第27話 夜の王(2)

 男は飢えていた。

 生来、天才・・という括りで称えられるほど、あらゆる才能に恵まれていた。

 故に与えられる賞賛、喝采。

 だが、それは男を満たさなかった。

 やがて、男は長じて傭兵となる。

 彼の生まれた町では、彼の生まれでは、人生の選択肢は多くはなかった。

 銃を握り数多の硝煙の中を潜り抜ける。

 与えられる賞賛と喝采。

 男は満たされなかった。


 ある夜、男は山間で傭兵仲間とキャンプを張っていた。そこで運命と出会う。

 金色の瞳も、コウモリの眷属も持たない、人の姿をしたバケモノ。現実的ではない身体能力の超人。

 男はそれが何かを知ることもなく、苦楽を共にした故郷の仲間を失いながらも、バケモノを殺し尽くし、ひとり生き残った。

 その身体は傷だらけで、バケモノの返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。


 翌朝、昇る朝日に恐怖を覚える。

 全身を苛む痛みと軋みと、血液に対する渇望。


 ―― これではまるで、吸血鬼バケモノではないか。


 男は笑った。

 しかしそれは自嘲ではなく、全身を支配した全能感に。


 ひとり町に戻った男は、渦巻く非難の声を、新しく得た力をもって押さえ込んだ。


 やがて、男を称賛する一つの修辞がつく。

 夜にのみ戦場に現れる暴虐――


「夜の王」と。


 だが、傭兵たちの伝説となっても、男は満たされない。

 こんな小さな傭兵界隈せかいではなく、もっと大きな世界の賞賛を。


 町を離れ、都会に赴き、夜の闇にその名を轟かせた。


 人間を狩り、同類を知り、同類を殺して回った。


 周りには信奉者が輪を作り、賞賛の声が絶えず響いた。

 だが、男の満たされなかった。

 信奉者たちの瞳に宿る卑屈な怯えが、男の虚栄心を満たさなかった。


 男はようやく知る。


 賞賛や喝采では、満たされない事を。


 そして戦いを求めた。

 自らの原点、殺し合いを。


 しかし、超常の肉体の上に確かな殺人の技術を持つ彼を満たせる相手は、見渡す限りいなかった。


 特に、同類こそが期待外れだった。

 どんな屈強な人間でさえ、その身体能力で捩じ伏せてしまう。力任せの戦い方しか知らない。面白みのない戦いしかできなかった。


 次第に彼は人間の中に敵を求めるようになる。

 禍根の種を蒔き、憎悪の芽を植えていった。


 育った花は、どれも儚くも美しいもので、男の心を僅かばかり満たす。


 種を蒔き、育て、収穫する。


 そんな日々の中、男は一つの伝説を耳にする。


 全ての吸血鬼を統べる者――


 血族の支配者ブラッドルーラーの存在。



 たまたま対立した、古参の吸血鬼の放った今際の際の言葉。

 神の如く崇められたその存在。


 それは、小さな満足で心を満たしていた男にとって、大きな興味を抱かせるものだった。



 信奉者をより集めれば、組織を広げれば、街を覆い尽くせば、国を覆せばそこに至れるのか?


 男は動いた。


 今まで放置していた信奉者から情報吸い上げ、組織を動かし、街の夜の支配を強める。

 公的機関に睨まれれば、わざと捕まり、収監された監獄ごと破壊し、注目を集めようとも画策した。

 …… なぜか、その作戦は釈放されて不発に終わるが。


 そんな中、昔蒔いた種から芽吹いた花の情報があがってくる。

 人の身でありながら、下部組織を幾つも潰して回っている力強い花。


 名を、市来庸介――


 男は、淡い期待を込めて市来を招待した。



 なにか異物を連れた、憎悪の色さえ見せず、しかしそれでいて明確な殺意と技術を以って、立ち向かってきた。


 払って簡単に合おってしまわないように。

 少しでも楽しめるように。


 だが、男がその動きに慣れた頃、市来は目を閉じて大きなため息と共に動きを止めてしまった。


(楽しめはしたが、幕なのか……)


 祭りの後の寂寥感。

 覚えた懐かしい感覚はしかし、再び開いた市来の瞳の輝きの前に掻き消えた。


 覚悟の籠った、惚れ惚れとするほどの力強い瞳。

 何故か一度振り向いたのはともかく、そんな瞳のままに近付いてくる市来に、男は興奮がおさまらなかった。


 市来の目論見は分かっていた。


 一瞬にかける接近戦。


 しかし、拳の距離を踏み越えても市来は立ち止まらなかった。

 もはや、笑みを隠すこともしなかった。


 スリル、緊張感


(愉しい、愉しいぞ!)


 生殺与奪を全て男に握らせながらも、なおも距離を詰めてくる市来。

 その胆力は、もはや豪勇。


 そして市来は止まる。


 身体の密着ふる位置で。

 動いた右手は、男のこめかみに銃を突き付ける。


「さぁ、どっちが早いかな?」


 最高潮に達したスリルのなか、市来の言葉はまさに至上。

 もたらされたエンターテイメントに、男は心の中で称賛を送る。


(市来よ、実に愉しかったぞ!)

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