ゼロンの真意
「しかし、彼らは我らを誰と思って戦おうとしていたのでしょうな」
リーンに並んだレントンは素朴な疑問を投げ掛けた。
「多分、帝国じゃないか?」
「いや、そんなはずは。何より王国側から帝国軍が来るとは流石に……」
「無い、か? ハハ……理由はいくらでも後付けできるさ。何より、そう情報を流すように指示したのは僕だし、流したのは
リーンの予想は的中しており、屋敷の最上部から望遠鏡を使い、様子を見ていた辺境伯は、戦うこと無く無傷で街中に入ったリーン達に動揺する。
「ゼロン! 後続はどうした? 伝令は送ったのだろ!?」
「はい。あえて帝国との戦いだと兵士に信じ込ませる為に、わざわざ兵の大半を帝国側の砦外に配置したのを呼び寄せたはずですが……。今度は私自らが向かいましょう!」
「うむ、頼んだぞ。ゼロン」
ゼロンは最上部に辺境伯と身の回りの世話をする者だけを残して屋敷を出ると、ほくそ笑みを浮かべてしまう。
全てはゼロンとリーンの手のひらの上。
兵士の大半を削る為に、帝国側の砦の外に配置しするように辺境伯に囁いたのもゼロン。当然、呼び寄す伝令など出していない。
そしてそれは今も同じであり、ゼロンが向かったのは砦とは別の場所。
合流したのはジェシカ率いるユノ商会の面々達であり、既に細工は流々で仕上げてある。
「リーン様の方は上手くいった。では、此方は頼んだぞ」
「もちろん! こっちは、ひいてはアイ様のお役に立てる事になるのだから、任せて! でも、あんたは嫌いだけどね。だって、あの
ジェシカはプイッと横を向き膨れっ面になる。
「ああ。あの彼の事か。似ているところがあるのは否定しないよ。とにかく、ここは任せたからな」
ゼロンは特に怒ること無く、いつもの仏頂面から目を細めてジェシカに微笑む。
しかし、ジェシカが次にゼロンを見た時には、元の仏頂面へと戻っており気づく事はなかった。
ゼロンが何処かへ居なくなると、ジェシカは動き出す。
ジェシカはゼロンの指示通り、この日まで幾つもの伏線を引いていた。
「毎度、お疲れ様です」
まず、ジェシカはユノ商会の人員を率いて帝国方面の砦へと酒を差し入れる。これはここ最近、毎日の事であり、特に疑われる事は無かった。
「おお、嬢ちゃんか。いつもありがとな。砦の上にいる奴らにも振る舞ってやってくれ」
「はーい」
ジェシカは砦の上に酒樽を運ぶように部下に指示を出す。これもいつもの事だが、今回ばかりは中身は違う。
樽の中には大量の油が入れられていた。
樽を運ぶユノ商会の面々。しかし今日の面子はジェシカ以外、いつもと違っている事に誰一人として気づく者はおらず、まだ酒の在庫があるにも関わらず追加でやって来たと皆は大喜びであった。
「おっと!」
樽を運び入れていた男性が転び、持っていた樽をひっくり返し、中身が全部溢れてしまう。
中身は当然油だ。
「おおっと!」
「いけね、俺も溢してしまった!」
一人、また一人と、砦に運び入れた酒樽を次々とひっくり返してしまう。
砦には、酒とは違う臭いが充満し始め、やっと中身が酒ではないことに気づいた時には遅かった。
まだ早朝ということもあり、篝火はしっかりと火を灯しており、樽を運んでいた男がわざと篝火を倒してしまう。
一度、油を含んだ木材に火が点いてしまうと、油を伝って砦全体へと炎は燃え広がる。
「貴様、何している!」
兵士が男に詰め寄ろうとすると、軽い身のこなしを見せて次々と砦から降りて来る。
突如の異変にジェシカを探すも、既に姿を眩ました後であり、その場に居るはずもない。
今回酒樽を運んだのはユノ商会の人員ではなく、ゼロン直轄の配下であり、男達も騒ぎに紛れて姿を消していた。
砦はすぐに炎の壁と化して、砦外にいたブルクファルト本隊が街への帰還を妨げる形となる。
リーンの方ばかりに気を取られていた辺境伯が、気づくはずもなかった。
リーン率いる千の兵士は、特に邪魔されること無く街中を突き進み一直線にリーンの実家の屋敷へと向かう。
「リーンの奴め! ゼロンはまだか!?」
辺境伯は怒りに震え思わずグラスを床に叩きつけた。屋敷には、百ほどしか警備の為の兵が残っていないが、それらは精鋭。
それにくわえ、ゼロンが本隊を率いて戻って来るまで耐えればいいと辺境伯は冷静さを取り戻す。
リーンが屋敷の前に辿り着くと数で圧倒して屋敷に侵入しようとするも、警備の兵士に邪魔をされ、足止めされてしまう。
その様子を辺境伯は望遠鏡で、嬉々として喜んでいたが、リーン率いる王国兵と屋敷の警備兵が入り乱れて混戦となっている所に、ゼロンが大手を振って何事なく此方に向かって来ているのを見つけた。
「何故、一人で戻って来たのだ?」
辺境伯には理解が及ばなかった。それほどゼロンに対する信頼が厚かったのだが、まさかそれが己の独りよがりだとつゆにも思っていなかった。
「ただいま戻りました」
平静のままいつもの仏頂面で部屋に入って来たゼロンに、辺境伯は問い詰める。
「何故一人で戻って来た!? 本隊はどうした? すぐに来るのだろう?」
しかし、ゼロンは一言も発することなく、扉付近の壁に腕を組んで凭れるという、今まで見せて来たことない態度を取る。
怒鳴り散らす辺境伯をとことん無視していると、傍にある扉が突然、勢いよく開かれる。
「見つけましたよ、父上!!」
部屋に入って来たのはリーンとレントン、そして部下数名であった。
「リーン! この親不孝者が! 何しに来た! おい、ゼロン! そいつを捕らえよ!」
しかし、辺境伯もようやく理解する。屋敷の警備兵が戻って来たゼロンを止めないのは、理解出来るが、リーンの兵士にまで止められなかったのは不自然だということに。
「ぜ、ゼロン! 貴様、まさか……」
ゼロンは大きなため息を吐く。
「父上。大人しく捕まってください。父上が背後で操り、アイを亡き者にしようとした事は許せませんが、今なら帝国と繋がっていた罪は僕から王様へ軽減するように懇願してみせます」
「うるさい! ワシが、王になれば帝国との争いも無くなる! 今の無能な王などに用はない!」
辺境伯は数の上で不利だとわかっていても腰の剣を抜く。
「レントン、手を出すな!」
リーンに襲いかかる辺境伯をリーンは自らが迎え撃った。
何度かつばぜり合いが起こるも、そもそも体格差があり、リーンが圧倒されている。
一方、リーンの後を追いかけていたフロストは、火傷の酷いラヴイッツ公爵を放っておけず少し遅れを取っていた。
屋敷の前でいまだに抵抗を続けていた警備兵だが、フロストが白面をつけた配下と共に薙ぎ払うと屋敷に飛び込んだ。
(リーンよ、お前は父に剣を向けてはいけない! アイリッシュもそれを望んでいないはず!)
フロストの願い虚しく、リーンと辺境伯は争い続ける。
やがて、辺境伯の蹴りに対して完全に油断していたリーンは腹に食らい吹き飛ぶ。
「くっ!」
レントンはリーンの危機に飛び込みたくなりそうになるが、まだ平気だとリーンはレントンの動きを制する。
苦痛に顔を歪め、それでも立ち上がろうとするリーンを止めたのはゼロンであった。
「リーン様、私に剣をお貸しください」
リーンと辺境伯の間に割って入るようにゼロンはリーンから剣を奪い取ると、軽く肩を押して自分からリーンを突き放す。
「ゼロン! 後ろ!!」
リーンの叫ぶ声が部屋に響くとゼロンは振り返ると同時に、背後から襲いかかる辺境伯の剣が腹から背中にかけて貫かれる。
「裏切り者は許さん!」
辺境伯の顔は、してやったりと真っ赤に興奮していたが、ゼロンの顔を見て蒼白していく。
苦痛に顔を歪めることもなく、いつもの仏頂面のまま冷たい目で見下して来ており、持っていた白刃を振り上げていた。
サッと剣から手を放し後方へ退く辺境伯をゼロンは間合いを詰めていく。
狭い部屋、唯一の出入口にはレントンがおり、窓から逃げようとしてもここは屋敷の最上階。
腹から流れる血などお構い無く、ゆっくりと隅へと追い詰めていく。
「ぜ、ゼロン! 待て! 今まで目にかけて来た恩を忘れたのか!? まだ幼かったお前を引き取ってやったのに!!」
「覚えていますよ。貴方が私と私の母にした仕打ちも全てね。いつか復讐する機会を伺ってましたが、大事な腹違いの弟の為に私は今、鬼になる! さようならだ、
顔色一つ変えずゼロンは、白刃を辺境伯の首もとめがけ振り抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます