オマエがアタシを生かしてる!

水;雨

第1話 もうすぐ死ぬよ

 冬が近づいてきた。

 雪がチラつくこの季節に、マサキは職を失った。

 体力的にキツい仕事だった。

 夜遅いのもそうだが、人手が足りないのにもかかわらず、現場は忙しいのをすでにオーバーしていたのだ。

 頑張れるなりに頑張ったのだが、肉体の方が根を上げてしまった。

 体を壊し、言われたのが「明日から来なくていいよ」だった。

 一気にぷつんと糸が切れた。

 明日からどうすりゃいいんだよ。

 とりあえず自宅で過ごす日々が始まった。


 自宅は親から譲り受けたもので、処分せずそのまま1人で住んでいる。

 きょうだいからはアパートかマンションに、と言われたが、この家には愛着があった。

 何より父から家を頼む‥と言われていたから尚更だ。

 あれは後のことは、という意味かもしれないが、マサキにとってはそれは家そのものを指していた。

 死んだらあとはどうでもいいが、生きている間はこの家を維持していく。


 それはそうと、職を失って、何もする気が起きなくなった。

 何もしたくない。

 精神的にもかなりボロボロだ。

 …

 これからどうしよう。

 蓄えはいくらかある。

 親の遺産も手付かずだ。

 このままダラダラ過ごそうか。

 死にたい、とは思わない。

 本は人より読むほうだ。

 哲学系を主に読み漁ってきた。

 それらの言い分をまとめると。

 生きよ、とマサキに告げている。

 とりあえずは生きていこう。

 差しあたってはどうしよう。

 手を動かしながら考えていくか。

 久しぶりに家の整理をしてみよう。

 いるものいらないものをきちんと分け、捨てて、スマートな住環境を整える。

 取りかかりますか。


 気になっていた場所がある。

 父が残していった、家のすぐ前にある車庫のことだ。

 車を入れるためには使っていなかった。

 趣味のものを入れておく、ガラクタ倉庫に使っていた。

 父が死んでからしばらく経つ。

 全然手をつけてなかったが、この機会だ、整理してしまおう。

 雪が薄く降り積もった日の午後、閉ざされていたシャッターを上げた。


 庫内はスキマから太陽光が細く入り込んでいた。

 どこもかしこもホコリっぽい。

 あるのは天井高くまで積んである…ビデオテープだ。

 所狭しと占められている。

 昔の映画、録画したテレビ番組、エッチなものまである。

 古いテレビとビデオデッキも奥に鎮座していた。

 そして、片隅に毛布にくるまった少女。

 ???

 最初は見間違いかと思った。

 もう一度しっかり見る。

 少女が、いる。

 死んでいるのか?

 すー、すー、すー

 わずかな息遣い。

 よく見ると口元が小さく動いている。

 耳を近づけてみた。

「もうすぐ…死ぬよ…」

 おいおいおいおい。

 整理などほったらかして、急いで少女を家まで抱えていったのだった。

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