第三章:残滓
まえがき
姉の話をしよう。
姉は父と愛人との間にできた子どもとして、父と一緒に家へ帰ってきた。
地元では名家として知られた家であり、それ故に代々続くしきたりを窮屈に感じた父と、世間体と家を守るべく、自他共に厳しかった母との衝突は目に見えていた。愛人との間にできた子どもと帰ってきたとなれば、なおのこと。
父が姉を置いて家からいなくなった後、母は、父に向けるはずだった憎悪をすべて姉に向けた。
家のしきたりも、作法も、読み書きも。母は姉になにも教えなかった。食事は与えるものの同じ食卓を囲むことは許さず、寝床は与えるものの離れに追いやり、姉を『いないもの』として扱った。
今なら、『父を奪った愛人のように、自分が溺愛していた長男を、愛人の分身である女に取られるのでは』という危惧もあったのだろうと思うが、当時は、どうして母が頑なに姉を拒否していたのか分からなかった。
姉は、食事の所作や読み書き、家のしきたりを、母に見つからないよう気を配りながら、見様見真似で習得しようと努力していたのに。腹違いだとしても、家族になろうと懸命だったのに。
姉にも聞いた。どうして母に自分の努力を伝えなかったのだと。
姉は小さい頭を傾け、自嘲気味に笑った。
「だってお母様は、生まれてこなければよかった子に、そんなこと言われたくないはずだもの」
生まれてこなければよかった。姉は母の言葉として口にしたようだが、俺にはハッキリと、姉自身の言葉だと思った。
姉は俺と年子で、体は同い年の女の子より小さいはずなのに、兄より大人びていて。それがとても悲しかった。
でも、遠い親戚の養子として家を離れ、再び姉に会うまでは、この悲しみを伝える言葉を知らなかった。
知ったと同時に、言葉にするのが遅いことにも気が付いた。
小さい頃の俺は、こう言いたかったのだ。
生まれてこなければよかったなんて、姉さん。そんなこと言わないでくれ。
だって俺、姉さんのこと……。
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