ボクが退けない理由

 さて状況を整理しよう。


 洋子ボク達の目的はチェンソーザメの持つドロップアイテム『金晶石』。これを手に入れるには当然、チェンソーザメを倒すことが大前提だ。

 その障害として、チェンソーザメ本体の攻撃と連携だって動く魚ゾンビの攻撃を凌ぎながら攻めなければならない。魚ゾンビ対策として持ってきたラジカセはもうなく、これまで好調に攻めてきた福子ちゃんは、サメだけではなく魚ゾンビにも気を回さなければならなくなる。

 これに加えて、ゾンビ化した生徒が三名。面倒な課金アイテム持ってるゾンビだ。こいつらは倒す必要はないが、楽観できる相手でもない。主にアイテム効果で!


「<マニ式格闘術>に、<光学迷彩服>に、<ドクフセーグ>かな? もう、敵に回ると厄介な物ばかりだなぁ!」


<マニ式格闘術>は近接攻撃に対する盾。<光学迷彩服>は風景に溶けて視界に映らなくなる軍服だ。そして<ドクフセーグ>はゾンビウィルスの空気感染などを完全遮断する防護服で、化学系の攻撃も遮断する。

 なお最後のアイテムの独特のネーミングセンスに関しては、


苺華いちか学園のアイテムだからなぁ」


 苺華いちか学園のネーミングセンスが光る一品である。っていうかあそこのアイテムは大抵そんな感じだ。


「バス停の攻撃を一定確率でカウンターするのと、姿を消して行動するサブマシンガン使い。フィールドに毒をばらまいて行動範囲を狭めてくれる!

 どれもこれもボクと相性悪すぎるよ!」


 近接攻撃オンリーの洋子ボクにとって、近接攻撃カウンターは厄介だ。透明化されれば不意を打たれる可能性もあり、動き回る洋子ボクにとって毒霧で行動を制限されるのは面倒でしかない。

 常に移動しながらイニシアチブを取り続ける洋子ボクの戦術。その選択肢が狭められるのだ。


「ヨーコ先輩、逃げましょう!」


 突如、そんなことを言う福子ちゃん。

 逃げる。それはこの状況だと最善手だ。予想外のことが起き、場は混乱した。三体のゾンビが邪魔する中でチェンソーザメを倒すことは、難しい。

 いったん仕切り直し、三体のゾンビに対する対策を練ってから再突入。ランクを上げてバージョンアップした武器で挑むのもありだし、それこそ課金アイテムを用意して挑むか。対策はいくらでもある。

 それが最善手であることは、僕も理解している。


「この状況は逃げても仕方ありません! 一度退いて態勢を整えるのも――」

「わっはっは! なーにを言っているのさ福子ちゃん!」


 洋子ボクはポーズを決めて、笑う。


「さっきのセリフは前フリだよ!

 これだけヤッバイ状況だって説明して、『でもそれでも勝つボクってカッコいいよね!』っていうアレ!」

「いやあの、それは流石に」

「君のりばーれは、ここで弱音はいて逃げちゃうのかい? この鬼ストロングなボクはそんなことしないのさ!」


 最善手なんだけど、同時に退けない理由もある。

 一旦退いて再突入? ランクを上げてバージョンアップした武器で挑む? こっちも課金アイテムを用意する?

 そんなのカッコワルイじゃん!


「…………………………………………はぁ」


 ポーズを決めた洋子ボクに、もっっっっの凄く沈痛な表情を浮かべてため息をつく福子ちゃん。

 あれぇ!? 今決まったと思ったのに! なんで『この先輩は……』な顔をされるのさ!


「……好敵手リヴァーレ、です! ヴァ! ええ、ええ! ヨーコ先輩は馬鹿ナールでしたわね!」

「りばーれなのかなーるなのかどっちなの?」

「知りません! ……ですが、死にそうだって思ったら引っ張ってでも逃げますからね。絶対に死なないでくださいね!」

「そんなことにはならないよ!」


 まあ、洋子ボク一人なら逃げてたかもしれないけど。

 カッコ悪い所を見られたくない子がいるのなら、多少の無茶もやってみたくなるってものなのさ!

 確かに三体のゾンビが邪魔する中でチェンソーザメを倒すことは、

 でも、


「つまり、まだ詰んでないって事さ!」


 できることが狭まっていくと言うのなら、出来ることを増やしていけばいい!


「先ずは君から!」


 最初の目標はマッドガッサーくん。こいつを放置すれば、毒霧をどんどん放たれて、動きにくくなる。フィールド設置型は敵味方両方に状態異常を与えるので、厄介なのだ。事、毒霧は結構長く残るので、下手をすると毒を吸いながらの戦いになる。それは御免被る!

 なので、最初に打破するのはマッドガッサーくんだ。<ドクフセーグ>は化学系の攻撃にはほぼ無敵だが、物理はそれほど高くない。一気に攻め立てれば――


「って、あっぶな!?」


 そんな洋子ボクの足を止めるようにマシンガンが掃射する音がする。<光学迷彩服>で身を画した軍人くんだ。攻撃をした瞬間に透明化が解けて姿を現す。その音に反応したのか、魚ゾンビと僧服ゾンビもこっちにやってくる。


(試算完了。魚ゾンビがボクに迫るのがが2.4秒後、僧服ゾンビが4.7秒後、軍服くんはマガジン交換中なんで5秒後!)


 脳内でやるべきことのタスクを積み上げ、優先順位を再設定する。それに必要な時間を演算し、その為の最適の動作をイメージした。


(よーい――)


 マフラーの内側で舌を出し、唇を舐める。


(どん!)


 心の号令と同時に、洋子ボクは駆けだしていた。

 最初の目標は、マッドガッサーくん。移動で0.4秒。態勢を整え直す時間を考量して、1.5秒で仕留める!

 マッドガッサーくんが毒霧を放つ。避けている時間的な余裕はない。そのまま真っ直ぐ突っ切って、相手に飛びかかる。視界が多少揺れるが、何とか耐えきった。


「首からの、心臓!」


 横なぎにマッドガッサーの首を傷つけ、そのまま返すバス停で肩から切るように振り下ろす、肩の硬い骨と肋骨を一気に断つ。

 うん、クリティカル! 幸先いいよ!


「次はお魚だ!」


 水中フィールドを泳いでくる魚ゾンビ。個体としての能力は弱く耐久力も低いが、いかんせん数が多い。そしてこいつが狙ってくると言う事は、チェンソーザメも追撃してくる可能性が高いのだ。


(水面に泡、見っけ。そこからだと魚ゾンビの攻撃後、0.2秒後の突撃だね)


 仕切り直すために走ると言う選択肢は、足に水を取られている状況だとベストとは言えない。ここで留まって、凌ぐのがベターだ。


「なーのーでー!」


 当然、カッコイイ洋子ボクはベターな策じゃ満足しない。チェンソーザメが出てくる予測場所にめがけて突撃し、そこにバス停を振り下ろす!


「グギャアアアアアアアアアア!」


 確かな手ごたえ。みればチェンソーザメの右のひれにバス停が深く突き刺さっていた。追撃すれば切断できる。そんな深手を与えた。チェンソーザメのひれは固く良く切れる素材だ。バス停などの近接武器のレアな加工品になる。ちょっと垂涎ものだが……今はガマン! 時間がないの! すぐ背後に魚ゾンビが迫ってるから!


「間に合え防御!」


 体を反転さえ、バス停を防御用に構える。時刻表示板を盾にして、跳躍してくる魚ゾンビの攻撃を受け止めた。制服を速度特化にしていなければ、タッチの差で受け損ねていただろう。おっちゃんいい仕事してる!

 その防御の隙をつくように、坊さんゾンビがやってくる。元々武器を持たないタンク兼先行探索係だったのだろう。<マニ式格闘術>をベースとした防御特化で武器らしい武器は何もない。だが、ゾンビとなった以上はその怪力とゾンビウィルスの脅威がある。


「ガアアアアアアアアア!」


 バス停を防御に使った後の洋子ボクに、坊さんゾンビの攻撃を回避する術はない。まともに殴られれば、それだけで劣勢になるのが洋子ボクの装備。防御力はなく、感染率が一気に上がればパニックを起こして動けなくなる。


血のブルート狂信者ファナティカー!」


 まあ、避ける必要なんてないけどね!

 福子ちゃんの放ったコウモリが、坊さんゾンビに襲い掛かる。都合七匹のコウモリに襲われ、そのまま力尽きた。<マニ式格闘術>も飛来するコウモリにはどうしようもないようだ。


「いえーい、ナイスアシスト! ありがと、福子ちゃん!」

「あ、もしかして今のは『颯爽とピンチを助けるライバル』な台詞を言うチャンスだったのでは……!? 『こんな所で死なれては困る!』『あなたを倒すのはこの私です!』……あとはえーと……」


 いきなりハッとなってぶつぶつ言う福子ちゃん。もしもーし?

 逆に言えば、それだけ余裕が生まれてきたと言う事。後は透明化している軍人ゾンビを見つけ出し、チェンソーザメを倒すのみ!

 あとひと息だ! 頑張るぞ!

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