第28話 ブラッドルーラー

「さぁ、どっちが早いかな?」


 挑戦的な笑みを浮かべる目の前の男。

 市来の吸い込まれそうな瞳に、後ろ髪をひかれながらも視線を外す。

 目や言葉で欺けても、生き物である以上、筋肉の動きまで偽ることはできない。

 これまで様々な技術を見せつけ、楽しませてくれた市来にあっても例外ではない。

 左側頭部に突きつけられた銃口が火を吹くのは、市来の右手首の筋が引き絞られた瞬間だ。その瞬間、引き金は引かれ、撃ち出された銃弾はワタシの頭を貫くだろう。

 つまり勝負は、ワタシがその起こりを捉え対処できるか。


 ―― さぁ、どっちが早いかな?


(まさに。楽しいなぁ、市来!)


 緊張と興奮、高鳴る鼓動を感じながら市来の手首を見つめる。

 瞬間―― くぐもった発砲音、右脇腹の肉が抉られる感触。そして走る、灼熱と痛み。


(……撃たれたッ⁉︎ここに至ってまだ―― 右手はブラフか!)


 決着を匂わせてなお、それさえ囮に――


(何という。何という!何という素晴らしさ!)


 だが、並の人間なら終わる脇腹への銃撃も、我ら吸血鬼にとって決め手にはならない。

 市来の本命は、右手の頭部への銃撃しかない。右脇腹への銃撃こそが、集中を分散させるための本当のブラフだ。

 そして、号砲は鳴っている。


 右脇腹に走る痛みへの反射で、頭部を銃口の射線から外す。

 それに合わせて、攻撃を繰り出す。

 だが――


(死んでくれるなよ、市来ッ!)


 かつてない楽しみを与えてくれた人間。

 ここで殺してしまうのはあまりにも勿体無い。

 新たな憎悪の芽を植えるか、どうするか。


 とにかく殺さぬよう、しかし意識は刈り取るように市来の胸部へ打撃を放った。


 衝撃で反射的に握られた手により轟いた銃声は、銃弾と共に明後日の方向へ飛んでいく。


 そして––

 どさりと、吹き飛んだ市来の身体が地面に落ちる。その意識は完全に喪失して見えた。


「くっくっくっ」


 まさに完璧。


「はっはっはっ」


 去来するのは満足感。


「はーっはっはっは!」


 取るに足らないと思っていた人間に、まさかこれほど満足させられようとは。


 止まらぬ笑いを遮ったのは、飛び出してきた小娘の足音だった。


「庸介!」


 そういえば、こんなのもいたか?

 市来の、ツレ……か?


 ふむ。


 この小娘を使えば、市来はさらに復讐心を燃やしてワタシに向かってくるかもしれんな。


 ふたたび得られるであろう興奮を想像すると、自然と自分の口角が上がってくるのを自覚する。


 市来に駆け寄り、その頰を撫で、安堵している小娘に近づく。

 ワタシの接近に気付き、顔を上げる小娘は、物陰で見ていただろうに、気丈にもワタシを恐れずこちらを見ている。


 だが、何か違和感が……


 その瞳に恐れの色がない。


 子供ゆえの無知か?

 いや、むしろワタシに全く興味を抱いてないような表情。


 物陰に隠れて見ていたのなら、市来を圧倒したワタシに恐れ戦いても良いようなもの。なのに、いったいこの生き物は何か?


 反対に興味を抱いたワタシが小娘を摘み上げると、しかし何故か、小娘はストンと地面に落ちた。


 ––?


 あたりに何かが舞っている。

 そして、左腕に激痛が走った。


「あっ、手、壊しちゃダメだった」


 ポツリと呟く小娘の視線の先。

 ワタシの左腕の先は、その言葉のとおり壊れ……いや、弾け飛び無くなっていた。

 あたりを待っていたのはワタシの肉片か血か!?

 絶叫?悲鳴?否、それよりも何よりも!


「小娘、貴様同類だな!」


 思わず飛びすさり距離を取る。


 間違いない!


 互角ッ、もしくはそれ以上かもしれない存在感。

 全身の肌が粟立つ。

 これほどの者がいったい今までどこに隠れていたのか。

 ずっと探していた強敵!

 何という一日だ。

 矮小な人間に続き––口角が上がり、武者震いが止まらない。


 小娘はじぃっとこちらを見ている。

 その目は、「左手、それくらい治せるでしょ?」と言わんばかり。


 応えるようにワタシは腕を再生する。


 そして、戦いの喜びに震える身体を……身体を……?

 本当に、歓喜なのか?

 震えの止まらない身体に、疑問を抱く。

 そんな、まさか––

 だが、目の前に立つ、年端もいかない小娘の姿に震えが止まらない。

 冷や汗

 鳥肌

 悪寒


 その時突然脳裏に浮かんだのは、かつて手にかけた古株の吸血鬼の言葉。


『貴様如きが、我が君に成り替わると?はははっ、それはまさに天に唾する所業。いずれ相対すれば、貴様もその血で理解するだろう。彼の方こそ我らが––』


 戯言だと思っていた。

 戯言だと思っていたその言葉が、まさに実感できる。

 身体を巡る血が告げていた。

 この威圧感

 この圧倒的な存在感

 目の前のこの存在こそ––


「––血族の支配者ブラッドルーラー……」


 目の前の小娘から、夜の闇さえも覆い尽くさんばかりの輝ける真紅の気配が迸った。

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