四、夢の中へ(了)
クサカベ・トモが『当時学生だった女の子』からの激励の言葉を言った時点で、ユリカの視界は涙でぼやけていた。それでも走ることをやめず、一直線にアーケード商店街に入った。
鞄はタクシーの中に置いてきてしまった。夢原が持って来てくれるだろうと頭の片隅で思いながら、本当は身一つで故郷に戻れば良かったのだと悟った。
もう少し早く会いに行くべきだった。こんな近くにいたのに、どうしてもっと早く会いにいかなかったのだろう。『後悔』の文字が、ユリカの体を脳天から突き刺した。
「あああああああああああっ!」
負けない。この程度の後悔で負けるものか。ここで負けたら、一生自分を許さない。ユリカは腹の底から声を出し、ラジオ局までの道のりを全力疾走した。
一瞬、クサカベ・トモと出会い、二人でたわいのない会話をした場所が視界を掠めた気がした。
夢原がタクシーでラジオ局に着いた時、ユリカの姿はどこにもなかった。
タクシーは短時間であるが渋滞に巻き込まれたため、ユリカの所在は不明だった。走っている途中で転んでしまったのか。それとも、と夢原はユリカの荷物を持ってタクシーを降りると、ラジオ局に入った。
ユリカは、ヒールの高いブーツを脱いで、ラジオ局内の長ベンチに横たわっていた。
「ハヤマさん!」
駆け寄った夢原に気付いたユリカは、気怠そうに頭を持ち上げた。顔は涙で濡れており、化粧が落ちていた。
「大丈夫ですか、ハヤマさ――」
「夢原ちゃああああああんっ!」
ユリカは思い切り両腕を広げ、夢原に抱きついた。体格差のせいで、夢原がユリカの腕の中にすっぽり収まってしまったが、ユリカは構うことなく泣き出した。
「あのっ、ハヤマさん?」
「クサカベ・トモに会えなかったああああああ!」
「それは……残念でしたね」
「でもまだ活動してるって言ってた! また会える! あたし、またクサカベ・トモに会えるんだよ! うわあああああああああっ!」
「そうですか。よかったですね」
夢原も、泣きながら叫ぶユリカの頭に手を伸ばし、「よしよし」と優しく撫でた。
「ハヤマさん。あなたは何を思って涙しましたか……って、聞くまでもありませんね?」
ふふ、と笑う夢原に、ユリカが不服そうな顔で、垂れた鼻水を服の袖で拭った。
「夢原ちゃんはもう『ハヤマさん』って呼ぶの禁止! これからは『ユリカ』って呼んで!」
「分かりました。ユリカさん」
「だーかーらー、『ユリカ』って呼んでよ~!」
涙と鼻水を流しながらも、ユリカは笑った。クサカベ・トモには会えなかったが、それでもユリカの胸は青空のように澄み渡っていた。
真っ直ぐに思いをぶつけ、無鉄砲に突っ走る自分を思い出すことができた。
ユリカは夢原への感謝と共に、過去の自分を取り戻してくれた自分に感謝した。
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