決着
サビーヌを背中から射った者は柱の影に姿を隠す。ゼファリーは足が震えて動けないレヴィの横を通り抜けサビーヌに駆け寄る。
「くそっ! やられた……!」
矢には猛毒が塗られていたのか、サビーヌは全身が痙攣した後に、絶命してしまう。
「レヴィ!」
「お嬢様! 顔を伏せて!」
ゼファリーは周囲を警戒し、階段を上がって来たアイに向かって怒鳴り付ける。
弓矢を持ち、構えたままサビーヌを射った相手が隠れている柱へと近づく。
足音を殺して柱の影にサッと周り込むが誰の姿も居なかった。
「くっ、外か!」
ゼファリーが開いていた扉を見つけ中に飛び込むと、テラスの窓が開きっ放しになっており、そこから縄が外へと垂れ下がっていた。
直ぐにゼファリーは窓の外を見るが、庭には両方の兵が混戦となっており誰だか分からず仕舞いであった。
「ゼファー……」
「お嬢様……。すいません、逃げられました。それよりレヴィ様のご様子は?」
廊下にアイと一緒に顔を出すと、レヴィはサビーヌの体を抱き締めながら声を上げ泣いていた。
「お嬢様、非情かもしれませんが決着を」
「仕方ない……わね」
アイは弟であるレヴィの肩に手をあて抱き寄せると、そのまま一緒に階段を降りていく。
一人残ったゼファリーは、サビーヌの側に落ちていた短剣を拾い上げる。
先端には透明な液体が付着しており、猛毒だと思われた。
これでレヴィを刺すつもりが、逆に裏切られて自分が猛毒の矢で殺されるとはサビーヌも思っていなかっただろう。
そう思うと、なんとも哀れでゼファリーは、サビーヌの見開いた目を手で閉じてやった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
サビーヌの死亡とレヴィの降伏により、呆気ない幕切れとなる。
スタンバーグ伯爵の邸宅にいた兵士は軒並捕らえられた。
リーンが戦っていたスタンバーグ家の本隊も同様であったが、武器を捨て投降する者よりも、最後まで抵抗する者が多くいた。
「全員、捕らえろ! 動けなくしたら口を縛れ! 自害すさせるな!」
珍しくリーンが声を張り上げる。今まで何度となく捕らえる機会はあったものの自害により有耶無耶にされてきた。
スタンバーグ伯爵領の軍にいる兵士の大半は、サビーヌが何処からか調達した者ばかり。
その正体に心当たりはあるものの、証人となる者が必要であった。
リーン本隊とラヴイッツ公爵軍、そして後から駆けつけたレントン男爵が率いた軍の三方から攻められて、取り囲まれる形となってしまい、逃げ場はもうなかった。
「リーンのお手並み、しかと拝見させてもらった」
「ラヴイッツ公爵様」
「様は、もうよせ。儂にもう遠慮などいらぬ」
ロージーに関しての負い目もあり、ラヴイッツ公爵は恐縮する。立場は、身分を越え既に逆転していた。
「リーンに一つ頼みがあるのだが」
「何ですか? 僕に負い目を感じることなら今回の為だけです。もう必要ないですよ」
「いや、儂は王の元に参ろうと思う。そして、儂の娘のしたことは重罪だ。死んだとはいえ許されるものではない。全てを話す」
ラヴイッツ公爵の表情から彼が相当追い詰められている事は見て取れた。だからリーンは、馬から降りると頭を下げる。
「もう、よい。リーン、儂が王に会いにいく間、此処にいる兵を預かって貰えないか。そしてもし儂が戻らなければ……」
「公爵様。もし、まだ僕に負い目を感じているならば貴方は必ず戻ってくるべきです。死ぬ事は僕が許しません。生きてください」
自分よりずっと、ずっと年下であるリーンに此処まで言われてしまえば逃げるなど出来ない。ならば生きて償おう、そうラヴイッツ公爵は決意を改めるのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
ラヴイッツ公爵領の軍も率いてリーンはスタンバーグ伯爵家を訪れる。
邸宅の庭の中央に、晒されるように置かれたレヴィは縄で縛られていた。
「会うのは初めてですが、まさかこういう形になるとは」
「リーン様……全ては私の不徳の次第。どの様な罰をも……」
「罰は王様が決めること。だが、今回ばかりは王様から国は関与しないと言われている。分かるな? お前が、いや、お前達が国から得て喜んでいた不可侵命令書。これが、今度はお前の首を締める事となってしまったな」
レヴィの生殺与奪はリーンの指先一つにかかっている、リーンはそう言いたかった。しかし、これを聞いて黙っていられない者がいる。
当然、姉であり、最早唯一の肉親となってしまったアイリッシュだ。
「リーン、お願い! お願い、何とかレヴィを助けて! お願いよ、私何でもするわ! 婚約を破棄しろというなら、受け入れるわ!」
「アイ……僕がそんなことを望むとでも?」
リーンの冷たい瞳が地面に額をつけるアイに対して向けられる。その横を邸宅にいた歯向かって来た兵士が連行されていく。
その誰もが、レヴィに対して見向きもしないのが、このスタンバーグ家におけるレヴィの立場そのものを表していた。
「ゼファリー……。アイも弟の処刑など見たくないだろう。部屋に連れていってやれ」
「それがリーン様の答えですか?」
「僕に対してならば、何も問題ない。ただ、アイを悲しませた事は許せないし、何より問題は国に対して伯爵を勝手に名乗った事にある。それで公文書を書いたのだから、見逃せば大問題だ」
ゼファリーは一言「そうですか……」と淋しげにレヴィを見据える。ゼファリーもレヴィに対してもう少し我慢して一緒にいてやれば、と後悔したいた。
「リーン!! お願いっ! レヴィいいいっ! レヴィいいいいいーっ!!」
アイはゼファリーに連れられて元々自室だった部屋へと押し込められる。部屋の扉前にはゼファリーが立っていたが、話を聞いて駆けつけてきたラムレッダに、アイを任せて去って行く。
どうしてもゼファリーは納得がいかなかった。
悲しみに暮れるアイはラムレッダさえ部屋の外へ出して、ベッドの上で枕を涙で濡らす。日は完全に暮れ落ちてカーテンが開いたままの部屋は真っ暗になっていた。
アイの嗚咽だけが響く部屋の中に、静かに扉をノックする音が聞こえてきた。
「アイ様、ラムレッダです。入っても宜しいですか?」
今日、何度となく同じ台詞をラムレッダは言っていた。しかし、返事はなしのつぶてであったが、この時は違った。
「ぐすっ……いいわ、入って……」
半ば自棄であった。気力を失い虚ろな目。アイはこれから一番聞きたくない報告を聞かされるのだろうと。
弟レヴィの死。
心の整理がついた訳でもなく、このままの状態でレヴィの死を知ればアイはきっと後を追う可能性もある危険な状態であった。
そんな事など知るよしもないラムレッダが扉を開く。
ベッドに座るアイはボーっと顔を向ける事なく壁の模様を眺めていた。
「姉さん」
最初は空耳だと思った。あまりにも愛おし過ぎて幻聴とさえ考えてしまった。
しかし、声のした方にゆっくり顔を向けたアイは目を大きく見開いた。
開いた扉の向こうに立っていたのはラムレッダではなく、弟のレヴィ。しかし、その姿は一変していた。
「レヴィ!! ああ、貴方なんて姿に……!」
頭は綺麗に丸坊主。それだけではなく顔には痛々しいほどの包帯の量が巻かれていた。一見誰とも見分けがつかない姿であったがアイには直ぐに弟レヴィだと気づけた。
「リーン様が助けてくれたんだよ。頭を剃り顔に残るほどの傷をつける事で別人として」
「リーンが……?」
「スタンバーグ伯爵の長男であるレヴィは、さっき処刑された。今夜にでも領地を出ていかなければならないんだよ。だから、最期に姉さんに謝りたくて……僕は情けない男だ」
レヴィは、自分の正直な気持ちを打ち明け始めた。今まで、ずっと言えなかったアイに対する想いを。
「僕は本当に情けない。ずっと姉さんみたいになりたかった。姉さんみたいに数字に強く領地経営を父さんから任されたかった。だけど僕には出来なかった。妻のサビーヌに言い様に利用され、折角姉さんが置いていってくれたゼファリーを追い出す形になってしまった……」
アイにも領地の経営など分かる筈もない。唯一の強みは、転生前に取った簿記の資格。会社で必要であったが故に取ったものであった。
「私のせいだわ……私がもっと貴方と向き合って気づいていれば……」
そうすれば簿記に関する事もレヴィに教えられたかもしれない。そうすれば、彼は自分に負い目など抱かずに済んだかもしれない。
かもしれない話。だが、アイの心には無念の二文字がキッチリと刻まれる。
「でも、良かった。生きてさえいてくれれば、またいつか会える。ううん……絶対私が会いに行く。たとえ、どれだけ遠くにいたとしても……」
「姉……さん……、僕も……僕も待っているよ」
二人は力強く抱き締めあう。これが今生の別れの可能性も高い。だから互いにこのぬくもりを忘れないように。
「さようなら、姉さん……」
「さようなら、レヴィ……」
レヴィを呼びに来るまで二人はいつまでもその腕を離すことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます