ボクとミッチーさんの作戦会議

「ホワッツ!? ワタシですカ?」


 自分を指差し、問い直すミッチーさん。


「そそ、ミッチーさんが着ている<ドクフセーグ>は空気感染タイプの攻撃をカットするからね。ナナホシとの相性は抜群なんだよ」


 ナナホシの『子供』が乗り移ったゾンビの厄介なのは、その多彩なバッドステータスだ。

 死亡した時に半径20mと言う広範囲でばらまかれるバッドステータスの攻撃。それが積み重なれば、それだけで絶望的になる。


 毒……要するにゾンビウィルスだ。解除されるまでウィルス感染率が加速度的に増し、それだけゾンビになりやすくなる。感染度が増すと発動する性格スキルの効果も同時発動し、めんどくさいことこの上ない。


 麻痺……手が動けなくなるバッドステータスだ。これにより攻撃とアイテム使用が封じられ、逃げ回るしかなくなる。上位版になると動くこともできなくなるから、そうなるとほぼ死亡である。


 沈黙……スキル封印系だ。PCが保有している所属学園アカデミー性格パーソナリティ特殊能力アビリティの三種類のスキルうち、特殊能力アビリティ効果が失われる。洋子ボクの場合は<両手武器特製>、バス停の攻撃力が激減する。


 混乱……これもスキル封印の類だ。こっちは所属学園アカデミー系を封じてくる。自分の所属学校が分からなくなる感じ? 福子ちゃんなんかはこれがテイマーの主軸なので、封じられるとキッツイことになる。


 恐怖……これが最後のスキル封印系。性格パーソナリティ封じだ。ミッチーさんの<おおらか>によるパニック率軽減も封じられるので、恐怖まみれは文字通りの阿鼻叫喚となる。


 暗闇……視界封じだ。視野が狭まり、敵味方の判断が出来なくなる。集団戦が基本となるゾンビハンターがこのバッドステータスにかかると、同士討ちの危険が高まってしまう。入念な対策が必要とされるだろう。


「イエス! 確かに怖くないデスね! バッドステータスさえなければ……なければ……アノ、ナナホシ本体はあまり強くない……デスヨネ?」

「狗岩の10倍ぐらいの体力と3倍ぐらいの攻撃力……かな?」

「撫でられただけで死ぬじゃないですかヤダー!」


 うん、その通り。現状を良く把握してくれて、僕としては嬉しい。


「でもまあ、そこしか打開策はないんだよね」


 はあ、とため息をつく洋子ボク。こちらのアドバンテージはミッチーさんの<ドクフセーグ>しかないのだ。


 洋子ボクは『子供』が乗り移ったゾンビのバッドステータス攻撃を避ける術はない。近接攻撃である以上『死亡時、半径20m以内に居る存在に強制的にバッドステータスを付与する』のを避ける術はない。

 福子ちゃんは言わずもがな。虫嫌いで怯える彼女を戦わせるなんて論外だ。……戦術的な武器の相性で言えば間違いなく彼女なんだけど、こればかりは仕方ない。

 荷物持ちの十条は言うまでもなくアウト。仮に課金装備バリバリのあの姿で戦ったとして、自爆攻撃を裁くことは彼にはできないだろう。

 となると、やはりミッチーさんなのだ。ナナホシの攻撃の要であるバッドステータスのバーゲンセールの中、自由に動けるのは本当に強い。

 ……実の所、もーひとつだけ解決策はあるんだけど……。


「オゥ! だったらバス停の君が<ドクフセーグ>着てファイトするのヨクネ?」


 もう一つの解決策。それは洋子ボクが<ドクフセーグ>を着て、ナナホシに挑むと言う作戦だ。これならバッドステータスに苦しむことなく、戦うことが出来る。

 だがそれには、一つの難点があった。


「駄目だよ、ミッチーさん」


 砂をかむような表情で、洋子ボクは告げる。

 その作戦の、穴を。


「そんな全身を包み込むような装備を着たら……ボクのカワイイ姿が隠れちゃうじゃないか!」

「…………ハイ?」

「桃色のショトカ(しゃらん)!

 あどけない顔(しゃららん)!

 エモい学生服に包まれたこの体と細い手足(しゃらららん)!

 これを隠すなんてとんでもない!」


 ポーズを決めて、誰にも譲れない僕の魂の叫びを告げた。


「エ、エエ、エエエエエ!? それ、今大事な事デスカ!?」

「超大事だよ! これだけは……これだけはたとえ神が許しても、ボクは許せない!」


 断固とした決意。このためならクランマスターの権限を発動してもいい。それぐらいの意思をもって、ミッチーさんに告げた。


「アホですね」

「ヨーコ先輩は……そういうヒトなんです……」


 呆れたようなミッチーさんのため息と、さめざめと泣いているような福子ちゃんの声。むぅ、結構大事な事なんだけどなぁ。


(速度増加に改造したこの制服でないと、ナナホシの攻撃をさばききれないってこともあるだけどね。それは些末だ。うん、些末な理由だ)


 ともあれ、その意見は却下。

 最初の案であるミッチーさんを主軸とした作戦に話を戻す。


「ナナホシの攻撃手段は四つ。

『子供』を空から降らせる広範囲の爆撃と、鳴き声による精神的な揺さぶり、ナナホシ自身の足によるバステ付きの斬り攻撃、そしてあの巨体での体当り。

 これに加えて『子供』に脳を食われたゾンビが自爆攻撃を仕掛けてくる」

「その一つ一つがデスオアデッドなんデスね。いい死亡体験できそうデス! コンチクショー!」

「死亡前提で戦わないでね。ミッチーさんの戦線離脱はボク等の全滅と同意なんだから」


 死ねばクローンで復活するつもりのミッチーさんと、そんなつもりはない洋子ボク達。死生観に口を出すつもりはないけど、それでやる気が中途半端になるなら釘ぐらいは指す。


「ノープロブレム! ギリギリまで足搔くからこそ、ホラーは楽しいデ……いや、問題ありまくりデスヨ! ワタシ、一人で勝てる相手じゃナイネ!」

「うん。それは分かってる。だからボクも出るよ」


 不安がるミッチーさんに、安心させるように告げる洋子ボク


「ジマデ!? バス停の君、バステまみれになるデスよ!?」

「『子供』が取り憑いたゾンビはなんとか避けるよ。バッドステータスも致命的なやつ以外なら戦えるしね。面倒なのはバス停に関する麻痺と沈黙かな。

 ナナホシ本体は殴っても大丈夫だからね」


 洋子ボクの構成で一番困るのは、攻撃が出来なくなる麻痺と、バス停の攻撃力を底上げするスキルを封じる沈黙が一番きつい。それを喰らうよりも早く、ナナホシ本体をぶっ叩く。

 ……まあ、これ以外に勝ち目がないと言うか、これ以外の作戦はいろいろ問題があって立てられないと言うか、追い詰められた状況の中の最善策がこれというか。そんな感じの作戦だ。


「とにかくミッチーさんはナナホシの攻撃を避けて避けて避けまくる。その間に酸系の毒ガスをナナホシに浴びせて、ダメージを積み重ねていく。

 自爆ゾンビの体当りも、酸のガスでダメージを与えれば止まるから。周囲一帯に毒ガスをばら撒く感じでいいよ」

「オー、そう考えると本当にワタシ向け? 日本語で言う所のワタシの時代ターンが来たというヤツねー!」

「うんうん、そんな感じ。なので頑張って避けてね」


 細い勝ち筋だが、ミッチーさんが避け続ければ何とかなる。ナナホシの攻撃は僕も知っているし、ミッチーさんには避けることに関する訓練を重ねてきた。どうにかなるはずだ。


「………………あの……」


 青ざめた顔で、福子ちゃんが手をあげる。呼吸も不安定で、胸に手を当てて何とか勇気を出しているように見える。


「私に何かできることは、ありますか?」


 絞り出すように、そう告げる福子ちゃん。

 相手は虫で、それを見るだけでも震え出すような少女が、ただの虫よりもおぞましい相手に挑もうとしている。


「ある」


 洋子ボクは静かに告げる。福子ちゃんが出来ることは、確かにある。


「だけど、ナナホシの前に立てる?」


 そう言うと、福子ちゃんは何かを言いたげに顔をあげ……口をパクパクさせる。恐怖、生理的嫌悪、圧倒的な『死』の圧力、絶望。だけど何かしたい。立ち上がりたい。

 そんな感情がまぜこぜになった表情かおで、涙を流していた。


「――大丈夫。ボクを信じて」


 そんな福子ちゃんを抱きしめ、頭を撫でる。

 怯える彼女を安心させようと、僕の中にある不安を隠して声を出した。


「私は……貴方の……うううううううう…………!」


 ごちゃごちゃになった感情を吐き出すように、嗚咽する。

 その小さく勇気ある精神こころを慰めるように、強く抱きしめた。

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