君と三度目のラブコメ

花一華

第1話

世界はただひたすらに美しい。

 歯車のように人と人が繋がり美しいこの世界を作り出している。

 心の底に眠る思いがまるで磁石のように歯車を引き寄せ合う。

 どんなに遠い記憶の中に居たとしても、必ず出会い噛み合うことが出来る。

 そしてまた一つの世界が回り出す。

 

           一

         

 「俺は···お前のことが好きなんだ!他の誰でもない。お前が好きだ!」

 「嬉しい···私もずっと好きだった。ずっとずっと大好きだったんだよ」

  天気は快晴、見事なまでの青空が広がっている。

 満開の桜の木の下で、高校生の男女が花を咲かせようとしていた。

 青空、満開の桜、舞い散る花びら、そして

咲き誇る恋の花。この世界に、この空間に、いったい他に何が必要だと言うのだろうか。

 愛し合う男女が見事に結ばれ、最後に二人は幸せなキスをして終了・・・

 ここまで見終わって星宮叶人はDVDの再生を止めた。

 「はぁーあ・・・」

 ここは現実の世界。

 時刻は午後十一時を回ったところ。

 三月ももう終わるというのに神様は春を呼ぶのを忘れてしまったのだろうか。まだコートが手放せないくらい寒い。家の前の桜は咲く気配すら見せない。

 そんな夜を叶人は一人でアニメを見て過ごしていた。

 今見ていたのは最近流行ったラブコメアニメ、『恋のチェリーカクテル』。

 なんでカクテル?主人公未成年じゃね?という疑問はとりあえず考えないでいただきたい。

 「所詮ただの作り話だろ」

 そうぶつぶつと言いつつ、星宮叶人はDVDをプレイヤーから取りだし、しっかりとケースに収納。棚にきちんと片付けた。

 こんなものただの嘘っぱちだ。現実はこんなに上手くいくわけがない。ソースは俺。

 好きな人ができ、告白し付き合い、二人の満面の笑みを映しながらカメラはフレームアウト。こんなことは現実では起こらない。

 「くそっ!」

 そう言いながら投げた枕は見事にベットの定位置へ。今さっきまで抱えてたため、少し温かい。

 叶人がここまで恋愛を嫌うのには理由があった。遡ること高校入学時・・・

 

 桜の舞う四月。

 叶人は夢と希望を胸に夢咲高校に入学する・・・予定だった。

 叶人の高校生活は言ってしまえばここからもうやらかしていたと思う。

 入学式当日、少なからず高校生活への期待を胸に抱き、高校に向かって歩いていた時だ。恐らく他校の高校生であろう一人の女の子が二人組の不良っぽいなりをした男に絡まれていた。

 別に関わる義理はないし、その女の子と知り合いという訳ではない。

 しかし、なぜかいつの間にか足が動いていた。

 「あのー、女の子も嫌がってるっぽいですし、あんま絡んだりとか辞めとかないっすか?」

 「あ?なんだてめぇ。やる気か?オイ。」

 「ヒーロー面しやがって、ぶっ殺してやる」

 あーあ本当になんでこんなことをしたのだろうか。今でも後悔している。

 中学時代はテニス部だった。弱小だったが最後の最後まで団体戦に出ることは無かった。

 頭は悪く、運動神経もダメ、学校生活もぼっちで寂しく送ってきたような人間だ。

 もちろん彼女も出来たことは無く友達といった友達がいた訳でもない。

 察しの通り喧嘩が強いわけでもない。

 そんな人間がなんで女の子を助けようなんて思ってしまったのだろう。

 もちろん叶人は不良たちにボコボコにされた。それはもう酷い有様だった。

 しかし、叶人がボコボコにされている間に女の子は逃げられたようだ。

 顔も、どこの高校かも、もちろん名前も、何一つ彼女については分からなかったが、とにかく綺麗な顔立ちをした子だったことだけは覚えている。

 「ケッ。二度とこんな真似すんなよ」

 「次はこれじゃすまねーからな」

 不良たちは地面に倒れた叶人にそう吐き捨てて去っていった。

 人のこと散々ボコボコにしておいて本当にいいご身分だ。

 朦朧とした意識の中、ボコボコにされた頭で叶人は思った。

 「入学式行かなきゃ・・・」

 記憶があったのはそこまで。

 叶人は気付いたら真っ白い天井を見上げていた。

 窓際の小さなテーブルには白い一輪の百合の花。

 ここが病室だと気づくのに掛かったのはほんの数秒。

 どうやらそのまま気を失い、誰かが救急車を呼んでくれたようだ。

 「お兄ちゃん!本当になんでこんなことしたの?」

 すぐ側で涙目でこっちを見つめているのは星宮乙葉(ほしみや おとは)。俺と二人暮し中の妹だ。

 心配してる顔めっちゃ可愛いな。

 「本当に死んじゃうかと思ったんだからね!」

 乙葉はまだ中学の制服を着ていた。

 どうやら連絡を受けて学校を早退して駆け付けてくれたのだろう。

 「ゴメンな、乙葉」

 「本当に大きな怪我なくて良かった。もう次やったら来てあげないんだからね!」

 特に骨折などの大きな怪我もなく、その日のうちに退院することが出来た。

 その日の夜、自室のベッドの上で大事なことに気が付いた。

 「あ、学校になんも連絡入れてねぇ」

 そう、その日は入学式。

 叶人は高校生活初日の入学式から学校を無断ですっぽかしたのだ。

 

 次の日まだ痛みの残る足を引きずり学校に初登校すると、案の定、初対面の生徒指導のスキンヘッドに引っ張っていかれた。

 もちろん生徒指導室に。

 そのまま生徒指導室で初対面のハゲの説教を正座でたっぷり二時間聞かされた。

 足が痺れすぎて何を言われたかは全然覚えていないが、叶人は自分の高校生活が異常な幕開けをしていることだけは気づいていた。

 その後ハゲから解放され初めて教室の床を踏んだのは昼食の時間。

 クラスメイトは皆もう友達を作り一緒に昼飯を食べていた。

 「はぁ・・・」

 深いため息をつきながら教室の端にあった自分の席に座り、一人で乙葉の作った弁当を広げる。

 「お前酷い怪我だな。入学式も来ていなかったし、いきなり喧嘩でもしてきたのか?」

 ニヒヒと笑う金髪の男子生徒が話しかけてきた。

 この学校って金髪ありだったか?

 見逃してるぞハゲ。

 物好きなやつだな。叶人はそう思った。

 そのままそいつは近くにあった椅子を引っ張ってきて叶人の机に弁当を広げた。

 「お前俺と一緒に飯食う気か?」

 「あぁそうだ。お前なんだか面白そうだ」

 変な理由だな。

 ここまで変なやつとは初めて会った。

 「言い忘れてた。俺の名前は小倉秀(おぐら しゅう)。よろしくな!」

 「大きな声を出すな、目立つだろ」

 「もう入学式サボって目立ってるぞ」

 「なら尚更だろ!」

 これが俺の唯一の友達、秀との出会いだった。

 おどろくべきことに、秀はクラス委員長らしく、成績もなかなかに優秀らしい。

 秀が言うには二年になったら生徒会長選挙に出るそうだ。

 不良たちとのいざこざのせいで友達が出来ないわけではない。

 元々叶人は中学時代から一人ぼっちで過ごして来た。

 そのため、正直友達が一人出来たことはかなり嬉しかった。

 秀は本当の親友だと思っている。

 最初こそ波乱の幕開けをしたものの、その後は特に変わったことは起こらず最初の一年は終わりを迎えた。

 ここまではまだただの俺の不幸話だ。

 そして、二年に進級した叶人は運命の人に出会う。

 この学校は学年が上がってもクラス替えをしない。

 そんな中、クラスに新顔がやってきた。

 七瀬陽菜(ななせ ひな)が転校してきたのだ。

 一目惚れだった。

 顔立ちは可愛らしく、優しい性格でクラスにぼっちの叶人にも陽菜は優しく接してくれた。

 一月に行った京都への修学旅行では同じ班になれた。

 「ねえねえ、これ凄いよ!」

 金色に煌めく金閣を見てはしゃぐ彼女は本当に太陽のようだった。

 そんな陽菜に叶人はどんどん惚れていった。

 恋愛なんてしたくもないと思っていた叶人に告白したいと思わせるほど陽菜は可愛かった。

 そして、二年生も終わろうという三月。

 桜の下で勇気を振り絞り告白した。

 しかし、陽菜からの答えは

 「ごめん、恋愛対象として見てない・・・」

 そう言って陽菜は気まずそうに走って行った。

 見事に打ち砕かれた叶人の心、砕ける音が聞こえるかのようだった。

 あぁ、俺振られたんだ。そう、半ば放心状態になっていた叶人を現実に引きずり戻したのは一本の言葉の矢だった。

 「無様ね」

 ハッと我に返り声のした方を向く。

 「お、お前・・・」

 そこに居たのは影井紗希(かげい さき)。二年の時に陽菜と同じく叶人のクラスに転校してきた美女。容姿端麗なだけでなく成績も超優秀。頭の回転も恐ろしく早い、全校生徒を束ねる我が校の生徒会長である。

 しかし、紗希は陽菜とは違い、とてつもなく冷たい。そして、笑った顔なんて見たことないくらい暗い。

 一部では氷結の魔女と呼ばれていたくらいだ。

 その女が今目の前にいる。

 なぜここにいるのかは分からないが、今の告白の一部始終を見られたのは明らかだった。

 「本当に目も当てられないわ。あなた、その顔とその性格で成功すると思っていたの?本当のバカね」

 あぁ、痛い。本当に痛い。

 飛んでくる言葉に慈悲や同情の意は一切ない。あるのはただの軽蔑と侮辱だけ。

 本当に言葉が胸に刺さった。

 「今回のことで少しは学習するのね」

 言うだけ言って紗希は去っていった。

 ただでさえ砕かれた心にあの矢は痛すぎた。 完全なオーバーキル、もう戦闘不能だ。

 苦すぎる恋の思い出と、心に刺さった紗希の矢は消せない傷となって心に残り続けるだろう。

 

 「ほんとに今思い出しても泣けそうだな・・・」

 そう言ってベットにダイブする。柔らかいスプリングのベットが叶人の体を優しくキャッチした。

 あんな恋ならするんじゃなかった。

 今すぐ過去に戻ってやり直したい。

 そう考えるが過去になんて戻れるわけがない。

 「新商品発売決定!通称メモ!」

 テレビでは深夜ニュースが情報を発信している。

 「もう寝よう」

 テレビを消し、ベットに入り布団を被る。まだ寒いので掛け布団までしっかりと被る。

 あぁ、目が覚めたら過去に戻ってるとか、そんな奇跡起きないかな。

 そんな起きるわけもないことを願いながらゆっくりと目を瞑る。

 この時の叶人には知る由もなかった。

 これからもう一度ラブコメをすることになるということも。

 そして、それが『三度目』だということも。

 

 「・・・今度は真実にたどり着いて。そして決断して・・・」

 

 夜が更けていく。

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君と三度目のラブコメ 花一華 @Hanaichige

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