ボクは加減なく攻め立てる

「<倉庫ストレージ>で行きましょう」


 強い意志――というかどこか意固地になっている福子ちゃんの言葉に、僕はすこし戸惑っていた。


「えーと……どうしたの、福子ちゃん? その、安全性を考えれば<快癒リバース>がいいかもって――」

「いいえ。ヨーコ先輩一人なら<倉庫ストレージ>でいいのなら、私もそうあるべきなんです。

 私はヨーコ先輩の好敵手リヴァーレなんですから!」


 そこは譲らない、という表情で福子ちゃんは言い放つ。


「えーと……。そういえばそんなこと言ってたなぁ。チェンソーザメは一度きりの共闘だっけ?」

「そうです! ええ、そう言う事なんですから、少なくともお情けで足を引っ張るわけにはいきません!」


 う、うーん……。そこそこ仲良くなったかなぁ、と思ってたけどそう言えばそんな関係だったね、洋子ボクら。ちょっとショック。


「同じクラン同士なのに敵っておかしくないデスカ?」

「……バス停に殺されたくて入ってきた人よりはまともかと思いますが」

「オゥ! それを言われると反論できまセーン!」


 たはー、と頭を叩くミッチーさん。


「まー、でも確かにそうかもね。過保護になりすぎていたかも」


 保険の為に回復を用意しておく。

 そんな後ろ向きな戦い方は、僕の信念に合わない。全てを避けきり、全てをぶっ叩く。それが僕のスタイルだ。


「<倉庫ストレージ>で行くなら訓練はハードになるけど、拒否はさせないよ」

「ええ、望むところです」

「ハイ? あの、なんか急にネッケツっぽくなっマスケド? ワタシも巻き込まれてる感じデスカ、コレ?」


 洋子ボクの言葉に頷く福子ちゃん。そして戸惑うミッチーさん。


「安心してよ、ミッチーさん。望み通り、たっぷりバス停で貫いてあげるから」

「ふっふっふ。終わったらすぐに寝れる環境ですからね。良かったですね、ロートンさん」

「ホワイ? なんでコウモリの君はそこまで目が座ってるデス? ちょ、これが日本のことわざで言う所の『デスマーチ』デスネ!? リダツ!」

「そんなことわざはない!」

「ありませんが、死の行進には変わりませんわ。ふふふ」


 逃げようよするミッチーさんを捕まえ、訓練室に連れていく。VRでの仮想練習もいいけど、実際に体を動かさないとね。軽く手合わせをして体力を鍛えないと。


「アーッ! アーッ! その、優しくしてほしいネ!」

「大丈夫。先ずは体力の限界を知るためにギリギリまで体を動かすだけだから」

「まあヨーコ先輩優しいですわ。私の時はそういうの無視して、いきなり倒れる寸前までしごいてくれましたのに」

「オーノー! ワタシ後衛でデバブばらまくスタイルなのに、スパルタ兵に志願させられマシター! あ、そういうラノベタイトルとかありそうじゃないデスカ?」


 錯乱しているのかそんなことを言うミッチーさん。

 その日は日付が変わるまで、ミッチーさんの体力テストと言う事でギリギリまでトレーニングとなった。

 まあ明日から平日なので適当なところで切り上げるか――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…………生きてるってスバラシー!」


 次の日の朝、自室から出てきたミッチーさんはそう言って叫ぶ。動くたびに体が痛むのか、動きがぎこちない。


「おはよう、ミッチーさん。なんか体中痛そうだけど大丈夫?」

「それ、バス停の君が言う!? ワタシ、イヤになるぐらいに竹刀で叩かれたデスヨ!?」

「もー、きちんと防具付けてるところしか叩いてないじゃないか。痣にはならないよ」

「ヨーコ先輩。多分ロートンさんが言いたいのはそう言う事ではなく、容赦なさすぎと言う事かと……」


 訓練直前まではノリノリだった福子ちゃんも、開始30分ぐらいから「あの、少し手加減を……」「初心者相手には厳しいのでは」「適当なところで切り上げると言う話では……適当とは一体」「まだつづけるんですか!?」などと少しずつミッチーさんを心配するようになってきた。


「そんなこと言ったって、実際のゾンビはもっと早く動くよ」

「嘘言うの無しデース! ワタシが知ってる人間ゾンビはボス以外は皆スローモーでしたヨ。アイタタタ……」

「剣聖ツカハラとかはそれこそ目に見えないぐらいなんだけどなあ」

「そんな『彷徨える死者ワンダリング』級なんかそうそう出会いませんよ」


 うーん。パターン化した至近距離の攻撃を10回連続で避けるぐらいはやってもらいないんだけどなぁ。攻撃前にどう攻撃するかも宣言しているのに。

 普通は無理なのかなぁ。


「朝ごはん食べ終わったら、学校に行く時間までVR訓練だね。今度は狩り装備で手加減なくいくから」

「嬉しいデスけど、あれで手加減されてたっていう事実が怖いデース!」

「私は学校があるからお先に――」

「15分ぐらい余裕はあるよね、福子ちゃん。一戦ぐらいは付き合ってよ」

「え? 私はバス停に貫かれたいとかいう特殊性癖はありませんから! そのヨーコ先輩がどうしても言うのなら、いやそれでもバス停はないかと!?」

「福子ちゃん&ミッチーさん対洋子ボクで初期の距離が離れているなら、少しは勝ち目はあるんじゃない? それじゃ、スタート!」


 VRヘルメットを二人に被せて、スイッチを入れる洋子ボク。おー、こんなかんじかー。よくわからない眩暈に似た感覚に戸惑いながら、周囲の風景が変化していく。


「ここは……橘花駅二階か。ホント、リアリティ高いなぁ」


 仮想現実世界とはいえ、視界に映るのは間違いなく橘花駅のステージだ。装備もいつも洋子ボクが装備してあるバス停とブレードマフラー。そして橘花学園制服だ。


「福子ちゃんもミッチーさんも、ボクの装備と戦い方は知っているから……」


 コウモリを使役する福子ちゃん。毒ガスを設置するミッチーさん。遠近距離に対応できる二人が、近接オンリーの洋子ボクに対抗するために取る策となれば――


疾風をここにシュタイフェ・ブリーゼ!」


 声と共に飛んでくる三匹のコウモリ。福子ちゃんの攻撃だ。バス停の時刻表示部分でそれをガードし、コウモリが飛んできた方向に向かって走る。

 声はあの角を曲がったところから聞こえてきた。角まであと10m……8……6……ここだ!

 左に90度方向転換する。その時には洋子ボクはバス停を振るっていた。

 


「ホワッツ、なんでそこで横向くノネ!?」


 だって設置系のミッチーさんが洋子ボクに当てるとなると、視覚外からの不意打ちしかないだろうし。

 そうなると洋子ボクの方から動いてもらうのが一番で、福子ちゃんの攻撃で誘うのが一番なんじゃない? そんな考えが頭の中にあったので、ちょうど隠れられそうなスペースに目星をつけてバス停を振るったのである。


「いい作戦だったけど、ボク相手には甘かったね!」

「はううううううううううう! いきなりそんな、はげしいデース! そ、そこはダメェェェェェ!」


 そんな声を上げて消滅するミッチーさん。ゾンビウィルス感染率が100%を超えて、ログアウトしたようだ。一応言うと、トドメにバス停を振り下ろしただけだからね!

 そして振り返りざまに、背後から迫ってきたコウモリを振り向かずに薙ぎ払う。攻撃速度特化装備を舐めるなー。


「うそ!?」

「そしてミッチーさんを囮にした二段構えと言う事も理解していたよ。

 ボクがミッチーさんを攻撃した瞬間にコウモリを飛ばす判断は見事だけど、ボクの挙動の速さまでは計算外だったかな?」

「あうあうあうあうあうあう! バ、バス停を持ったゾンビに追いかけられるって、こんな気分なのでしょうか……!?」


 福子ちゃんが攻撃を行うタイミングと挙動は、洋子ボクも理解している。福子ちゃんもそれが分かっているのか、迂闊に攻撃を仕掛けられないでいた。距離を離すために移動する福子ちゃんだが、洋子ボクは少しずつ追い詰めていく。

 そして、バス停が届く範囲まで近づいた。


「はい、残念」


 ぐしゃあ。

 そんな効果音と共に、試合終了のアラームが鳴ってVR世界は暗転する。


「はい、終了。お疲れさまでした!」

「お。お疲れ様……です。ヨーコ先輩、隙なさすぎ……」

「仮想現実なのにバス停が強烈でしたネ……。これが日本のことわざで言う処女調教デスネ」

「そんなことわざはないし意味もぜんぜん違う!」

「えー。大事な所は綺麗なままなのに体に残るこのオーガニズムは――」

「そんなこと言っている余裕があるなら敗因を考える! 学校に行きながら今の戦いを思い直す!」


 色々アブナイ事を言いかけたミッチーさんを黙らせるように大声を出す僕。実際、戦いの反芻は重要だ。折角の実戦に近い仮想バトル、利用できるところはどんどん利用しよう!


「(……コウモリの君、少し恨むデスヨ)」

「(うう、巻き込んですみません)」


 洋子ボクが聞こえない所で二人が何か言ってる。まあ、励まし合いなんだろう。洋子ボクは気にすることなく、学校に向かうために家を出た。

 

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