテントウムシが巣食っている人型のゾンビ――さっきまで狗岩を一緒に狩っていた【ヴァンキッシュ】のハンターだ。かなりの腕前だったけど、残念な結果になってしまった。


「アレ、テントウムシだけ狙ってクリティカルしたら解放デキナイ?」

「すでに毒素は体内に回っているだろうし、解放されたとしてもゾンビだからなあ……」


 仮にナナホシ子供だけを攻撃して倒しても、衝撃を受けたら自爆して周囲にバッドステータスをばら撒くことには変わりないのである。


「聞けば聞くほどやるせないネ」

「ほーんと、趣味の悪い運営様かみさまだね」


 ため息をついた後にバス停を構える。走っている間にズレたマフラーを巻きなおし、作戦の最後の確認をする。


「ボクがかく乱。ミッチーさんがダメージ源。避ける方向は指示するから、きちんと避けてね。要は狗岩と同じ作戦だよ!」

「それ、作戦じゃなくてただの方針デスヨネ。日本のことわざで言う所のブラックなむちゃぶり案件デスヨネ」

「やればできる!」

「その精神論的な纏め方も含めてブラック案件デスヨネ」

「もー、往生際が悪いなー」

「言葉通りの往生際なんですけどネ!?」


 く、変な日本語教えられたハーフ日本人と思ってたのに意外と言葉知ってるな、ミッチーさん。

 でも逃げ出す様子はない。洋子ボクの合図を待つように、ガス噴出機を手にしている。


「行くよ!」

「ゴーゴー!」


 言うなり洋子ボクはナナホシ本体に向かって突貫し、その後ろをついてくる形でミッチーさんが走る。

 振り下ろされる節足。それをバス停で切り払う。タイミングを合わせて振り上げたバス停が、ナナホシの足にジャストミートする。そのまま体を回転させ、ブレードマフラーでナナホシの顔に切り傷を入れる。


(かすり傷程度だろうけど、これで意識はコッチに向くかな?)


 ナナホシの表情は分からない。ともあれこの攻撃に合わせるように、ミッチーさんが迫って毒ガスを噴射した。ナナホシの顔部分を包み込む紫色の煙。それがじわじわと染み入っていく。


「さあ、楽しい持久戦の始まりだ! 2の方向から三つ!」

「うっひー! 今、頭にカスったヨ!」


 ガムじゃらに奮われるナナホシの節足。それを避けながら、ミッチーさんに回避の指示を出す。狗岩用に訓練したミッチーさんの回避訓練。それがこんな形で生きてくるなんて、思いもしなかった。


「大丈夫! 節足からの体液は<ドクフセーグ>で防げるから! はい、6方向だよ!」

「そーいう問題じゃない気もするケド、ひぃいい!」


 ナナホシから距離を取りながら回避するミッチーさん。洋子ボクのバス停のように武器や盾で防ぐ方法がないので、攻撃は避けるしかない。だけどやってくる方向さえ分かれば、後はタイミングだ。


「いけるいける! 訓練を思い出しながら頑張ろう!」

「ヒィ!? あの訓練は……訓練……訓練……クンレン……フフフフフフ」

「あれ? なんか変なスイッチはいった?」

「ヨッシャバッチコーイ! あの訓練に比べればこんな攻撃、ヘのカッパー! 日本のことわざで言う所の、ヌルゲーネ!」


 ……うーん、もしかして僕の訓練は何かの麻薬効果でもあるのかな? そこまで気つくしたつもりはないんだけど。


(ギリギリ限界もうこれ以上やったらヤバいけどまだいけるいけるこれぐらいは誤差範囲明日の事は明日のミッチーさんが何とかしれくれるからあと一歩ぐらいは踏み込んでみようチョー一杯一杯だけどどうにかなるさゴーゴー、なノリではあったのは確かだけど)


 まあ結果として今役立っているのだから、良し。

 そしてこっちはこっちで大変な状況なのだ。


(ナナホシの子供に寄生されたゾンビ6体。これを立ち廻らないといけないのか……)


 ダメージを与える行為はおろか、切り払いで攻撃に合わせても自爆する。避けるか受けるかを続けなければならないのだ。

 当然、その間もナナホシは攻撃をしてくるのだ。


「全く、ボクじゃなきゃ投げ出してるんじゃないかな、これ」


 怒涛の耐久戦の、始まりである。

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