貴石騎士団

ぷぅ

第一章 旅立ち ~偶か奇か

「まいったな。完全に迷ったようだ」

 途方にくれた男が呟いた。迷うのも無理はない。ガイ・アルヴ王国とサダル・ムース王国との国境にあたるこの場所は迷いの森と呼ばれる樹海で、この森に入る者はガイドを雇うのが通例である。この男、名をマー・キセン。多数の迷い人の内の一人である。

「おや騎士様、またお会いしましたな。これで四度目ですかな?」

 中年の男がキセンに話しかけてきた。この男もガイド代をケチったのだろう。

「道は無さそうだな」

「もう一度、挑戦してみますよ」

 男はそう言うと来た道を戻っていった。

「…少し休むとするか」

 キセンは辺りを見回し、手頃な切り株を見つけ歩み寄った。すると切り株の側に少女が座っていた。少女はランプに火を灯そうとしている。

「誰!…熱っ!…騎士…様?」

「すまん。驚かすつもりはなかったんだ。手は大丈夫かい?火傷してないか?」

「…はい。ちょっとびっくりしちゃって。…あ、どうぞ」

 キセンは背中の剣を降ろし少女の横に座った。

「君も迷っているのか?」

「も?道に迷っているのですか?」

「…ふぅ。地図も磁石も役に立たん。朝早くに入ってもう夕方だ。さすがにくたびれたよ。…水を持っていないか?」

「木苺があります。よかったらどうぞ」

 少女は小さな布の袋を差し出した。

「すまん。…む…すっぱい!」

「普通は蜜をかけて食べるんですけどね」

「でも…うまいよ。もう一つ貰おう。…どうかしたか?」

「うふふ、いえ、本当にすっぱそうだから」

「ハハハ…そうだ、まだ君の名を聞いてなかった。よかったらお教え願いたいな」

「ミシェイルといいます」

 ミシェイルはにっこりと微笑んだ。

「私はマー・キセン。ところでミシェイル、君はこの森の出口を知っているのか?」

「ええ、いつもこの森で果物を集めていますから。…この子もいるし」

 そう言うとミシェイルは胸元を開いた。するとその中から狐のような兎のような白く可愛らしい動物が飛び出してきた。

「キュイッ」

「うわ!な…なんだ?」

「キュウイ、騎士様にご挨拶は?」

「キュー!キュキュ?キュ!」

「はは、なつくなよ。ははは、くすぐったいよ」

「キュウイ」

 ミシェイルが名を呼ぶと、キセンの頭からミシェイルの肩に飛び移った。

「キュウイというんです。この森のことを、よく知っているんですよ」

「ふぅん…よろしくな、キュウイ」

「キュキュゥー、キュイッ!」

「こら!なんてこと言うの!」

「キュー…」

 キセンは驚いてミシェイルの顔を見た。

「君は…キュウイの言葉が分かるのか?」

「ええ、何故か私には普通の言葉に聞こえるんです」

 ミシェイルは肩の上のキュウイを愛撫しながら言葉を続けた。

「魔法も少し使えるんです」

「魔法なら私も得意な方だ」

「本当?じゃあ、魔法騎士団の騎士様だったんですか?!」

 ミシェイルは驚いて顔を上げた。

「いや、そうじゃないんだが…」

「あ…ごめんなさい。勝手な勘違いして…」

 ミシェイルは顔を赤くして言った。

「幼い頃、大きくなったら絶対に魔法騎士団に入ってマジック・ナイトになるんだって…思ってたんです。ずっと憧れていたんです」

「ホゥ…」

 どこからか、梟の鳴き声が聞こえてきた。

「ホゥ?…あ!」

 ミシェイルはいきなり大声を上げて立ち上がった。

「まっ…くら」

「…だな」

「早く帰らないと!騎士様、こっちです」

「ちょい待った。…その騎士様って呼ぶのはやめてくれないか。別に偉いわけじゃないんだから」

「そう…ですか?」

 そういってミシェイルはふっと微笑んだ。

「じゃあ、キセン様ですね」


「遅い…ミシェイルは何をしているんだ」

 ここはガイ・オルの村の、とある一軒家。ミシェイルの家である。

「すぐ帰ってきますよ。そう、カリカリしないでも」

 と、言うが早いか、

「ただいま!」

 と、ミシェイルが飛び込んで来た。

「ミシェイル!こんな時間まで何をしていたんだ」

 ミシェイルはバツが悪そうにちょっと舌を出して、

「ゴメンナサイ」

 と言った。

「あら、お客様なの?」

「森で迷ってたから案内してきたの」

 キセンは口に人差し指を当て、

「それは言わないでくれよ。…っと、申し遅れました。私はウレイユ王国騎士団団長、マー・キセンと申します」

「な…マーだと?!」

 ミシェイルの父親が突然立ち上がった。

「お父さん、どうしたの?」

「…マーの名をご存知らしいですな」

「私は…サイ・マズロだ」

「!…なるほど」

「お疲れだろう。おい、湯の用意をしろ。それに酒だ。今夜は騎士様と一杯やりたい」

「先に食事にしましょう。マー様、こちらへどうぞ」

 キセンは遠慮をしながらも空腹を訴えた。

「申し訳ない。実は昼も抜いてまして…」

「すぐにご用意しますわ。どうぞ遠慮なさらずに」

「キセン様、今夜は寝かせてもらえないかもしれませんよ」

「はっはっはっ…冗談に聞こえないな…」


「…まあ座れ」

「失礼する」

「とりあえず酒でも飲もう」

 そう言うとマズロは、キセンと自分のグラスに果実酒を注いだ。

「そうか、ルビー・ナイト。七代目か。八代目かな?」

「ええ、八代目になります。あなたはダイアモンド・ナイトの…」

「私は六代目、七代目はミシェイルだ」

「彼女はその事を?」

「いや、…明日ミシェイルは十八歳になる。その時にでも、と思っているんだが…」

 マズロは酒をぐっとあけ、息をついた。

「…そこでな。君に頼みがあるんだが、…聞いてもらえないだろうか」

「…事にもよりますが」

 マズロは数回、深呼吸をした。そして宙を見つめ自らに問いかけるように言葉を発した。

「今日、君がここに来たのは偶然か否か。運命とは既に決まっているものなのだろうか…」

「何の話ですか?私がここに来ることを知っていたのか、私が名乗ったときの驚きは、私がルビー・ナイトだからではなく、ルビー・ナイトが来たことに驚いていたのか。そういうことですか?」

 マズロはキセンの問いには答えず、自らの言葉を続けた。

「ミシェイルを預かってくれないか。ミシェイルだけじゃない、各国のジュエル・ナイトを集め、ジュエル・ナイツを再結成してほしい」

「私が?…しかし彼女はまだジュエル・ナイトにはなっていないんでしょう?あなたが来ると言うのなら話はわかるが…」

「私はもう年だ。戦い方は熟知していても魔力も腕っ節も、君らの若い世代の力が必要なんだ。それにミシェイルも前々から村の外に出たいと言っておったからな。いい機会だ」

「…だが私はもうジュエル・ナイトではありません」

「なんだって?」

「いえ、一度はなりました。しかし…訳は聞かないで頂きたい。キューブも王に預けてある」

「何という男だ…」

 マズロは首を振った。

「そちらの目的は?話して頂きたい」

 キセンはグラスを空けた。

「…今は言えん。自分でも信じられないことなんだ。だが時が来れば必ず話す」

「…わかりました。その話、お受けします」


 そして、丸一日が過ぎた。

「…分かった。でも驚いたなぁ。じゃあ、この魔力はジュエル・ナイトとしての力なの?」

 ミシェイルは少し残念そうに呟いた。

「そうじゃない。父さんは魔法の使えない頃があったのだから」

「私もそうだ。君はジュエル・ナイトよりも、マジック・ナイトの方が向いてるかもな」

「そんなぁ…本当の事ぉ…」

「…こういう娘だ」

 マズロは首を振った。

「出発は三日後。その時にプレゼントをやろう。気に入ってくれるといいが」

「真っ白なドレスなんかがいいなぁ」

「悪いがそういった物ではないよ」

「えーっ」

「さあ、乾杯しよう」

 マズロはキセンと自分のグラスに果実酒を注ぎ、

「お前はこっちだ」

 そう言って、ミシェイルのグラスにジュースを注いだ。

「マズロ殿、それは…?」

「木苺のジュースさ。まだ子供だからな」

 ミシェイルは何やらムッとしている。

「そんな顔をするな。おい母さん、片付けは後にしなさい」

「はいはい、始めましょうか」

「さて、ミシェイル。十八歳の誕生日、おめでとう」

 さっきまでふてくされていたミシェイルは途端に笑顔になった。

「ありがとう!」

「では、ミシェイルの十八歳の誕生日に」

「誕生日に」

「…乾杯!」

「かんぱーい!」

「おめでとう、ミシェイル。今日から君もジュエル・ナイツの一員だ。よろしくな」

「はい!頑張ります!」

「いい返事だ」


 そして三日目の夜が明けた。村の入り口にキセンとミシェイルは居た。

「いいかい、キセン殿の言う事をよく聞いて、立派なジュエル・ナイトになるんだよ」

「うん、分かってる」

「ミシェイル」

「…お母さん」

「はい、これプレゼントよ」

「開けていい?」

 ミシェイルの母はにっこりと頷いた。ミシェイルは受け取った箱をそっと開けた。中には拳ほどの大きさの菱形の石が入っていた。

「…ワァ…綺麗な石…。ね、これ何?」

「それは貴石ジュエル・キューブの一つ、ダイアモンド・キューブだ。これからお前の力はこのキューブが導いてくれる。村に伝わる詩をキューブに向かって言ってごらん」

「はい。…大地を愛し、木々を愛し、全ての生命は母の元へ…」

 ミシェイルが全ての詩を言い終わるとキューブから淡い光が発し、ミシェイルを包み、そして消えた。

「…決して粗末に扱ってはいかんぞ」

「分かってる」

 ミシェイルはキューブを首に掛け、力強く頷いた。

「マー様。ミシェイルを頼みますね」

「ええ、超一流のジュエル・ナイトにしてみせますよ」

「キセン殿、馬を用意した。使ってくれんか」

「…ありがとう。助かります。それじゃミシェイル、行こうか」

「はい!」

 こうして二人の旅は始まった。キセン、そしてミシェイル。選ばれし者達の歯車が少しずつ噛み合わさっていこうとしていた。

「…少しオーバーじゃないか?」

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