ボクが知らない所で動いている頂点

「チームアルファよりベータに。目標確認。個体名『ジャバウォック』『バンダースナッチ』の二体、及び『アリス』も存在も確認」

「了解。6秒後に作戦開始。選公団によるかく乱後、チームベータが突入する」

「3……2……1……Go!」


 Goサインと同時に、そこは戦場となった。

 御羽火おうか島の地下にある研究施設。柊華とうか学園と光華こうか学園の技術者が極秘に手を組み研究していたとされる柊光トウコウ施設。

 そこは遺伝子操作されて生み出された赤子に過剰な刺激を加え、生まれながらにして超能力を持つ子供を作る研究施設だ。その研究が上手くいけば、超能力を持つ兵士を大量生産でき、戦争の形が変わるとまで言われていた。

 だが――ゾンビウィルスが島に広がり、施設は崩壊。そこに居た子供達の9割は死滅。ただ一人残った子供『アリス』がゾンビをまとめ上げ、その施設を支配したのである。

AoDゲーム』では『ゾンビアリスの不思議な世界』というイベントで登場し、ハンターレベル45が推奨と言う、かなりの高難易度なステージだ。遺伝子操作された強力なゾンビやアリスの超能力により床や壁が突然隆起するトラップなど、推奨レベルであっても無事では済まない仕様であった。


「ミッションスタート!」


 だが、そんな研究施設を誰一人欠けることなく突き進む者達がいた。

 光学迷彩服と高精度のレーダーにより高度な隠密&索敵を行うチームアルファが先行してエリアの状況を確認し、ゾンビなどの敵性存在がいればマシンガンを主体としたチームベータ、そして遠距離狙撃を行えるチームガンマが殲滅する。

 徹底したチームワーク。合理性を求めた動き。正にそれは軍隊の動き。彼らの名前は、 


【ナンバーズ】


 メンバー全員が氷華ひょうか学園で構成された高ランクハンターが集まるクラン。その各々が役割に忠実で、一糸の乱れもない。皆が判で押したかのように同じ装備を持ち、そして同じように動く。


「きゃ!? 眩しい!」


 チームアルファの閃光弾を喰らい、『アリス』は眩しそうに叫ぶ。

 

 だが彼女に生命の息吹はない。心臓は止まり、呼吸は止まっている。生命活動を示す反応は、何一つ『アリス』にはない。

 なのに彼女には自我がある。一人で寂しいからとゾンビ十数体をこね合わせて『ジャバウォック』『バンダースナッチ』という人形を作る情緒もある。まるで10歳の少女のような、それを思わせる精神性がある。

 だが、彼女はゾンビだ。自我を持つゾンビだ。


「攻撃開始」

「きゃああああ!? ジャバウォック! バンダースナッチ! やだ、私の友達を苛めないで! ねえ、お願いだからアリスを一人にしないで!」


 チームベータの数名が一斉に部屋になだれ込み、マシンガンと手榴弾による攻撃を開始する。アリスを守るゾンビ融合体――『ジャバウォック』と『バンダースナッチ』を先に殲滅し、その後に『アリス』を狙う。


「やだぁ……! 一人は寂しいの! ねえ、アリスと遊んでよ!」


『アリス』の鳴き声と同時に、五十三枚のトランプが風と共に飛来し、チームベータに襲い掛かる。それは眷属使役テイマースキル。トランプカードと言う五十三体の眷属を同時に操り、ハンターたちを攻撃する。その数を前に、防御も逃亡も間に合わないだろう。


「ショット」


 だが、その必要もない。

 チームガンマ――スナイパーチームがトランプの隙間を縫い、『アリス』の眉間を撃ち貫いた。ハンターランク45を超えた高ランクハンターの身に支給される特殊金属の弾丸。それが『アリス』の脳内に届き、激しい苦痛を与える。


「ああああああああああああああああああ! ああ、あああああああああああ!?」


 神経さえ死んだゾンビの脳に届いた特殊金属は『痛み』の電気信号を脳に送り続ける。忘れていた感覚に体中を蝕まれ、泣き叫ぶ『アリス』。

 自我を持ったがゆえに、苦しむ。その弾丸は自我を持ったゾンビの脳に当てることで、行動を著しく制限させる弾丸だ。正確に脳に当てないと意味をなさないため、実戦で使うのは難しい弾丸である。

 脳に直接送られる信号に、誰が絶えられようか? 肉体的には頑丈でも、精神は確実に痛みで疲弊していくのだ。


「終わりだ」


 そんな『アリス』にベータチームの一人が銃口を向ける。そのまま引き金を引く。30発の弾丸が、ゾンビの動きを止めた。


「あはははは……さび、しい、なぁ……」


 そんな言葉を残し『アリス』は空気に溶けるように消えていく。完全に消滅を確認した後に、ベータチームの一人――リーダーと思われる者が通信機を手に取った。


「こちらカンバラ。フタイチサンハチ、目標ロスト」

「了解。チームカンバラ、帰投してください」

「了解」


 淡々と告げる報告。その後に、チームは帰投する。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 クラン【ナンバーズ】

 クラン入団条件:『氷華学園生徒』『ハンターランク』の二項目を満たしたハンター。一か月の試験期間を経て、そぐわないと思った者は除名する。


 ハンタークランの中で『最強』と言えば真っ先に名前が上がるのが【ナンバーズ】だ。それは狭き入団条件からも伺える。

『AoD』終了時点で、最高ハンターランクは50だった。それ以上のハンターランクは存在しなかった。だがそれはあくまで『AoDゲーム』の話。時間が経てば、限界を超える者は出てくる――戦いの中、ゾンビにならなければ。

 現状、60を超えるハンターは50名弱。そして70を超える4名は、全て【ナンバーズ】に所属していた。


「それでは定例報告を行います」


【ナンバーズ】のクランハウス。その会議室にハンターたちが集う。二週に一度の報告会だ。そこには名立たるハンター達が集っていた。


「『鬼王オウガロード』ウラ、三日前に打破」

「デスパレートサメの群棲、その進軍を止めることに成功」

「血染めのウェディングドレス、撃退」

「ディオダティ館のゾンビ会議、メアリー・シェリー及びフランケンシュタインの殲滅」


 あげられるゾンビの名前。それは『オウガ』やチェンソーザメなどの上位存在とも呼ばれいる。その強さは比較できるものではなく、単純な体力や攻撃力が増加した存在というモノではない。

 これらゾンビは思考し、そして人間のように策を練るのだ。本能で動くのではなく、近づいてくるモノの情報を仕入れてそれを元に動く。そして何よりも、


「ゾンビ達は、前回のこちらの襲撃の対策を練っていた。やはり彼らは記憶を引き継ぎ、復活する模様」


 ゾンビ達は一定の時間を得て、復活する。その身体を燃やしても、建物を破壊して埋めてもだ。そして以前戦った時の知識を保有し、更なる知恵を得ている。

 故に、ハンターも入念な作戦が必要となる。そしてそれを為し得ることが出来るのは、現状【ナンバーズ】だけだった。

 勿論、そう言ったゾンビを倒した際に得られるドロップ品は破額である。高濃度のゾンビウィルスが染みついており、それらを転用することで多大なるエネルギーがれられる。そのエネルギーは六学園および人間が住む地域のインフラに活用される。

 端的に言えば、【ナンバーズ】がこういった高ランクゾンビを狩って得た品物が御羽火おうか島の街のエネルギーとなっているのだ。


「続いて、クランの情報です。

 今週に入って消滅したクランが7。新規クランが1です。消滅クランは――」


 クランの消滅。それはクラン規模でゾンビと戦い、全滅したことを指す。クランを作れるだけの生徒は相応の装備を持つ。高ランクハンターでなければ対応できないのだ。こうして生まれた生徒ゾンビの被害を押さえるのも【ナンバーズ】の仕事となっていた。


「そして新規クランです。名前は【バス停・オブ・ザ・デッド】。クラン規模は31。『バス停で全てのゾンビを打ち砕く!』がキャッチフレーズです」

「…………まて、なんだその名前は?」

「クラン規模31? ハンターランク16と15の二人だけ?」

「雑魚ハンターがクランを作ったのか。クランを遊び場と勘違いしているのではないか?」


【ナンバーズ】のおおよそのハンターたちの意見は、懐疑的もしくは興味なし、だった。そしてそれが現在の六学園ほとんどのハンターの【バス停・オブ・ザ・デッド】への認識だった。


(だが、ハンターランク20に満たない二人のハンターが、チェンソーザメを倒したのは事実だ。推奨レベルに満たず、二名と人数もわずか。チェンソーザメを倒したものが『金晶石』を売った、ということでなければ異例ともいえる)


 そんな中、【ナンバーズ】代表、神原かんばら刹那せつなはその事実を噛みしめていた。


(仮にクランのフレーズ通りに『バス停』を使ったと言うのなら、立ち回りも戦術眼も我々に準ずるか、或いは同レベルということになる。

 ……もっとも、長生きはできまい。武器に拘り合理性を排除しているのなら、他のクラン同様いずれ消滅するだろう)


 そして神原の興味から【バス停・オブ・ザ・デッド】への関心も消える。他の【ナンバーズ】クラン同様に。彼はこの学園に住む者のために戦う必要があるのだから。


 彼が再びそのクランの名前を聞くのは、そう遠くない未来の事だった。


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