三角木馬

「姉さん……そろそろ行かないと……」


 人気の少ない邸内にレヴィ達の側に寄ってくる一人の男性。それはリーンが邸内に潜ませていたあのスパイ。アイ達の為に門扉を開いた男性だった。


「準備は出来ております」


 二人は名残惜しむように、子供の頃のように手を繋ぎ邸宅を出ていく。

庭に用意された馬車には、豪華な装飾など一つもない実に質素な馬車である。


「これからどうするの?」


 レヴィに尋ねるがレヴィは首を横に振る。けれども、表情は決して暗くはなく、強い決意を秘めた目をしていた。


「姉さんみたいに物を何かしら作ってみたいと思う」


 今まで伯爵家の坊っちゃんとして育てられてきたレヴィにはとても辛い未来が待っているだろう。

それはレヴィ本人もよく分かっているようで、悲観しないようにアイは何度も励ました。


「さようなら」

「また、いつか……きっと」


 レヴィを乗せた馬車はゆっくりと進み始め、アイは馬車が闇夜に紛れて消えるまで、その場でずっと見守っていた。


「アイ様、お身体が冷えます。家の中へ」

「ええ、ありがとうラム。でもその前にリーンに会わなければ」

「呼んだかな?」


 背後から声がして振り返ると、そこにリーンはいた。ずっと二人の様子を見守っていたみたいであった。


「リーン……私……」

「夜は冷える。取り敢えず君の部屋に行こう」


 リーンは自分の羽織っていたカーディガンをアイの肩にそっと乗せると二人は仲睦まじく邸宅へと向かう。


 その様子にホッと胸を撫で下ろしたラムレッダは、急にゼファリーに会いたくなり、二人より少し遅れてゼファリーのいるであろう書斎へと向かうのだった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「ごめんなさい! リーン、私は貴方を誤解していたわ」

「誤解?」

「正直、私はレヴィを助けてなどくれないとまで思っていた。確かに弟に否はあったけど見逃してくれないのかって。ううん……私がおかしなことを言っているのは分かってるわ。リーン、貴方は厳正に冷静に判断しただけだもの」


 アイは、ずっと頭を下げっぱなしのまま、何度も許してほしいと謝罪する。


「アイ、僕は怒ってなどいないよ。ただもう少し僕を信用して欲しい気持ちはあったかな。と言うわけで今から君に罰を与える」


 二人きりの暗い部屋は静まりかえり、アイが生唾を飲み込む音だけがする。


「さあ! 僕の尻を叩け!」


 スパッーーーーン! と、小気味いい音が静寂を破壊する。いきなり生のお尻を向けられては、アイも思わず叩いてしまった。


 リーンは顔を赤く染めながら、実に恍惚の表情を浮かべていた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 ズボンを履いたリーンはベッドの上に腰をおろすと、ぴょんと飛び上がる。


「まだ、じんじん痛むよ。良い痛みだ」

「お願い。感想述べないで」


 アイは恥ずかしくなり隣でベッドに顔を伏せてしまう。


「さてと、アイ。少し真面目な話をしようか。いや、さっきまでも至って真面目だけど」

「お願い。ふざけてたって言って」


 照れたアイを愛らしく思いつつ、リーンはポツリポツリと話を始めた。


「まずは、僕からも君に謝らなければならない事がある。それは、ロージーの事だ」

「ロージー? ロージーがどうかしたの?」


 想定外の名前にアイは隠していた顔を上げる。


「彼女は自殺したよ。君に対しての所業を遺してね」

「ロージーが自殺? いえ、それよりも所業って?」

「遺書には三つ。アイの誘拐、婚約の儀での暗殺、そして今回再び君を殺そうとした事。君は知らないだろうが、今回のスタンバーグ領との争いにラヴイッツ公爵が手を貸してくれたのは、そのせいさ」


 確かにアイには多少の心当たりが無いわけではない。今回レヴィの懇願しにラヴイッツ公爵領を訪れた時、手紙の返事が無かったり、扉の前で待ちぼうけを食らったりと、態度はおかしかった。

しかし、そのロージーが自殺するとはアイには驚愕であった。


「でもね、このロージーが自白した三つの罪のうち、一つは嘘なのさ。ロージーは余計な罪まで背負わされたんだ」

「嘘?」


 アイが聞き返すとリーンは力強く頷いた。


「婚約の儀での君への暗殺未遂。これは彼女の仕業じゃない! そして、僕は君を暗殺しようと刺した犯人を既に捕らえており、命令を下した者も分かっている」

「えっ、でも犯人は見つからなかったんじゃ?」

「そう言えば、指示した黒幕が安心するだろ」


 アイはリーンの手際のよさに感服していた。と同時に、まだ自分を狙う黒幕がいることに恐怖する。

だが、リーンの顔を見ると不思議と恐怖感は薄らぐ。

自分の危機には、いつも真っ先にリーンが駆けつけてくれていた事を思い出す。


「ねぇ、リーン。まだ、私を守ってくれるの?」

「もちろんだよ。守らない理由がない。けど、黒幕を追い詰めるにはまだ時間がかかりそうなんだ。今回捕らえた者が、なかなか白状しなくてね。拷問にかけるかどうか決めかねている」

「拷問……」


 拷問と聞いてアイの顔色が蒼くなる。この世界に来てからというもの拷問を見たことないアイは、自分の記憶に残る拷問を思い浮かべていた。


「拷問って、アイアンメイデンとか三角木馬とか……」

「アイア……? 三角? なんだい、それは?」


 思わず口を滑らしてしまったとアイは自分の口を塞ぐ。しかし、リーンが興味を抱いてしまい執拗に聞いてくる。


「えーっ……と、しょ、書物に書いてあったのよ。アイアンメイデンってのは、蓋のあるひつぎに入れるのだけど、蓋の内側には、その……鋭い針が一杯付いていて……」

「それは、相手死んじゃうじゃないかな? それで、もう一つは?」

「三角木馬っていうのは、私も詳しくは分からないのだけど、馬を模した木で出来た三角の背に相手を乗せるみたいなんだけど……」

「三角……馬……あー、成る程。此方は使えそうだね。相手を死なずに苦しみだけを与える事が出来そうだ」


 リーンはベッドから起き上がると、早速作らせるかと張り切って部屋を出ていく。


「じゃあ、試してみるかな。あと、僕、専用にも作らせよーっと」


 アイは不穏な一言を部屋に残して出ていったリーンを止める事が出来ずに、ただ、立ち尽くしていた。 

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