時計草

朝日奈

一.「花」

 目を開けると、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。ここはどこだろう、と疑問に思ったのと同時に、東子は自分の現状を把握した。自分は今、従兄の運転する車の中にいるのだ。助手席の窓越しに運転する従兄の姿が目に入った。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。座りなおそうとして身動きをとると従兄がそれに気づき、

「おはよう、よく眠れた?」

 と、従兄は穏やかな笑顔で視線だけこちらに向けた。

 東子は目を擦りながら頷いた。本当はまだ半分ほど残っていた眠気のために首を傾けただけだったのだが、どうやら従兄はそれを返答として受け取ったようだった。

「どれくらい寝てた?」

 東子は残りの睡魔も追い払うために、あくびをかみ殺しながら従兄に話しかけた。

「そんなに長いこと寝てはいなかったと思うよ。一時間もないんじゃないかな」

 東子はふうん、と頷くと、また窓の外に視線を戻した。外は相変わらず薄暗い森が続いていた。どうやら、まだ森を抜けてはいないらしい。

 東子が従兄と二人でこんな森の中にいる理由は、夏休みに入ってすぐの従兄からの誘いにあった。

 今年の夏は、従兄である清志朗にとっては大学最後の夏休みとなる年だった。清志朗は大学で植物学を専攻していた。卒業論文も書き終わり、大学卒業後は大学院に入る予定の彼にとって、夏休みは割りと暇なものだった。そこで、中学生にもなって部活にも入らず、自分と同じく暇を持て余しているであろう従妹の私に、植物園に行かないか、と誘ってきたのだった。なんでも、その植物園はつい最近できたところで、この辺りでは一番大きなものになるらしい。

 正直なところ、東子は植物園に興味はなかったが、従兄の誘いということで、二つ返事で承諾したのだ。

 東子は外を見る振りをして、隣で運転している従兄を盗み見た。今は横顔しか見えないが、それだけでも彼の容姿の秀麗さがはっきりと窺えた。綺麗に形の整った眉、鼻筋の通った輪郭、それだけで穏健さを感じさせられる薄い唇。穏やかに前を見つめる瞳は細い銀縁の眼鏡から滲み出る厳格さを中和させていた。男性にしては少し長めの栗色の髪がそんな彼には良く似合っている。地毛なのだろう、東子は昔からその色しか見たことがなかった。今は座っているためよく分からないが、身長も百八十近くはある。まさに美形と呼ぶにふさわしい容姿だった。清志朗は東子にとっての自慢の従兄だった。

「どうかした?」

 ふいに話しかけられて、東子はどきりとした。いつの間にかまじまじと見つめていたらしい。東子は恥ずかしくなり、首を振って俯いた。清志朗は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにまた視線を戻した。

 東子は心の中でため息をついた。そして、俯いたまま自分の胸元を見た。二つに分けて結ばれた黒髪が貧相な胸の上に垂れ下がっていた。東子はいつも鏡で自分を見ると、とても清志朗と血がつながっているとは考えられなかった。従兄妹なのだからそんなに似ていなくても不思議ではないのだが、それにしても差がありすぎる。眉目秀麗な従兄と違って、東子の容姿は至極平凡なものだった。眉はちゃんと手入れしなければすぐに荒地になってしまうし、顔は丸顔で鼻だってそんなに高くない。髪の毛も綺麗な栗色ではなく真っ黒で、おまけに所々傷んでいる。東子はコンプレックスだらけの自分を嘆いた。

 こんなんじゃあ、清志朗お兄さんとは釣り合わない。

東子はもう一度深いため息をついた。

 東子は清志朗のことが好きだった。それも、従兄としてではなく、異性として。しかし、そのことを誰かに打ち明けたことはなかった。口にしてしまえば、その気持ちが粉々に砕けてなくなってしまいそうで怖かったのだ。それに、たとえ言ったところで、清志朗が自分の気持ちに答えてくれることがないということは分かりきっていた。だから、東子は今までそのことを自分の中にだけ留めてきた。そして、これからもそうしていくつもりだった。

 東子は塞ぎこんでいるのに気づいたのか、清志朗が声をかけた。

「疲れた?」

「え?」また急に話かけられ、どきりとした。

「いや、ため息ついてたから。なんだったら、まだ寝ていてもいいよ。家に着いたら起こしてあげるから」

「ううん、大丈夫。もう眠くないし」

 東子は本当にもう眠くなかったが、疲れていたのは事実だった。

 当初、清志朗に言われていた通り、その植物園は本当に大きかった。朝早くに出かけたつもりだったのに、一通り見終わる頃にはもう夕方になっていた。おかげで足が痛くなってしまい、車に乗るなり寝てしまったので、せっかくのドライブが台無しになってしまった。

「そう、ならいいんだけど」

 清志朗はそう言うと、また運転に集中しだした。東子はしばらく外を眺めていたが、ちっとも変わらない景色にすっかり飽きてしまい、視線を窓から離した。ふと、ドリンクホルダーに入った携帯電話が目に入った。この携帯電話は清志朗のもので、東子は自分のを持っていなかった。

「見てもいい?」

 東子は暇つぶしに、と思い清志朗に尋ねてみた。清志朗は少し渋ったが、データフォルダくらいなら、と了承してくれた。しかし、特にこれといったものは入ってはおらず、森の中で電波も繋がっていないので、これ以上見ても大したことなどできないだろうし、何より清志朗のプライバシーに関わると思い、大人しく元の場所に戻した。東子はまた、窓に視線を戻した。その時、窓の外を見て東子はふと思った。

「まだ森抜けないね。この森こんなに長かったっけ?」

 来るときにも確かに長い森を抜けた記憶があったので、最初は何も思わなかったが、こんなに長かったものか、と疑問に思ったのだ。

 清志朗にそれを打ち明けると、一瞬、ぎくりとしたように思ったが、顔にはいつものように穏やかな笑みが浮かんでいた。しかし、うーん、と肯定しているような、ただ考えているような、曖昧な返事が返ってきたので、東子は嫌な予感がしてきた。

「清志朗、お兄さん?」

 顔を覗きこんでみると、明らかに微笑みが苦笑いに変わっていた。漫画なら冷や汗でも描かれていそうだが、車内はクーラーが効いていて涼しかったため、汗は光っていなかった。

「もしかして、迷った?」

「……ごめん、東子ちゃん」

 東子の質問に、清志朗は少し間をあけてから、まるで犯罪を自供する容疑者のように謝罪した。

「うそ!じゃあ戻らないと!ずっと進んでたら、余計に迷っちゃうよ!」

「うん、そう思って今Uターンできるところを探してるんだけど、なかなかなくて。本当は心配かけないよう東子ちゃんが寝てる間に戻ろうと思ったんだけど。……本当にごめんね」

 東子が起きたときも平然と、何でもないように繕っていたのは、少しでも心配させないように、という彼なりの配慮だったらしい。

 東子は窓から外を覗いてみた。狭い道の脇に生える雑草はときどき車体に擦れている。これじゃあUターンは難しい。バックで戻る、という方法もあるが、東子が起きる前に戻ろうと思っていた、と言っていたので、もう結構前から迷っているということになる。そんな長い距離をこの狭い森の中、バックで戻るのはいささか危険である。清志朗の判断は正しかったのだろう。かといって、このやっと舗装された程度の道がいつなくなるかは分からない。早めに戻らなければ、最悪、車の中で野宿だってありえるのだ。東子は、清志朗と二人でなら野宿も悪くないかも、という考えを頭から振り払い、どこかに広い場所はないかと目を凝らした。東子は視力が両目ともニ.〇はあるので、こういう仕事は得意だった。

 空はまだうっすらと明るさが残っていたが、森の中というせいもあり、ライトをつけないと走れないくらい暗かった。そんな中でも、東子はなんとかその先を見ようと頑張った。

 その時、前方に何か、直線的な影を見つけた。ずっと遠くにあるらしく、その影は木々に隠れて時々小さく見えるだけだったが、どう見ても自然物の影には見えなかった。

「ずっと先の方に建物みたいな影が見えたんだけど」

 東子はまだ視線を前に向けたまま隣で運転する従兄に報告した。

「建物?こんなところに?誰かの別荘でもあるのかな。そういえばこの道も私道っぽいし。もしここが私有地だったらまずいな。勝手に入って、怒られるかも」

「事情を説明すればきっと許してくれるよ。それより、このまま突き当たりまで行けばUターンできるようになるんじゃない?」

 清志朗は少し戸惑った。しかし、東子の言う通り、建物があるということは、開けた場所がある、ということになる。別に中に入るわけでもなく、ただ車の向きを変えてそのまま出て行くだけなので、大して問題はないだろうし、万が一そこの住人が出てきたとしても、ちゃんと事情を説明すれば、納得してくれるだろう、と東子の意見に賛成することにした。何より、この従妹をちゃんと家まで送ってやることを清志朗は最優先にしたかったのだ。もし、この子に何かあったら叔父と叔母になんと詫びればいいのか分からない。清志朗は少しでも早く戻れるよう、急いで、しかし慎重に車を進めた。

 東子の言っていたことは本当だった。先程までは分からなかったが、確かに道の奥に建物が建っている。しかも結構大きい。それは、もう清志朗にすらはっきり見えるほどの距離に来ていた。

「ね、言ったでしょう」

 東子は自慢げに言ったが、清志朗には疑問が一つあった。その建物には明かりが一切ついていないのだ。東子はもうみんな寝ているのではないか、と答えたが、時計を見るとまだ七時前だった。いくらなんでも寝る時間帯としては早すぎる。それに、たとえそうだったとしても、こんな大きな建物なのに、外灯の一つもついていないというのは明らかにおかしい。実際、寝ていると意見した東子本人もあまり自分の意見を信用してはいないようだった。

「もしかして、誰も住んでいないんじゃないかな?こんな山奥だし。今使っていないだけだとしても、ここを管理している人はいるはずだろうから」

 建物全体が見えるところまで来たとき、清志朗が呟いた。こんな近くに来ても建物は影しか見えなかった。おまけに人のいる気配が全くしない。

「そうかも。でも、だったら余計都合がいいんじゃない。場所だけ少し借りて、早く戻ろう。なんだかここ、気味が悪い。お化け屋敷みたいで」

 東子は身震いした。目の前の建物を見ていたら本当に寒気がしてきたのだ。

「東子ちゃんは昔から怖がりだからね」

 清志朗は今は誰もいない、ということに安堵したのか、いつものように柔らかい笑みをこぼした。しかし、東子にとっては笑い事ではなかった。

 東子は昔からお化け屋敷などの類が苦手だった。ホラー映画も一人では全部見ることができないくらいだった。そんな東子をよそ目に清志朗はどんどん建物に向かって車を進めていった。

 少し行くと、目の前の道が開けた。目の前には鉄の門とその奥に大きな屋敷が建っていた。近くで見るとその建物はかなり大きかった。おそらく元は富豪の別荘か何かだったのだろう。門の両側から伸びた壁に沿って車を動かせるスペースがあったので、清志朗はそこを利用して器用に車の向きを変えて、そのスペースに車を入り込ませた。

 東子はやっとこの場を離れられるのでほっとした。先程から何か嫌な感じがこの屋敷からは感じられたのだ。だから、早くここを去ってしまいたかった。しかし、いくら待っても車は一向に動こうとしなかった。東子はどうしたのだろうか、と清志朗のほうを向いた。当の本人は、東子から顔を逸らすように横の窓から屋敷のほうを向いていた。東子は不審に思って清志朗を覗き込んでみた。

 清志朗は目を見開いて門のほうをじっと見ていた。正確に言うと、門ではなくその奥のほうを見ていた。その目はなぜか輝いているように見えた。

 東子は別の嫌な予感がした。東子は今日、何度となく彼のそんな目を見てきたので、すぐに察知したのだった。しかし、一応は聞いてみることにした。

「清志朗お兄さん、どうしたの?行かないの?」

「え、ああ、うん。そうだね」

 清志朗は、一応返事はしたものの、目は門の向こうに釘付けだった。

「ねえ、何、見てるの?」

 東子のその言葉に、清志朗はまるで水を得た魚のように、嬉しそうにこちらを向いた。

「東子ちゃん、あの門の奥に大きな庭があるのが見えるだろう。そこに生えている花が見えるかい?少ししかライトに照らされていないから見えにくいかもしれないけど、白い花びらだから見えると思うよ。あれ、なんだか分かるかい?」

 清志朗は、ほら、と言って東子のために場を開けた。東子は言われた通りに窓に近寄りながら、やっぱり、と心の中で呟いた。

 今日、植物園に行ったとき、東子は何度も今のような清志朗の姿を目にした。清志朗の植物好きは前々から知っていたが、直接そんな姿を見るのは今日が初めてだった。彼は植物を前にすると、普段の大人っぽい物腰からは考えつかないくらい子供のような目をしてはしゃぎだすのだ。それは昔からのことで、親が自分に植物の名前をつけてくれなかったことを本気で嘆いたこともあるくらいだった。

「うーん、なんとなく見えるけど、はっきりは見えないから何の植物かまでは分からないよ」

 確かに、白い花びらと緑の葉はなんとなく見えるが、それがなんという名前かはっきり言えるほど東子の植物に関する知識は深くなかった。おまけにたくさん生えているため、ごちゃごちゃとしていて、それがさらに一つの花をはっきりと見分けることを困難にしていた。

 清志朗の視力は東子よりも悪いのに、どうしてああいうものははっきり見えるのか、東子には不思議でならなった。

「あの形はたぶん、『時計草』じゃあないかな。遠くにあるからはっきりとは言えないけど」

「トケイソウ?変わった名前ね。時間でも教えてくれるの?」

「あはは、違うよ。でもけっこう惜しいかな。そういえば、今日行った植物園には時計草はなかったな。ちょっと見てこようか。一目見れば、この名前の意味をすぐに納得すると思うよ」

 清志朗はそう言いながら、シートベルトをはずした。すっかり行く気満々だ。しかし、東子はあまり気が乗らなかった。大して興味がない、というのもあったが、何より、これ以上あの屋敷に近づくのが嫌だったのだ。

「私は別に見なくてもいいよ。それよりもう帰ろうよ。もう真っ暗だよ。あんまり帰るのが遅いとお母さん達が心配するかもしれないし」

「ほんの少し門の外から覗くだけだから。東子ちゃんも見てみたいだろう」

 清志朗は親指と人差し指で『ほんの少し』のポーズをとりながらお願い、と頼んできた。東子はそのトケイソウとやらを見たいとはあまり思わなかったが、こうなった清志朗を止めることは不可能だと察知し、渋々ついていくことにした。


 ドアを開けて外に出ると、涼しい風が頬を撫でた。少しムッとしたが、昼間に比べるとだいぶ涼しくなっていた。というより、東子にとっては肌寒くすら感じられた。周りを見回してみると、思ったより森が深いことに気づいた。車の中ではそんな風に感じなかったのに。

 その時、近くの草むらががさがさと動くのが見えた。まさか、獣がいるのだろうか、と全神経を集中させて、まるで威嚇するかのようにその方向を見つめた。虫がうるさいくらい鳴いていたが、獣の呻き声は聞こえなかった。それでも、東子はもう帰りたくて仕方がなくなった。

 そんな従妹のことなど露知らず、清志朗はさっさと門に向かって歩いていた。

清志朗は手招きしたが、東子は少し戸惑ったが、一人でずっとその場に突っ立っているのも怖いので、足早に清志朗に近づき、その腕にしがみついた。清志朗は、怖がりだなあ、と笑いながら門の隙間からはみ出しているその花を東子に見せた。

 東子は、先程清志朗の言ったとおり、時計草の名前の意味を理解した。ライトがあまり当たっていないので見にくかったが、その花はまるで時計そのものだった。真っ白な花びらとその上の薄紫の花びらが文字盤で、中央から伸びている三本の赤黒いもの(雄しべだと教えてくれた)はまるで時計の長針、短針、秒針をそれぞれ表しているようだった。

「この『時計草』っていうのは和名、日本で作られた名前でね。英語では『パッションフラワー』っていうんだ。パッションフルーツっていうのは聞いたことあるんじゃないかな。あれは時計草の仲間の『クダモノトケイソウ』っていう植物の実なんだよ」

 清志朗は東子にも分かりやすいように説明してくれた。植物にあまり興味のない東子でも、清志朗が東子のために分かりやすく説明してくれるのを聞くのは好きだった。しかし、それでも東子はこの時計草があまり好きになれなかった。このような不気味な場所に生えているからかもしれない。ここにある時計草は何か変な感じがしたのだ。

 東子は、もう戻ろう、と声をかけようとして見上げると、眉をひそめて首を傾げている従兄の姿が目に入った。

「どうしたの?」

「いや、俺も時計草を生で見るのは初めてなんだけど、この時計草、写真で見たのとちょっと違うような気がして。でも、どこが違うのかなあ、と思ってね」

 東子が気になって声をかけると、清志朗は形の綺麗な顎に手をあてながら答えた。そのまま、また記憶を呼び起こすことに没頭し始めた。

 東子は、まだ清志朗が動こうとしないと分かって途方にくれた。東子はだんだん肌寒さが増していくような気がして、ここにいればいるほど二度とこの森から抜け出せなくなるのでは、という不安にかられた。

 ふいに、東子は屋敷のほうへ目をやった。その時、目に映ったその光景に、東子はびくりと身体を震わせた。門の中から屋敷まで、中央にある歩道を挟んで一面に時計草の畑がびっしりと広がっていたのだ。門から屋敷までは百メートル近くはあるので、その量は計り知れない。それは夜目でも分かるくらいで、いくら光が当たっていなかったからと言って、どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだった。

 掴まれている腕越しに、東子の震えを感じたのか、今まで考え込んでいた清志朗が東子のほうを見やった。その視線が門の向こう側に向いていたので、清志朗もそちらに目をやり、そして、東子と同じように目を見張った。

「すごいな。自然に繁殖したといっても、これはすごい量だ」

 清志朗も驚きはしたが、東子とは違って、怯えるというより半ば感動しているようだった。

「ねえ、もう帰ろう。もう充分見たから」

 東子は清志朗がこれ以上関心を持たないよう、急いでここを立ち去ろうと清志朗の腕を引っ張った。しかし、東子の行動は少し遅かった。清志朗はすっかりこの自然繁殖に興味を持ってしまった。

「もう少しだけ、奥のほうに行ってみない?」

 東子には、清志朗がまるで今から罪を犯しに行こうとでも言ったかのように感じられた。

「だ、だめだよ!今は誰も住んでいないからって、人のものじゃないとは限らないじゃない!もし持ち主に見つかったら、怒られるじゃ済まないかもしれないよ!」

「大丈夫だよ。家の中に入るわけじゃないんだから。なんだったら東子ちゃんは車の中で待っていてくれても構わないよ。ちょっと見たらすぐ戻ってくるから」

 清志朗は、ね、そうしよう、と言ってそっと自分の腕から東子を引き離した。そして、確か懐中電灯があったはずだ、と呟きながらトランクの方に向かった。

 東子は清志朗が懐中電灯を探している間、その場に立ち竦んでいたが、清志朗が戻ってくると、覚悟を決めた。

「わ、私も行く!」

 東子は肩からかけたポシェットの紐を掴んで、半ば吠えるように言った。そんな東子をみて、清志朗はなだめるように言った。

「怖いんなら無理しなくてもいいんだよ。エンジンはつけたままにしておくし、そんなに時間をかけるつもりもないしね」

「でも、こんなところで一人になるのはもっと嫌なの!」

 そう言って、東子はまた清志朗の腕にしがみついた。清志朗は力をこめて自分の腕にしがみつく従妹の頭をやさしく撫で、すぐに終わらせるから、と言って門のほうへ向かった。

 東子は子ども扱いされたことが少し気に食わなかったが、今は大きな暖かい手に安堵する気持ちの方が強かった。

 門を調べてみたが、どうやら鍵はついていないらしかった。清志朗は空いている片方の手で門を押した。門はそれにあわせてゆっくりと、重くぎこちない音を立てて開いた。

 それはまるで、二人の客人の来訪を歓迎しているようだった。

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