ペットガチャで出てくるのは生物だけ
ちびまるフォイ
家族のためならすべて捧げられる
ひとり暮らしの生活をはじめてから真っ先に感じたのは寂しさ。
でも恋人や友人による人間関係のわずらわしさはいやだ。
そんな折で見つけたのものが「ペットガチャ」だった。
「独り身の寂しさを埋めてくれる唯一の相棒。
でも自分の新しい一面を発見するための冒険をしてみませんか?
……って、マジかこれ」
近くにペットショップがなかったのも手伝いガチャを行った。
『ペットガチャ1回ご利用ありがとうございます。
排出されたペットは後日お届けします』
「いや、結果わからないのかよ!!」
画面にツッコミをいれたが家に到着するまでわからない。
犬なのか猫なのか。はたまたライオンでも送られた日にはどうするか。
後日、本当にペットが届いた。
「あの、これ本当にあっているんですか?」
「ええ、生き物……として配送登録はされていますよ」
家に到着したのは犬でも猫でもライオンでもなく、1枚の肖像画だった。
「ペットじゃねぇじゃん……」
肖像画には髪の長い女が描かれている。
妙に生々しくて、触れてみるとわずかに凹凸を感じた。
「凝ってるなぁ、立体感までつけているんだ」
鼻の部分はわずかに出ていて、髪の部分は細い凹凸を指で感じる。
絵の具でキャンバスで描いただけでなく、重ねることで立体感をつけているのか。
ますますこの絵が生きているような気がする。
「……ペット、ねぇ」
話し相手が欲しかったのとペットガチャで損をしたと思いたくなかったので、
肖像画には絵としてではなく完全なペットとして接するようにした。
「おはよう」
朝は毎回挨拶するようにしているし、
「ただいま。今日はちょっと疲れちゃったよ……ミスしちゃってさ」
家に帰れば肖像画に話しかけた。
不思議なもので接する回数が多くなるにつれもはや絵としてではなく
本当にペット……いや、家族に近い存在になってきた。
「今考えてみると、肖像画でよかったのかもなぁ。
汚れないし、食費もかからないし、苦情も言われないし。
君も、この家に来れてよかったのかな?」
ひとりの家族として当たり前に接するようになっていた。
そんなある日のこと。
「おはよ……え!? なんで!? なんで泣いているの!?」
肖像画が涙を流していた。
いや正確には絵の具が溶けたのか目の辺りから涙の線ができている。
「ど、どうしよう……」
絵が泣いている、という奇妙さよりも今は彼女のことが心配だった。
涙を拭こうにも下手をすれば周りの絵の具をも巻き込んでしまうかもしれない。
「なあ、どうして泣いているの? なにか不満なの? 教えてくれよ」
肖像画は悲しそうな顔のままだった。
最初この家に来たときは別の顔だったような気もする。
家族のひとりとして、悲しんでいる彼女を慰めてあげたい。
「そうだ……もしかして……」
俺は思い立ってすぐにペットガチャをもう一度、二度、三度と引いた。
「こんにちは、ペット配送サービスです」
「ああ、待っていました!!」
部屋に届いたのはいくつものペット。
狙いのもの以外はすぐに売り払いただ1つだけが残った。
もう1枚の別のペット肖像画だった。
「君はもしかして寂しかったんじゃないか?
こんな知らない場所にひとり連れてこられて、
悩みを打ち明けられる人もいなかったから辛かっただろう」
もう1枚の肖像画を紐解くと、そこにはまた別の女が描かれていた。
こちらも同じように立体感があり手が込んでいる。
肖像画を並べると、わずかながら悲しみがなくなったような気がする。
「やっぱり、ひとりは寂しかったんだね」
ただの絵画ではなく家族として見ているからこそ気づけたんだと思う。
翌日から泣いている顔はなくなり、いつの間にか涙のあとも乾いて消えていた。
これでなにもかも元通り。
「それじゃ行ってきます」
仕事から帰ってくると、いつものように肖像画に話しかけた。
「ただいま。今日は遅くなってごめんね。
実はちょっと急な案件で残業が……」
テーブルの向こう側の椅子に立てかけてある肖像画の目線は、
真正面の俺に注がれるのではなく隣の肖像画に注がれていた。
隣の新しい肖像画もまた、もう片方の肖像画を見るばかりで俺の方には目もくれない。
「……」
ここはたしかに自分の家なのにどこか居心地の悪さを感じた。
と、同時に苛立ちも感じた。
俺がどれだけ肖像画が傷まないように気を使っているか。
それなのに帰ってくれば俺には目もくれない。
ペットなら、せめて主人にもう少し尽くしてもいいじゃないか。
それなのに……。
その日の夜、心はひどく冷静で迷いはなかった。
カッターナイフを手に取ると、新しく手に入れた肖像画をずたずたにした。
切り刻む直前に肖像画は驚いたように目を開いた気もするが気のせいだろう。
絵に傷をつけるとそこからは赤い絵の具が流れた。
肖像画をバラバラにしてからは燃やして跡形もなくした。
後悔はなかった。
「おはよう」
翌朝、肖像画は視線の先にいるはずの肖像画を探しているようだった。
「……ああ、あの肖像画なら捨てたよ」
「 」
「なぜって? あれは君が悲しくならないようにと買ったものだ。
その役目が終わったら捨てる。当然のことだろう」
「 」
「どうしてそんなことを言うんだ。またもとの生活に戻るだけじゃないか。
それに君もこの家にはなれただろう? もう寂しいことはない。
これまで2枚に注いでいた愛情は君だけに注がれるしいいことじゃないか」
笑顔のような印象だった肖像画は日に日に悲しい顔をするようになった。
「ああ、どうしてそんな顔をするんだ。
俺と離れてしまうのがそんなに悲しいのかい?」
「 」
「……わかるよ、でもしょうがないことなんだ。
俺が仕事をしないと君とこの家を守っていけない。それはわかるだろう?
それに寂しくなったらまた肖像画をガチャから取り寄せるよ」
「 」
「そういうことじゃないって?
俺がずっと君のそばにいられたら、ずっと笑っていられるようにするのに」
肖像画を慰めるための自分の言葉に、自分自身でハッとした。
「その手があった。この肖像画が悲しくなっているのは
きっとまた孤独に戻ったからなんだ。だから俺が一緒にいればいい。だったら……」
俺はネットで腕利きの画家を探した。
特にこの絵ほどの立体感を演出できるような人を。
探すのは一筋縄ではいなかった。
立体感をも出せる絵師などそういるはずもなく、
ましていたとしてもほとんどが職人気質でネットでほいほい見つからず
また直にあって信用されないと仕事の話すらさせてもらえない。
「諦めてたまるものか。ずっと彼女の隣にいるためにも……!!」
ついに見つけた職人に仕事を取り付けた。
嬉しさのあまりすっ飛んで変えると、いの一番にそのことを肖像画に伝えた。
「聞いてくれ。やっと絵師が見つかったよ。
これでずっと君の横にいることができる。もう寂しい思いはさせないよ」
「 」
「どういう意味って? そのままの意味だよ。
君の横に俺自信を描いてもらうんだ。それでずっと一緒さ」
「 」
「一番苦労したのは君のように美しく描ける絵師を探すことだったよ。
隣に描かれる以上、君と同じくらいきれいに描かれないとね。
雑な合成みたいに描かれるのだけは嫌だったんだ。お互いのためにも」
「 」
「うん、俺も楽しみだよ。君とずっと一緒にいられるようになることがね。
早く明日が来ないかなぁ。約束の日が待てないよ」
職人は絵を書くための準備を整えるのに時間がかかった。
やがて訪れたころには肖像画を見て言葉を失っていた。
「こりゃすごい。まるで生きているみたいだ」
「でしょう。この横に俺を書いてもらいたいんです。
そうすれば彼女はもう寂しさに悲しい顔をすることはなくなる」
「単に笑顔を上から重ねて描くのじゃダメだったのかい?」
「俺は彼女の素顔から笑顔になってほしいんです。
そのためには、俺が彼女のそばにいる必要がある」
「まったく歪んだ情熱だねぇ。まあ約束通り仕事はするけどさ。
この絵の横に、あんたを描けば良いんだろう?」
「はい、よろしくおねがいします」
職人は道具を開いてキャンバスを立てる。
肖像画を額縁から外してキャンバスに立てかけようとしたときだった。
「うあっ……ああああああ!!!」
なにも驚かないような顔の職人が腰を抜かして倒れてしまった。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「お前さん、この絵は生きているって言っとったな……!?」
「ええ」
「そういう意味だったのか……。むごいことを……」
「いったいなんなんですか」
「この絵の後ろを見てみぃ!!」
ガチャで届いたときにはすでに肖像画は額縁に入っていた。
額縁には後ろに厚板が貼ってあったので取り外して見たことはなかった。
「これは……」
絵の後ろにはぺちゃんこにされた人間の後ろ姿。
女の長い後ろの髪の毛が見えていた。
「これは絵なんかじゃない……。人間が押し付けられてできたものなんだよ!」
「そうですか……それで……」
俺は腰を抜かした職人にそっと手を伸ばした。
「ところで、この"押し花"を作れる人を知っていますか?
俺も彼女の横に寄り添いたいんですが……」
ペットガチャで出てくるのは生物だけ ちびまるフォイ @firestorage
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