ブルクファルト攻略戦 後編

 先陣切ったのはラヴイッツ公爵。老体を鞭打って娘の、ひいては公爵家の汚名を返す為。

完成した木馬の中は空洞化しており、手押しで丘を降りて行く。


「止まるな! 走れ! 走れぇ!!」


 凸凹な地面でもお構いなしに進む木馬は、その速度を上げていく。


「公爵様! そろそろ次の段階へ!」

「まだだ! ギリギリまで我慢だ! 奴らは、このまま木馬を砦にぶつけるだけだと思い込んでいるはず! まだ、次の段階は早い!」


 木馬には左右六つの車輪がついているが、人力で押してやらない事には、目標に向かって真っ直ぐ進まないのが欠点であり、現在十五人程で押し進めるも砦近くの平地では倍の三十人近い人員を要する。


 ブルクファルト領の砦を守る兵士達は、初めこそ見たことのない兵器に戦々恐々としていたが今は落ち着きを払っている。

知らせを聞いた辺境伯は、木馬の話を聞くなり、屋敷の最上階まで登り、望遠鏡で様子を伺い、その結果、ぶつけられても砦は壊れないと瞬時に判断、砦を守る兵士達にその事を伝えた。


 兵士達が落ち着きを払っているのは、そのせいでもあったが、それは辺境伯一人の判断ではなく、横からゼロンの入れ知恵である事を知るよしもない。


「リーンよ、次の準備にかかるが最期に一つだけ。本当にお前は父を討てるのか?」


 フロストから向けられた視線は、疑念を帯びておらず、ただただ心配してであり、リーンも理解していた。


「覚悟は出来ています。僕は父よりも最愛の人を取る!」

「辺境伯もリーンの気持ちまでは読めなかったか。此方が木馬を砦にぶつける事は読めても」


 「少しだけ辺境伯に同情するよ」とフロストは、リーンを敵に回した辺境伯を哀れむ。


(まあ、悪いが子に親を討たせるつもりはないがな)


 フロストは白面を付けた兵士達に視線で合図を送ると、予め決めていたのか、そそくさと次の木馬へと向かう。


 残った六体の木馬と今攻め込んでいる木馬の大きな違いは前面に取り付けられた除雪車のような大きなシャベルだろう。

フロスト率いる本隊とリーン率いる別動隊もそれぞれ準備に入った。


 丘の斜面を降りきる頃にはラヴイッツ公爵は肩で息をして汗だくであった。

それでも足を止める事はなく、人員を三十人ね増やして平地を勢い殺すこと無く突き進む。


 砦から矢が届く位置までやって来たものの、屋根もあり前面も視界を開く為の隙間はあるものの、矢がその隙間を通る事はなかった。


「衝撃に備えよ!!」


 砦の部隊長らしき男が兵士達に発破をかける。


「よし、次の段階だ! 合図を出せ!!」


 矢を止め衝撃に備える為に身構えた兵士達を見てラヴイッツ公爵も命を出し、銅鑼が激しく打ち鳴らされる。


 砦を守る兵士達は、その様子に皆がギョッとする。


 突如、木馬が物凄い勢いで燃え始めたのだ。


 その火の回りは尋常に早く、燃えやすくするために何か細工されているのは一目瞭然で、砦を守るブルクファルト軍は理解した。


 六つの巨大な火だるまとなった木馬。火を付けたのらラヴイッツ公爵自身である。ギリギリまで引き付ける必要があった。


「慌てて投石で木馬を攻撃しているみたいだな」

「もう遅いですがね。しかし……」


 望遠鏡で様子を伺うフロストとリーンは、ラヴイッツ公爵の様子に懸念を抱く。


 矢や、槍などには強いものの木馬自体には投石による破壊や火に弱いという欠点があるのはわかっており、ギリギリまで人力で運ばなくては、ならないのだが、ラヴイッツ公爵をはじめ、誰も木馬の中から出てくる気配がないのだ。


「公爵様、大丈夫です! 早くお逃げを!」

「まだだ! 完全に砦にぶつけるまで終わりではない!」


 木馬の外壁には油を染み込ませている。すぐに中まで燃え移る事はないが、それでも木馬の空洞の中は熱気で高温になっていた。


 木製の砦に六体の火の塊となった木馬がぶつかる。たとえ頑丈な造りだとはいえ、所詮は木製。木馬を中心に炎は燃え移り、周囲はあっという間にめらめらと燃え盛る炎と黒い煙に包まれた。


 砦を守る兵士達は、消火にあたるが六ヶ所から燃え盛る炎の勢いに、多少の水など無駄であり、見限り逃げ出す者が続出していた。


「おい、公爵達の姿が黒煙で見えないぞ。不味くないか」

「わかりました。次の準備を急がせます!」


 リーンが次の木馬の準備を終えた頃には、砦は崩れ始めており、砦のあった場所は黒煙の壁と化している。


「進め! 僕も出るぞ!!」


 除雪車のようなシャベルのついた六体の木馬の後を、リーンが率いる千の兵も追いかける。

さらに、その後を遅れてフロスト率いる五千の本隊が動いた。


 黒煙からラヴイッツ公爵の配下が脱出して避難している姿がリーンの目視で可能になるが、ラヴイッツ公爵の姿がない。


「くっ……、構わない、そのまま進め!!」


 リーンはラヴイッツ公爵の捜索を後方のフロストに任せ、六体のシャベル付き木馬は黒煙の壁に突撃した。


 シャベル付きの木馬は壊れた砦の木材を押し退け、道を作りながら突き進む。木馬に炎が燃え移ってしまうまで時間との勝負であった。


 辛うじて逃げ出せた砦を守る兵士達は、壊れた砦の傍らで、立ち上る黒煙を呆然と眺めていたが、その黒煙の壁を突き破って、巨大な木馬が飛び込んで来たものだから、皆、冷静の判断を失う。


「う、うわぁ! ば、化け物!!」


 一人の兵士がそんな事を叫ぶものだから、パニックは伝染していき、他の兵士も武器を放り投げ逃げ出す。


 木馬が作った道を通り抜け、煤で顔を汚したリーン率いる千の兵士は、抵抗無く砦内部へと突撃出来た。


 逃げ出した砦の兵士と入れ替わるように、ブルクファルトの本隊が壊れた砦や巨大な木馬を見て、驚きはしたが直ぐに気を取り戻し、リーン達を発見するなり襲いかかる。


 その数、実に三千。しかも、まだまだ後にも控えている事はリーンも重々承知だった。

互いにぶつかりかけた、その時。


「止まれええええぇぇぇぇ!!」


 今まで聞いたことの無いリーンの怒声が響く。そしてたった一騎でリーンは、先頭に出る。


「僕の名はリーン・ブルクファルト! お前達の中にも顔くらいは知っている者がいるはずだ!」


 たった一人で前に出てきた少年に、ブルクファルトの軍がざわつき、動揺が走る。


「リーン様だ……」

「えっ、でもなんで……」

「偽者? いや、しかし似ている……」


 武器を下げ、ブルクファルトの兵士達は互いに顔を見合わせながら、ぶつぶつと呟き始め、騒ぎが大きく広がる。


(やはり、父上は兵士に全てを伝えていない、か。もしかしたら兵士の中には僕達が正規で自分達が反乱軍と知らない者もいるのでは?)


「下の者は黙って従え……そういう事ですか、父上」


 誰にも聞こえないくらいの小声で、そう呟くと、リーンは再び声を大にする。


「よく聞け! 僕達の目的はたった一つだけ! 謀叛を起こした辺境伯の捕縛である! 何をどう聞かされているか知らないが、このまま戦うのであれば、お前達は謀叛に加担したとして戦わねばならん! その汚名は、たとえここで僕を討てたとしても、一生……いや! 子々孫々の代まで被る事になるが、それで良いか!」


 口調も普段とは変え、堂々とした態度から兵士達から見たら少年というよりずっと立派な将の姿。


「リーン様、ご立派になられて!」


 そう言い一人涙を流すのは、リーン配下のレントン男爵。ハラハラと拭うことなく流す様子は男泣きといった感じで、背後の様子に気づいていたリーンの顔は、ちょっと赤くなっていた。


「道を開けよ! そうでなければ、帝国に加担したと見なす!」


 続けたリーンの言葉に兵士の動揺は一層大きくなる。


「父である辺境伯は、帝国と通じている! この中には身内や大切な人が帝国との戦いで命を落とした者もいるだろう! しかし、それは全て茶番劇なのだ! それを早くに見抜けなかった僕の罪でもあるが、それはこれが終われば甘んじて受け入れよう! だから、今は、退いてくれ!!」


 ちょうど、そのタイミングでフロスト本隊も木馬が作った道を抜けて来る。

数においても上をいかれたブルクファルトの三千の兵士達は、完全に武器を下ろし、綺麗に二つに分かれ道が出来た。


「皆に感謝する!」


 リーン達は、出来た道を一気に駆け抜けた。

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