ゲーマーの日常の世界―決闘―

第2話 VGOへの冒険の誘い

 バイト中にVGOの攻略を唐突に思い付いた。

 そうなると、もう焼いているピザも何もかもが見えなくなる。どうしても進めない廃墟の壁を思い出し、周辺にいた魔物との遭遇エンカウントを思い描く。

 ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン。

 ゲーム名を繰り返す。意味は分からないが、とても力強いゲーム名。運営会社はキャッスルフロンティアKK。情報はSNSではなく、専用の登録端末モバイルに直に送られて来る。攻略に関しては、運営の目が厳しいので、ネタバレアカウントは即時BAN。

 

「そうか、盲点だった」


 呟いたところで、リスのアイコンがスマートフォンに現れた。


(胡桃……ああ、そういえば、messageが来てたな。ねこやしきの猫が見つからないとかなんとか……面倒だな、相変わらず)


 白幡胡桃しらはたくるみは、腐れ縁の幼馴染で、一応彼女ではある。ゲーマーの優利に合わせて、彼女が選んだのは、アプリの猫をわいわい集める収集ゲーム。だが、男の闘いであるヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインことVGOの前には、霞む存在だ。


 彼女を横目に、目指すはVGOの頂点である。神なき世界で神と認めさせる。高潔さポイントが足りないが、いつかきっと。


 ピザを視ている場合ではない。


「すいません、帰ります。ピザ視てるの莫迦らしくなったので」

「なんだと? ピザを箱に詰めてくれ」

「ピザ焼いてる場合じゃないんですよ。VGOが俺を呼んでるんです。今日こそ、次の扉が開くかもしれない。ありがとうございました」


 ぽかーんとした店長を背にして、カバンを背負った。首だろうがなんだろうが、譲れないものはある。


 仲間を裏切り、切り捨てるゲーム。そんなものに嵌まった自分が悪いのだが、没入感快感のVRMMOはこれだから、やめられない。電動チャリは嫌いなので、足で漕いで、帰り着いた。


******


 ピザを持ち帰れば良かったと空腹に気が付いた。まあいい。今日もenergyフードでやり過ごす。深夜、時計を確認すると二時。両親は寝ているだろうから、セキュリティに触れないようにして、玄関を潜った。人のいい父が、変にセキュリティの高い家を悪徳ホーム会社に作らされたおかげで、我が家はオートと化している。オール電化も善し悪しだ。


「さて、じゃあ、立証するとするか」


 椅子は、背中を痛めないような、緩衝材入りのゆったりしたものを、机は最新器具の大きさに堪えられるような巨大なガラスプレートを特注し、グリップは人間科学研究所の最新型を、キーボードは……すべてバイト代をつぎ込んだ。それで足りなくなったので、片っ端から企業にエントリーしてみたが、夜通しのゲームかバイトで忙しく、面接の日をついつい忘れるので、多分通過しても気が付いていない。大体、こんな体たらくでは、就職はまず無理だ。


 残り一社も、希望は薄い。しかし、もし、選ばれたなら……。


「そんな奇跡あるか。キャッスルフロンティアKKに応募するなんて、だいたいVGOが出来るとは限らないし、バカか、俺は」


 呟きながら、HMDの充電を確かめ、頭上に載せたが、一向にPCが応答しない。不思議に思ってみてみると――。

 ケーブルを母親に抜かれて、隠されたらしい。苦労してゴミ箱の下から見つけて、まずはゲーミングnoteパソコンを立ち上げる。赤いイルミネーションが独特なレインボーシックスシージを確認し、メインPCのサーバを入れる。


 ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインはいわゆる没入型VRMMOで、HMDもそれ相当の一級品でないと、首が凝る。


 歪曲した画面を使って没入感を得ていたことが信じられない。


 お分かりだろうか、この高揚感。チュートリアルの画面は妄想でやり過ごす。

 椅子に括りつけたグリップ・スイッチを握り、前を倒すと、視界は瞬く間に廃墟の中へと吸い込まれた――。



 夢中にさせるオンラインゲーム

「ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン―VGO―」。直訳すると、高貴なる神、しかし、裏読みは「神のいない世界」このゲームは面白い。

 このゲームは本来は、仲間を集い、進めて行くチームアドベンチャーの体裁なのだが、優利ヒロキはレベルをあげ過ぎて、仲間を集わせるが難しくなった。しかも、このVGOは時には仲間が牙を剥くこともある。

 大航海時代、船長に決闘を申し込んだ、その名残に似ているが、決闘には負けたことがなかった。しかし、そんな決闘を繰り返しているうちに、このゲームは個人プレイでも楽しめると気づく。むろん、時間は掛かるが、かつての仲間を完膚なきまでにライフを0にすることを想えば、まだ気が楽だ。


 夢中になっているクエストのダンジョンには、常に挑戦者トライアルが溢れかえり、魔物の前に倒れて行った。羨望の目を向けられながら、上級者向けの螺旋階段ステアを上がる。VRなので、どんどん視界が広がって行き、やがては360度の空が見える臨空庭園アクア・ガーデンまで辿り着いた。


 どうして気づかなかったのだろう。アンロックは、ここに隠されている。毎日少しずつ、人が減っていくのは、次なるステージへ進んでいるからだ。いつまでも魔物を倒していては埒が明かない。


 ――そう、鍵を持っているのは、挑戦者の誰か。それも知らずに持たされている。だから仲間を裏切り、活路を拓く必要があったのだろう。これはただのゲームじゃない。生や死を超えた、精神的な何かを訴えて来る。その魅力に取りつかれて、現在の売り上げシェアは市場一位を誇っていた。

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