第53話《ふわ★きゃっとイベントに迫るハッカーβ》
***
「それは、門奈さんが酷いな。今日は「ふわ★きゃっと」のVRイベントなんだ。ふわ★きゃっとには本物のアイドルが使われていて、今日だけVRに参加するから、ユーザーが集まっている。とはいえ、キャッスルフロンティアKKのプロモート審査に合格した一部だが」
水瓶座の後ろで、うっうっと泣きつづける蠍座が哀れである。
「すいません、なんか、誤解させちゃったみたいで」
胡桃もしょんぼりとして、「これ、可愛かったから」とドレスをつまみ上げた。
なるほど、オンリーイベントならば、服が売っていたのも頷ける。胡桃は一番人気の「未来ちゃん」の衣装を選んでいて、ご丁寧にコスプレ化粧まで施されていた。蠍座から見れば、「推し」が浮気しているように見えてしまっても仕方がない。
「あんたらね、アーサーを探すよ!」
そして、ジェシーは全くもって、暁月優利を見ず、「あのおっさんは」とぶっきらぼうに赤いドレスを揺らしている。
「そういえば、門奈計磨は?」
「ああ、ハッカーβの襲来予告で、堂園くんと打ち合わせがあるって。僕たちは平和なVRMMOユーザーだから、呼ばれないさ」
ジェシーはそっか、としゅんとした。ジェシーとキャシーは双子だ。双子故に強かったのを憶えている。しかし、そのキャシーはハッカーβからの攻撃で、脳が傷つき、VRにはもう来られなくなった。
優利は現実で、ジェシーに責められている。何も言えずにいると、ジェシーは胡桃に興味を示し始めた。一瞬キャシーのことを打ち明けられるかと思いきや、「似合うねえ」と女子トーク。胡桃は何を察したのか、すまなそうに頭を下げる。
「おまえ、栗鼠かよ。胡桃だもんな、食べられちゃえ。ってなんで俺がここにいたの、分かったんだよ」
「なーんでも、胡桃、わかるんだ。人の気持ちとか」
幼少のやり取りを思い出す。VRの世界で、胡桃が当たり前にやれていることは、当たり前ではない。もしかすると、VGOでゴドレスまで行き着くのは、胡桃かもしれない。
「……いないねえ」
男三人と、女二人。ドレスアップしての、おっさん作家探しは継続している。そもそも、優利は「アーサー」の事情をよく知らない。ただ、VR内での重鎮だから、機密を護るも仕事だと聞いただけだ。外のハッカー襲来も気になる。
「ジェシー」知っているであろう戦闘員のジェシーに声をかけると、ジェシーは「なに」と背中を向けつつも答えてくれた。
「ハッカーって襲来予告してくるんだなって」
「試してるんだよ。防げるか、防げないか。VRの関連は敵も多いんだ。脳死の関連でね。いまも研究は難航している。そもそも、「脳だけで生きていると言えるのか」という大前提で争っていて、まったく結論が出ていない。βは脳死反論派で、あたしらはそういうのを追い払って実験を滞りなくさせる部署なわけ。彼女連れてイチャコラしてんじゃねえよ」
「そうだ、そうだぁ……」とまだ泣いていた蠍座を兄の水瓶座が肩を叩いて連れ出そうとした。せっかくのイベントを悲しませてしまった。胸を痛める前で、胡桃が動いた。
まるでポスターのVRキャラのように、両手をきゅっと拳にして、ぱっと言い放つ。
「ね、元気出して! 未来とがんばろ! あたしは諦めない。探そ?」
「ハイ!」ゲーマーはちょろいなどと思わないで欲しいが、蠍座はちょろすぎた。
蠍座の思考は「俺の嫁が奪われた」から、「俺の傍に推しがいる」になったらしく、元気に階段を駆け上がって行った。
胡桃は「実はちょこっとやったんだ、ふわ★きゃっと。未来ちゃん、欲しくて」とちらりと舌を見せた。
「胡桃……俺、胡桃が分からなくなった」
「いいよ、あたしが優利のこと、理解してるから。今度、一緒にVGOもやろう! 頑張るから」
胡桃とVGOが出来る! もうそれだけでいい!ありがとうキャッスルフロンティアKK、アリガトウVGO運営サイコーのGJ運営!……ってちょっと待て?
優利ははっと正気に戻って、「もう、おまえ、少し黙って」と胡桃の手を握り、項垂れた。胡桃は、こうやって入り込んで来る。現実では嬉しかったことが、VRでは浮彫になって、ちょっと困惑させるのだ。
――俺、本当に感覚超越者なのかな……。
案外、胡桃と門奈計磨は暁月優利よりお似合いかも知れない。落ち込む優利の肩にクルタの翼がぽふ、と乗った。『まあ、元気だせや』とハードボイルド口調で言われ、ますます落ち込んだ。
アーサーは見つからず、また最終フロアへの移動になった。
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