第6話 アジト

 翌朝、庸介は行動を開始する。

 袖を通す仕事着は動きを阻害しないストレッチ生地を主としながらも、急所などには熱・切断・摩耗に優れた耐性を持つアラミド繊維の織り込んである、装飾性の少ない凡庸なシャツ。

 ストラップとベルトで、脇、腰、腿に銃を収納できるホルスターを装備。

 現場に証拠を極力残さないよう、髪をまとめ、ニット帽を被る。

 銃を隠すようオータムコートを羽織り、革製の滑り止めのついた手袋をつけると——


「……暑い」

「さすがにコートはまだ早いって」


 横でケラケラ笑うミティは、庸介のコートとシャツも無理やり剥ぎ取ると、テキパキとコーディネイト。

 結局庸介は、インナーの上にショルダーホルスターで銃を下げ、その上にジャケットというスタイルに落ち着いた。

 手持ちの銃の少なさに不安を覚える庸介だが、こんな時期にコートなんて着ていると不審に思われるというミティの一言に納得せざるを得なかった。


「それじゃぁ庸介、行こう!」


 庸介は、笑顔のミティをじっと見つめる。


「えっと……い、行こう!」


 じっと見つめる。


「今日は昼だし……ダメ、かな?」

「ダメだ」


 庸介はミティに危険性を滾々と説明し、家を後にした。



 車を走らせ目的地へ。

 高末たちのアジトは、彼らが頻繁に目撃されていた繁華街から、約5分程度の距離にあった。

 シャッターガレージつきの2階建ての貸テナントビル。

 近くの路地裏に路上駐車し、徒歩でビルに近づいた庸介が目にしたのは——

 規制線、パトカー、多数の警官、そしてざわめくやじ馬たちの姿だった。


(——っなんだと!)


 思わず叫び出しそうになる声を無理やり飲み込んだ。

 庸介は、何かが零れ落ちたような感覚に襲われるが、努めて心を落ち着かせる。

 次いで、情報収集のため、近くの野次馬の中から噂好きそうな妙齢の女性に声を掛けた。


「あーら。お兄さん、とってもイケメンねぇ。こんな時間からナンパなんて、積・極・的」


 身振り手振りを交えた、この地域特有のを軽く受け流しながら情報を拾う。


「あそこの建物、お兄さんよりもちょーっと若い感じのイケメンたちが十人くらい住んでたみたいなの。みんなイケメンでね。よく若い女の子を連れ込んでたみたいだから、私もいつ連れ込まれるんじゃないかってドキドキしてたのよ」


 適当に相槌を打ちながら、情報内容に嘆息する庸介。


「それでね、昨日の夜、強盗が入ってみーんな殺されちゃったらしいのよ。私まだお呼ばれしてないのに、勿体ないわよねぇあんなアイドルみたいな子たちが」


(夜……か。この地域のヤクザは高末たちを敵視していたが、仮に排除に動くならば俺と同じように昼。夜に襲撃をかけるのはデメリットしかない。ならば内部分裂か、それとも……)


「アイドルといえば、この前、南門外のあたりで韓流アイドルのイム・ソンジョルがドラマ撮影していたらしくて——」


 その後、アイドルの話からさらに脱線が進み戻る様子もなくなったので、庸介は適当に話を切り上げると、その場を後にする。

 沸々と湧いてくる怒りの感情を自覚しながら、裏路地に留めてある自分の車へ。

 ひとつ息を吐き、落ち着けようとした心はしかし、ハンドルを叩くという形で心情を発露させていた。


(クソッ、なんでいつも辿ろうとする手掛かりが消えるんだッ!)


 そんな理不尽さを抱え、二度、三度ハンドルを叩いていると、不意に車の窓がノックされる。


 そこには、少し慌てた様子の帽子山の顔があった。




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