Angel Dust -天使のかけら-

朝日奈

1

 もうじき夏も終わるという九月の終わり。今年は異常気象のせいか、今だ気温が三十度以下になることは少ない猛暑だった。それでも都会では、ビルとビルの間をすばやく通り過ぎていく人々が大勢いた。

 そんな中、熱中症にでも罹っているかと思われるほど弱弱しい足取りで、人の波に流されるように歩く男がいた。男はまっすぐ歩くこともできないらしく、時々すれ違う人々にぶつかりながら、どこ行く当てもなく歩を進めていた。

 通りすがる人々は男の体調が良くないのは目に見えて分かってはいたが、係わり合いになるのが億劫なのか、それともこの暑い中、帽子を目深にかぶり、ジャケットなど着込んでいる男を気味悪がっているのか、一瞬だけ男に目をやるだけでさっさと自分の目的を果たすべく去っていく。

 そんな中、さきほどからずっと男の後ろを歩いていた(ただ単に方向が同じだったためだが)一人のOLらしき女性がその状況に耐えかねて、男の前まで駆け寄り声をかけた。

「あの……大丈夫ですか? 身体の具合が悪いようですけど、なんだったら病院に……」

 女性に呼びかけに、男は動きを止め彼女の方を振り向いた。そのため彼女は帽子で隠れた顔をじかに見ることになったのだが、もう少しで声を上げるところだった。

 男には顔のいたるところに気味の悪い痣のような斑点模様が浮かび上がっていた。しかし、先天性の何かかもしれない、もしそうなら人の顔をみて悲鳴を上げるなんて失礼だ、と彼女は自分にそう思い込ませ、なんとか声を押さえ込んだ。

 よく見てみると、男の顔はやけに青白く、目の焦点が合っていないようだった。その気味悪さから女性は声をかけなければ良かったと後悔したが、よほど具合が悪いのかもしれない、という懸念もいっそう強くなった。

「あ、あの……なんだったら救急車を」

 彼女がそういったとき、いきなり男が口を開いた。

「……てんし」

「え?」

 男は自分にですら聞こえるか聞こえないかぐらい小さい声でつぶやいたので、女性にはほとんど聞こえなかった。彼女はもっと良く聞こえるように男に顔を近づけた。

 その時、男の顔が急激に膨らんだように見えた。いや、見えたのではなく本当に膨らんでいた。それも顔だけではなく身体全体が。そして、次の瞬間、男は空気を入れすぎた風船のごとく音を立てて破裂した。肉片は四方八方に飛び散り通行人に降り注いだ。もちろん、男のすぐ側にいた若い女性にも、全身に血肉が降りかかった。周りの人々は悲鳴を上げていたりパニックになっていたりしたが、彼女だけは何が起こったのか把握しきれず、ただその場に呆然と突っ立っていた。そして、やっとのことで現状を頭で理解すると、両手で頭を抱え、誰よりも大きな悲鳴を上げ、そのまま気を失った。

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