ボクのテイマー教育だよ
「そんじゃ、軽ーく眷属の使い方やってみよー」
場所は橘花学園を出てすぐ。駅までの道の間にも何匹かゾンビが存在する。
学園にすぐに戻れるうえに、そこまで危険度は高くない。有り体に言えば、実地訓練に適した場所だ。
「言っても基本的な所はボクが言う事は何もないんで、応用その1ってところで」
そう。
福子ちゃんの眷属使用タイミングは基本的には問題ない。適切なタイミングで防御と攻撃をこなし、ゾンビの群れも余裕で突破できていた。その技量があれば、たいていの狩場でも苦戦はしないだろう。
「応用……ですか?」
「そうそう。福子ちゃんは眷属命令の『攻撃』『防御』は完璧だからね。センスいいよ!」
「ふ、当然ですわ。この完璧な私にどのような教育を施してくれるのかしら?」
「うん。『待機』を使った
基本的にはターゲットを指定して攻撃させる『攻撃』。自分や仲間をターゲットとするゾンビを迎撃する『防御』。眷属を集めたり戻したりする『集合』と『解散』。これらがメインだ。
『待機』は眷属をその場に留める命令だ。ゾンビに狙われれば自動で反撃するが、そうでなければその場で留まるだけの状態である。
「……はあ。その場で旋回させてどうするんです?」
案の定、福子ちゃんもそう言って首をかしげる。何も知らなければ当然の反応だ。
「命令の時間差を埋めて、ダメージを一気に与えるんだ。『攻撃』できる眷属と『待機』している眷属を同時にぶつけて、ダメージ量を増やすんだ!」
『攻撃』命令できる眷属数は、最大で三体まで。ただ『攻撃』を仕掛けるだけでは、テイマーの攻撃力の限界はそこで打ち止めとなる。
だけど前もって『待機』させていた眷属に『攻撃』を出し、そして自分の周囲に居る眷属に『攻撃』を出せば、その分攻撃に参加する眷属が増してダメージ量が増加するのだ。
「聞いたことがありますけど、それは『攻撃』を二回出しても同じなのでは? 『待機』させる分、危険度が増すのではありません?」
福子ちゃんの懸念は正しい。
眷属を『待機』させれば眷属がゾンビからの攻撃を受ける。その分、福子ちゃんにもダメージが走り、ゾンビ感染度が増していく。なら無理に一度に攻撃できる数を増やさずとも、二度三度と攻撃をした方が継戦能力は増す。
ただ、チェンソーザメに至ってはこの『待機』戦法は生きてくる。
「うん。だけどチェンソーザメは攻撃を受けると潜って逃げちゃうからね。なら一度に与えるダメージが多いに越したことはないんだ!」
チェンソーザメはダメージを受ければ、潜って戦局を仕切り直す。一定のダメージを受ければ潜って逃げる習性だ。
ならば一度に与えるダメージを多くしてしまえば、手早く倒せるという寸法である。それに合わせて
(それにこれ以降の狩場では、ボス以外でも自己再生持ちのゾンビが出てくるからね。再生が始まる前に複数の眷属で大ダメージを与えるやり方は、覚えておいて損はないし)
一定のダメージを受けたら回復していく再生持ちゾンビや、他ゾンビの傷を癒す寄生虫も出てくるのだ。一気にダメージを与えるやり方を知っていれば、狩りもだいぶ楽になる。
「分かりましたわ。今後のゾンビ戦の為にも、必要なのですね」
「うんうん。それじゃあ、ここに出るゾンビで練習だ。最初はボクが足止めするけど、慣れてきたら一人で決めてみて」
「ふふん。その程度、すぐに覚えてみせますわ」
胸を張って答える福子ちゃん。いい感じで貴族中二病がはいってる。
「それじゃあ行動の確認だ。あらかじめ眷属の最大数を『待機』させる」
「四体ですね。それをゾンビに向かって『攻撃』させると」
「そうそう。その際大事なのは、自分が放つ『攻撃』と同時になるタイミングで『攻撃』させること。
自分とゾンビまでの距離。『待機』させている眷属とゾンビまでの距離。それを見定めて、命令までの時間を算出し、自分から放つ三体と『待機』させている四体が同時になるように命令する事」
「ええと……一斉に『攻撃』じゃダメなんですか?」
「だめだめ。眷属七体の攻撃が同時でないと、意味がないんだ。ズレればゾンビが反応しちゃうから」
うんうん。このタイミングがシビアなんだよね。
「もちろん、『待機』させる場所も厳選しないといけないからね。ここはそんなにゾンビが沸かないけど、『待機』させている眷属が攻撃を受けない場所を探って、そこに『待機』。その場所を記憶して、そこから自分との距離を覚えてゾンビとの距離を計算」
「えーと……」
「もちろんゾンビも止まってくれるわけがないから、ゾンビの移動速度も計算に入れる。地形による移動速度の増減も頭に入れて。
福子ちゃんの場合は『中二病』発動による攻撃遅延も計算に入れないといけないから――」
「……あの、すこしややこしくなってきたのですが」
「ダイジョブジョブ! 最初はコンマ三秒のずれぐらいは見逃すから! とにかく実践して覚えてみて!」
「それだけの要素があるに、コンマ三秒だけ!?」
むぅ。『
「そんじゃ、先ずはゾンビ一体からいってみよー。
とりあえずの目標は三体相手に五回連続で同時攻撃を決めること!」
「もしかしてヨーコ先輩ってスパルタ式!? ひぁわわわわわわわああ!」
パニックを起こす福子ちゃん。新しい事を覚える時は、誰だって緊張するしね。仕方ナイナイ!
「『待機』……あそこからの距離が……私からの距離……これぐらいかしら?」
「一秒とコンマ三秒ずれ! 『待機』眷属への命令が少し遅かったね!」
「ひゃわわ……今度は――!」
「うーん。柱に眷属が引っかかったたかな。まだまだ!」
「あわわわわ……! そ、それではこれでは!」
「いいよ。ズレが一秒以下になった! その調子であとコンマ七秒狭めてみよう!」
「今のは結構いい出来だったのですけど!? 今以上ですかぁ!?」
「何言ってんの。それが終わったら足止めなしで行くからね。ゾンビの速度も計算に入れないといけないよ。ゾンビごとに違うし、足場修正もあるからね!」
「お、覚えることが多すぎて頭がパンクしそうですわ! ええと――」
「休んでる暇はないよ! よーし、ちょうど二体ゾンビが出てきたんで、複数相手だ! 前と後ろの挟み撃ちだけど、勿論二体同時だよ」
「先輩は……先輩はドSですわああああああああああ!」
そんな感じで訓練を繰り返し、福子ちゃんの『眷属の餌』が尽きたあたりで訓練を終了する。
「んー。こんな所か。福子ちゃん、お疲れ様!」
「『待機』……距離が……ゾンビの位置が……足場が……『攻撃』……。『待機』……距離……ゾンビの位置……足場……『攻撃』……」
焦点の合わない瞳で、ぶつぶつと呟く福子ちゃん。
「ズレがコンマ二秒……修正……移動して『待機』……ゾンビ出没……」
「おーい。戻ってこーい」
……少し、やりすぎたかな? ちょっと反省する僕。
「はぅ! あああ、すみません! また遅れましたぁ! 今度こそは――」
「うんうん。大丈夫だから。福子ちゃんはよく頑張ったよ!」
目をぐるぐる回転させて慌てて頭を下げる福子ちゃん。そんな彼女の頭を撫でて褒める。本当に、よく頑張ったしね。
「あ……あぅ……。ありがとうございます」
「うんうん。今日はゆっくり休んで明日も頑張ろう!」
「明日……明日も、同じこと、を……?」
「うん。明日は橘花駅まで行くよ。ゾンビ犬とゾンビカラスを相手してもらうよ。あの動物ゾンビコンビは初心者殺しコンボがあるから、効率よく命令していかないとすぐに囲まれちゃうからね」
「あ……あう……、今日以上の……動きですか……ぁ」
明日のスケジュールを告げると同時、福子ちゃんは糸が切れた人形のようにフラッと揺れて気を失った。
「……って、いきなり寝ちゃった!? もー、しょうがないなぁ」
福子ちゃんを肩で支えながら、帰路につく
そんな感じでテイマー教育は始まるのでした!
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