Spring!

朝日奈

Spring!

「あ、つくしだ。」

 そう言って、ちひろはいきなり道端の隅にしゃがみこんだ。



Spring!



 ちひろの横を歩いていた元瀬はちひろがいきなり止まったので、反応できず、一瞬遅れて振り向いた。

「何やってんだ? 早く学校行こうぜ。今日は入学式なんだから」

 元瀬はため息をつきながらそう言った。

「でも元瀬、つくしだぞ、つくし。珍しいと思わない?」

「何言ってんだ。今は春なんだから、つくしくらい見るだろ」

 元瀬は半ばあきれながら言った。

 だがしかし、確かに、そこらじゅうがコンクリートジャングルに埋め尽くされた現代、つくしなんて見るのはマレだ。

 元瀬はちひろの方へ近づいていった。

 ちひろの足元をのぞいてみると、確かにつくしが数本生えていた。

「ホントだ。いっぱいあるなー」

「だろー? ほらここ見てみろよ」

 ちひろは一箇所を指差した。

 元瀬がそこに目を向けると、そこには、二本のつくしが一所に固まって生えていた。

 一本はもう一本より頭一つ分高かった。

「なーんか、俺らみたいじゃねー?」

「そーかー?」

「そーだよー」

 元瀬はじっくりとその二本のつくしを眺めた。……確かに、雰囲気が似ているような気がしてきた。

「確かに似てるかもなー。背の高いほうのヤツはなんかかっこいいし。小さいほうは体格までちひろに似てるんじゃないか?」

 からかうように元瀬が言った小さいつくしは他のものより少し太かった。

「なっ! 俺はこんなに太ってねーよ!」

 ちひろはムキになって立ち上がった。

 元瀬はあはは、と笑いながら、また歩き出した。

 ちひろはムッっとしながら元瀬の横まで小走りをした。

 ちひろが追いつくと元瀬の隣で大きく伸びをした。

「あー、なんかつくし見たら眠くなってきたなー」

「俺はお前の考えの安直さに眠気がするがな」

「んぁ? それどーゆー意味?」

「お前の頭ん中じゃ、つくし→春→ねむい、だろ」

 元瀬がそういうと、ちひろは驚いた顔をして元瀬を見た。

「すっげー、元瀬! 俺の頭ん中読むなんて! エスパー?」

「いえ、普通の高校二年生です」

 二人がじゃれている(?)と、学校の校門が見えてきた。校門の横の塀からは満開の桜がこれでもかと言わんばかりに枝を突き出していて、登校中の生徒達の下に花びらの雨を降らせていた。

「お、今度は桜があるぞ。お前の眠気も倍増だな」

 元瀬はからかうように言った。

「あのね、いくら俺の考えが安直でも、春に関連するものが眠気に連結するわけじゃないですから」

「そうなのか? じゃあ桜を見たらなんて思うんだ?」

「うーん……そうだなぁ……」

 ちひろは少し考えたあと、立ち止まり、口元に両手を持ってきて、叫んだ。


「はーるだーーーーーーー!!!」


「……なんだそれ? っていうか、うるさい」

「だから、春なんだってば! 桜は春の代名詞! 桜イコール春! 春なの! オッケー?」

「はぁ、おっけー」

 こいつは何回春を連呼すれば気が済むのだろう。大体さっき俺が言ったのに。っていうか、なんでいきなりこんなにテンション高くなってるんだ。

 元瀬は何の返事かわからない返事をしながら、頭の中でいろいろとつっ込んだ。

「で、そのまま春→眠い、になるのか?」

「だぁから! なんでも眠気になるわけじゃないっていってるだろ! 桜の場合は春で終わるの! ストップするの!」

「はいはい」

 元瀬は生返事をしながらも、どこか楽しそうに先を歩いた。ちひろもそれに続く。


 元瀬はふと、ちひろのほうに向き直った。

「そうだ、今年の入学式は寝るんじゃないぞ。去年俺の隣でいびきかかれて、すげえ恥ずかしかったんだからな」

「んなこと言ったって、入学式なんて寝るためにあるもんだろ。起きてるなんて不可能だよ」

「じゃあせめて、いびきを止めてくれ」

「それはもっと出来ない相談だな」

 にっと笑って、ちひろは逃げるように小走りで校門に向かった。

 元瀬は、理不尽な、しかしそれすらも楽しむような顔をしてちひろに追った。


 さあ、新しい生活のはじまりはじまり。

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Spring! 朝日奈 @asahina86

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