不幸だった母さんを救うためにタイムリープしました

二川 迅

第1話

 また、夫婦喧嘩か。

 俺は廊下でリビングで喧嘩している父と母の間にはさすがに入れなかった。


「あなたが酒に全てを費やしたから、今は火の車なのよ!」

「だったらもっと働け!俺だって一生懸命働いていたんだ!」


 お母さんは俺や妹のために、たくさん働いて、わがままも聞いてくれる、優しい人だ。それとは裏腹にお父さんは何か小さな失敗をする度に、高価なお酒を買い漁り、ぐびぐびと飲んでいる。

 ちょうど3ヶ月前に、父の会社は倒産、それっきり家からも出なくなり、会話もすっかりしなくなった。


「……またかよ…」


 俺は小さく舌打ちをし、自室に戻ろうとした時、背後から声がした。


「坊ちゃん?どうかなされましたか?」


 少し驚くも、聞きなれた声に俺は安堵すると共に、声の主の方を見た。


「あかりさん。いや、また母さんと父さんが喧嘩してるから、リビングに出れないなって」

「またですか…、そろそろ仲良くして欲しいものです」


 西条さいじょうあかりさん。彼女はここの家政婦、と言うよりメイドに近い。身の回りのお世話は大抵彼女がこなしてくれる。

 ん、なぜメイドなんかいるかだって?そんなの、ウチがお金持ちだからだ。

 父さんの父、もとい俺の祖父は大企業の社長、母さんの母は大女優。有名人の息子と娘なので、当然跡継ぎも大事なわけで。

 元々、母さんは許嫁だったらしい。父とお見合いをして、半ば強引に結婚されたような感じだったとか。

 別に互いに好きだから結婚した訳ではないらしく、一ヶ月前にこのことを聞いた時はかなりショックだった。


「ま、そんな事だから。今日は晩御飯大丈夫だよ。おやすみ、あかりさん」

「はい、おやすみなさいませ。坊ちゃん」


 あかりさんは母方の方、つまり星奈ほしな家で代々仕えていたみたいで、長い間母方のメイドをしていたらしい。母さん、星奈 天音あまねとあかりさんは随分と仲が良く、父の愚痴をよく聞いているらしい。

 あかりさん曰く、「ここまで仲の悪い夫婦は私の代が初めてみたいですよ」と笑いながら言われたが、正直笑えなかった。


 毎日毎日、喧嘩の嵐。怒号や悪口が飛び回って、俺も妹も間に入ることすら出来ない。

 ちょっとしたすれ違いがあれば大喧嘩に発展するし、そろそろ勘弁して欲しい。


 午後9時。少し早い気もするが、あんな喧嘩をされて、悠長にスマホいじろうとは思えなかったので、布団に入り、直ぐに眠りについた。





 朝。陽の光が差し込み、目覚まし時計が鳴り響く。

 水曜日の朝、俺は大きく背伸びをして、リビングに向かった。


「ん、おはよ、兄ちゃん」

「おっす」


 もうセーラー服の制服を来て、食パンを食べている金髪の少女、秋野あきの芽郁めい。俺の妹だ。

 食卓に座り、置かれていた食パンを齧る。あかりさんが毎日用意してくれて、ありがたい限りだ。


「またお母さん達喧嘩してたの?」

「うん、今度は酒のことで」

「いい加減仲良くできないのかなぁ…私達も居ずらいよねぇ」


 肘をつき、手の上に顎を乗せながらため息をつく芽郁に俺は「全くだよ」と首肯する。

 いい加減、喧嘩は何も生まないということを自覚して欲しいものだ。別にめちゃくちゃ仲が良くなって欲しい訳では無い。喧嘩をやめて欲しいのだ。


「だいたい父さんが悪いのにね……あかりさんも苦労してるよ…」

「父さんの会社が倒産してから、だいぶ生活変わったよな」

「え、兄ちゃん、父さんの会社が?面白くないよ」

「お前マジで散れ」


 真面目な話をしていたのに、茶化してきた妹に俺は少し怒りを覚えた。

 高校生と中学生になっても、俺と芽郁の仲は良かった。喧嘩もしていた時はあったが、互いに大人になって喧嘩も少なくなった。


「あ、やば、もう8時だ。先行ってるよ」

「おう」


 時計を見て、直ぐに家を出た芽郁とは裏腹に、俺は食べ終わったあとゆっくりと着替えていた。

 ネクタイを着け、ブレザーを身にまとって俺は家を出る。この時間、まだ両親は眠っているし、あかりさんは一時的に帰宅している。なので、誰も「行ってらっしゃい」とは言ってくれない。

 芽郁より先に出れば言ってくれるが、生憎とそんな早くに起きたくないのだ。


 俺の通う市立 市花いちばな高校。は徒歩5分圏内なので、急がなくても余裕で間に合うのだ。

 家を出てすぐ、俺は市花に着いた。2年生の俺は3階に教室があるので、一段飛ばしで次々と登る生徒を追い抜き、教室に入っていった。

 ガラガラとスライド式の戸を開けて、自分の席へと歩く。


「お、隼翔はやとおはよー」

「おう、奏太そうた


 山原奏太。高校から知り合いになったが、俺ん家の家庭事情に理解がある数少ない友人だ。

 俺ん家はさっきも言った通り、金持ちだからやはり近寄ってくる人はごくわずかで、その中でも奏太だけは気にせずフランクに話しかけてくれた。そこから、色々と仲良くしてもらっている。


「な、今日数Bの小テストだってよ」

「は、はぁ?聞いてねぇけど…」

「黒板見てみ」


 奏太が指を指した先に黒板に貼られていたのは『小テストのお知らせ』と書かれたプリントだった。


「うっわ…今日じゃん…」


 プリントには2044年5月6日と書かれていた。スマホを開き、今日の日付を確認するが見事に合致していた。

 俺は肩を落とし、早速数Bの教科書を開く。イライラしながらも、覚えられるところをしっかりと覚えることにした。まぁ、案の定テストは最悪だったが。






 放課後。

「な、隼翔ぉ、カラオケいこーぜ」

「いいよ。駅前でいい?」


 奏太からの遊びの誘いももう数十回ある。家には出来るだけ帰りなくないので、こうやって放課後は遊び尽くしている。ちなみに部活に入るのは父が許していないので、仕方なく帰宅部になっている。

 本当は遊びもダメなのだが、父が寝ている間に家に入っておけば問題ない。「ずっと家にいたけど…」が発動できる。


 大体、父さんと一緒にいるより、奏太や芽郁、母さんと一緒にいる時の方が100倍楽しい。あんな喧嘩毎回見せられるのなら、こっちの方がいいから。

 それに、遊んでいる時は、父さんを忘れられるから。







 楽しい時間は割とあっという間に過ぎてしまうもので、カラオケルームを出た頃にはもう空は真っ暗だった。


「げっ…もう8時か…」


 携帯を開いて少し驚く。もうそろそろ帰らないと、父に怪しまれる。なので、8時半には家に着いておかないとバレてしまう。


「わり、奏太。帰るわ」

「ん、じゃーな」


 それだけ言って、俺は奏太と別れた。家に帰る時のこの足取りはいつでも重い。いっそ、母さんだけになれば、きっと幸せな家庭だったんだろうと、いつも思う。

 母さんは小さい頃から愛情をくれた。それに加え、とびきりの美人だって近所には評判だった。

 優しくて芽郁にも俺にも大切にしてくれて、一生懸命俺達のために働いてくれた。

 でも、それをいつも踏みにじっているのが父さんだ。毎回そのお金を酒に使い、今家計は火の車だ。時には母を殴り、俺達にも暴力を振るう。自分は悪くないと言い張るその姿はもはや父とは言いたくない。

 そして、駅前から数十分。家に着いてしまった。


「はぁ……」


 俺は溜息をつきながらも扉をゆっくりと開ける。またこの先には夫婦喧嘩が待っている。

 しかし、そこに待っていたのは、それ以上のものだった。


「逃げて!!」

「…は?」


 突如、母さんがリビングから飛び出してきた。肩からは何故か流血している。


「か、母さん!?大丈夫!?」

「いいから、隼翔。早く逃げて!」


 母さんの必死な叫びに俺は少しだけ戸惑う。すると、母さんの後を追うように、リビングからぬるりと体の大きい男が出てきた。


「父さん……何してんだよ…」


 父さんの右手に持っているものは、刃渡り30センチ位の包丁だった。その表情は怒りで真っ赤に染め上がっていた。


「誰も要らない…お前も隼翔も芽郁も…俺の邪魔ばっかしやがって…」

「やめろよ!自分が何してんのか分かってるのかこのクソ親父!」

「うるせぇ!こんなクソアマと結婚させられた俺の身にもなってみろや!」


 こいつは最低な男だ。許嫁とはいえ、好きで母さんを選んだはずなのに、自分のことを棚に上げて悪者扱いをしている。フツフツと怒りが込み上げてくる。


「だったら出ていけよ!俺と芽郁と母さんは、もうお前なんか必要としていない!」

「黙れぇ!」


 俺は母さんを抱えて逃げようとする。外に逃げるのが一番安全だ。中年引きこもりの父と高校生の俺なら完全に逃げ切れる。

 しかし、その希望は一瞬にして絶たれた。


「嘘だろ……おい…」


 俺のカバンが、玄関に引っかかり、扉が動かなくなってしまった。人一人入れる隙間もない。逃げる道が完全に無くなった俺と母は絶望した。

 すると母さんは俺の頬に手を置き、涙ながらに微笑んだ。


「……隼翔。愛してるわ。さよなら」

「かあさーーー」


 ズブッ。

 母さんのうなじ辺りから、嫌な音がした。そう、うなじの先に銀色の刃が突き刺さっており、父がそれを抜いた。その途端、鮮血が飛び散る。


「母……さん…」


 俺の横に倒れる母さん。もう、何も聞こえなかった。そう、死んだんだ。


「母さん!!」


 俺は倒れた母さんに覆い被さるように抱きつく。唯一の生きがいだった母さんが今ここでいなくなったことに気づき、俺は涙を流す。これ以上、生きる意味を失った。


「……殺せよ…」

「……」


 俺は父を睨みつける。もう、俺には生きる気力を持っていなかった。


「お前が一つの家族を壊した。ただの人殺しだ。地獄に堕ちろ」


 それだけ俺は言い放った。憎い、この存在が憎い。こいつと血縁だなんて、反吐が出る。

 最後の最後でこの人生全てが思い浮かんだ。走馬灯というやつだ。

 小学校の時もずっと母さんと虫取りしてた。中学の時も一緒に勉強して、進路で喧嘩したりもした。でも、受験まで仕事の後に付きっきりで勉強を教えてくれた。

 そして今も、最後に「愛してる」と言ってくれた。どれだけ歳を取ろうとも、母さんは俺の大好きな人だった。


「……いつか、母さんに恩返しをして、幸せにしたかった」


 この瞬間、俺は首を切られた。朦朧としていく意識の中、俺は隣で倒れる母さんの手を握り、そのまま事切れた。











 幸せにしたかった。

 誰よりも、母さんと親孝行がしたかった。後悔が今更降り注いでくる。

 くそ、くそ。あんな奴に幸せを邪魔されて、楽しかったはずがない。

 なら、母さんとあいつが結婚しなければ良かったんだ。許嫁だからとか関係ない。

 なら、俺が幸せにしろ。今度こそ、母さんを救うんだ。














「ーーーーーっ!?」


 目が覚める。知らない天井が目の前にあった。匂いも全然違うし、俺は首を動かして、手を見る。なんだか自分じゃないみたいだった。


礼河れいが!!そろそろ起きなさい!」

「…………うわぁ!?」


 急に扉を開け、入ってきたのはエプロンをつけた少しシワのある女性。俺は驚きを隠せず、その場で後ずさってしまう。


「だ、だ、だ、だ、だ、誰……」


 太鼓を叩いてるんじゃないかと思うくらい「だ」を繰り返した後、俺は知らない女性に問う。


「はぁ?寝ぼけてるのあんた。早く起きなさい、学校でしょ!」

「あ……はい…」


 状況も理解できないまま、首を縦に振ってしまう。すると女性は踵を返してどこかへ行ってしまった。


「(ど、どういう事だ!?)」


 俺は頭の中で整理する。

 たしか俺と母さんは父に殺されて、そっから…何があったんだ?

 グルグルと頭が痛くなるほど考えるが、答えは出てこなかった。


「礼河って…言ってたよな……」


 今わかる情報は俺の事を「礼河」と呼んでいたこと。そして、全く知らない家だということ。少しずつ俺の中で嫌な予感が浮かび上がってくる。


「………よし」


 俺は意を決して、ベッドから降り、忍び足で廊下へ出た。そして、「洗面所」を探す。鏡で、俺の姿が見たかった。

 どうやら、一階の目の前にあるみたいだ。俺は先程の女性にバレないように洗面所へ向かう。

 ようやく洗面所に入るや否や俺は直ぐに鏡を見た。

 そこで、俺には衝撃が走った。


「………ウッソだろ…」


 茶色だった俺の髪は真っ黒に変わっており、少し赤みのかかった瞳、少し童顔な顔立ち。全く別人だった。

 ここで、俺は初めて「それ」を自覚した。


「第二の人生ってか……しかも転生で…」


 何度かファンタジー系の小説や漫画でよく見る「転生物」とよく似たような感じなのだろうか。俺はまだ戸惑いを隠せていない。


 部屋に戻り、色々と物色する。学校、ということはこいつはまだ学生のようだ。色々と漁っていると、生徒手帳らしきものを見つけた。


「……浅賀あさか礼河……ねぇ」


「中々かっこいい名前じゃないか」と小さく呟く。そして、そのまま生徒手帳をペラペラとめくっていくと、また驚くべき事実が載っていた。


「…………2003年9月23日生まれ?」


 今から何年前なんだよ。41年前って、こいつもう41歳じゃねぇか。と心の中で突っ込む。

 俺は机に置いてあった携帯を開く。パスワードなんかは分からないので、とりあえず日付だけ見てみる。

 そこには2020年6月20日と書かれていた。


「おいおいおいおい………」


 転生だけでなく、タイムリープまでしてしまっていることに、俺は戸惑いを隠せない。

 こんな昔に転生しちまうなんて、俺も堕ちたものだ。なんて冗談で済まされない。


 俺は現状を受け入れられないまま、リビングらしき所へ向かった。


「礼河、もうご飯出来てるわよ」

「う、うん…」


 ご飯に味噌汁、鮭のホイル焼き。随分健康的だ。俺は「いただきます」と言いながらそれをパクパクと食べていく。ご飯を食べられる時点で夢ではないこともハッキリと分かった。


「……礼河、あんた雰囲気変わった?」

「え?」

「なんか、いつもと違うなぁって」


 この女性は鋭い。不思議に思われないように行動していたが、まさかこんなに早く気づかれるとは。


「あ、髪留め使っているのね。好きな人でも出来たのかしらぁ?ま、母さん嬉しいわよ。イメチェンしてくれたみたいで」

「う、うん」


 前髪が伸びきっていたので、机に置いてあった髪留めで前髪を上げ、邪魔にならないようにした。

 そして、どうやらこの女性は礼河の母親らしい。まぁ、顔も似てたし、分からなくもない。

 母さんにバレないように、俺は辺りを見渡す。1面ほぼ真っ白だが、オシャレな雰囲気もある。そして、奥に和室が存在していて、そこに目立つものが置いてあった。

 ……仏壇だ。誰のものか気になり、目を細めて写真を見ると、少し若い風貌の男性だった。


「そうだ。礼河、ちゃんと行く時は父さんに挨拶しなさい。最近忘れてるでしょ」

「そ、そうだね…」


 あの仏壇はどうやら父さんらしい。礼河の父さんは前に死んでしまったのか…。


「(これ以上、何か考えても仕方ない……)」


 俺は朝ご飯を食べ終え、食器を片す。仏壇の前で「行ってきます」と一言だけ言って、制服に着替えた。

 市花高校とは違って、少し派手だ。ブレザーは黒を基調にし、襟部分は真っ赤だ。見た感じ、私立の学校だろう。

 俺はもう一度生徒手帳を見て、学校名を確認する。


「私立 青海ヶ崎おうみがさき学園……面白い名前だな…」


 有難いことに、生徒手帳には簡易的な地図が乗っていた。どうやら、駅から近いみたいだ。

 定期もあるし、礼河は電車通学のようだ。

 とりあえず、このスマホは指紋認証があって助かった。俺はそれで開き、ネットで駅までの道のりを調べ、玄関に向かった。


「じゃ、行ってきます」

「はーい、行ってらっしゃい!」


 母さんが見送ってくれた。

 とりあえず、戸惑うことばかりで、まだ頭の整理も出来ていないが、とりあえず、やることだけやってしまわないと変に怪しまれても良くない。

 秋野 隼翔は死んだ。今日からは浅賀 礼河として、人生を過ごしていくしかない。俺は両頬を叩き、気を取り直した。


「よし……!」


 俺は道に迷いながらも、駅にたどり着き、青海ヶ崎学園の最寄り駅に数十分で着いた。

 駅から学校まではかなり近く、他の生徒もいるので、迷わず行くことが出来た。


「おっす礼河」

「っ!?」


 唐突に俺の肩に腕を置いてきた長身の男性。茶髪でピアスもしていて、いかにもチャラそうな奴だった。


「え、えと……」


 誰か分からず、俺は戸惑う。しかし、チャラ男のカバンにはしっかりと名前が記されていた。律儀で助かったと思った。


「えっと…彩見あやみ……おはよう」

「お、おいおい、今日だけ距離遠くねぇか?いつも通りれいでいいよ。というか、雰囲気少し変わったな」


 口調からして、チャラそうなのは見た目だけみたいだ。根は優しくて、きっとみんなにも優しいタイプだろう。


「う、うん。玲、おはよう。少しイメチェンしたんだ」

「おう。似合ってるぞ。でな、今日転校生来るんだってよ。それも女子!」

「そ、そうなんだ。うちのクラスに?」

「そ!2年B組に」

「(高校2年生ってことは年齢は同じか……助かった…)」


 ここで高校三年生とかになってしまったら授業追いつかないから、これは有難い幸運である。


「いやぁ、楽しみだなぁ。可愛い子だといいな!」

「そ、そうだね」


 玲が俺の話し方や態度に不思議さを感じてないことから、礼河は元々物静かな奴だったみたいだ。


「(よしよし、少しずつ理解していこう…)」


 こうしないと、大きな間違いを犯してしまいそうで怖い。丁寧に行くべきだと思った。

 玲について行く形で下駄箱に行き、教室へ入った。40年経っても、あまり学校自体は進化していない。それには少し驚きを感じた。

 ただ、電車やバスは日本史で見た「IC」とやらを使っていた。手にマイクロチップを入れ、それを読み取る時代はまだ先のようだ。

 教室は大半の生徒が椅子や机に座り談笑していた。


「(やばい、俺の席どこ……?)」


 こればかりは仕方ない。玲に聞くしか無かった。よし、自然に聞け!


「なぁ、玲。俺の席ってどこだっけ?」

「はぁ?ここだよここ。お前一人席だって喜んでたじゃねぇか」

「そ、そうだっけ、ありがとう…」


 一番後ろの窓際…か、確かに一人席は楽だが、問題など、誰にも聞けないので、個人的には好きではなかった。しかし、静かな礼河にとってはこういう所が好きなのかな。

 俺はカバンを置いて、携帯を開く。すると、「NINE」とやらに母から連絡が入っていた。


『今日はハンバーグなので、ひき肉を買っといてください』


 母からのお使いのメールだった。めんどくさいとは思いつつも、俺は直ぐに返信した。


『分かりました』


 それだけ打って「NINE」を閉じた。するとその瞬間、ホームルームのチャイムが鳴る。まだ少し古臭い音で、俺のいた世界とはまた違った音色だった。

 すると、生徒名簿を持った男の先生が入り、教卓に立つ。教室は少し騒がしい。今日来るって言われている転校生の事だろう。


「えー、知っていると思うが、今日は新しいクラスメイトを紹介する。どうぞ」


 ガラガラと、戸を開く音。

 桃色の長い髪は艶やかで、背中の真ん中まで伸びている。左上につけているピンは可愛らしい星だった。紫色の双眸そうぼうにシュッとした顔立ち、スタイルも良くて、いわゆるボンキュッボンだ。

 そう、美人だ。美人で可愛い。男子は「おぉ……」と声になっていないほど絶句し、女子は「可愛い…」と目を輝かせている。

 俺も例に漏れず、見蕩れていた一人だ。しかし、一つの違和感があった。


「ん、あの顔……どこかで……」


 少し見覚えがあった。いや、どこかであっているのではないかと思うほどに濃くその記憶が残っていたはずなのに、思い出せずにいた。


 しかし、その思い出せない違和感は彼女の一言によって崩壊した。










「初めまして、文城高校から転校してきました。星奈 天音です」









「……………っ!?」


 一瞬思考が停止した。まさかこんな所で見つけてしまうとは。

 ああ、神様、現実とは何があるか分からないものなんですね…。

 俺ら驚きを隠せないまま、ずっと彼女を見て目を見開いていた。









 俺は高校時代の「母さん」とここで再会した。

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不幸だった母さんを救うためにタイムリープしました 二川 迅 @Momiji2335

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