アイの本音

 アイとリーンの寝室がラブホテル化し、封印したその夜。


 少なくとも一度はリーンと共に寝床を一緒に、と覚悟を決めたアイは、リーンの書斎に置かれた仮眠用のベッドで眠ることに。


「そんなに怒らないでよ。今、新しく別の部屋を寝室に作り替えるからさ」

「別にもう怒っていないわよ。ただ呆れただけよ」


 侍女のリムルに手伝って貰いながらアイはシュルシュルと衣擦れをさせ、服を脱いでいく。リムルの手伝いは主にリーンの見張り。大きめのタオルでアイの体を隠して、側に寄って来ないかを見張っていた。


「そんな恥ずかしがらなくても着替えは以前、一回バッチリ見たんだから」

「回数の問題じゃないわよ!」

「大体、着替えよりもっと恥ずかしい姿も見ているのだし」

「ええっ!? あ、アイ様……もしかして、まだ婚姻前なのに、そんな事を……」

「り、リムル! 違うわよ!! そうじゃなくて、ほら、あなたも知っているでしょ? 水浴びの時の話よ!!」


 アイは脱ぐ途中で手を止めて慌ててリムルに弁明する。しかし、当のリムルは想像力を働かして二人で水浴びをしている姿を思い浮かべて顔を真っ赤にさせていた。


「あっはっは、あの時のアイの恥じらう姿、もう一度見たいな」

「な、何言っているのよ! もう一度悶絶させるわよ!!」

「ええっ!? 恥じらう姿? 悶絶? や、やっぱりお二人で……」


 リムルの想像は限界に達し、恥ずかしさのあまり思わず両手で顔を隠してしまう。当然、手から離れたタオルは床に落ちてしまう。


 しかし、リーンはアイの姿を見て「残念!」と指を打ち鳴らす。既にアイは真新しい薄い青色のシフトドレスを着用していた。


「まぁ、それはそれでありかな」


 魔晶ランプの灯りがアイの肢体のシルエットを透け感のあるシフトドレスに映し出す。

ハッキリと見えない分、それはそれで艶かしいと満足そうにリーンは微笑む。


「アイ様、タオル落としてしまって申し訳ありません」

「終わった事は仕方ないわ。着替えは終わっていたのだし、気にしないこと」


 落ち込んだリムルはアイに慰められると、頭を下げて退室する。


 部屋に残されたアイとリーンは、仮眠用の一人用のベッドを見つめながら黙っていた。

 部屋の中には二人かけのソファーがある。しかし、アイが寝るには小さく、リーンは一息吐くとソファーへと足を向けた。


「アイ?」


 アイがリーンの手を掴み、ソファーで寝る事を遮る。


「へ、変なことしないなら一緒でいいわ……」


 アイは恥ずかしさのあまり、俯き床を見ながらリーンの腕をベッドの方向へと引っ張る。


「保証は出来ないよ」


 リーンの言葉に、掴んでいるアイの手は小刻みに震え始める。しかし、それでもアイは、その手を離さなかった。


 二人は互いに背を向け合い、掛け布団の中に入る。

どうしても背中越しにリーンの様子が気になるアイは、なかなか寝付けずに、別の事を考えるようにする。


「鏡……勿体なかったわね」

「そうだよ、封印じゃなくて改装すれば良かったのに」

「改装……あーーーーっ!! しまった、その手があったあああ!!」


 ラブホテルにありそうな部屋の内装に動揺していたアイは、改装で済むことを全く頭に浮かんでおらず、ベッドの上でダンゴムシのように丸くなりながら頭を抱え込む。


 そんなアイの様子を肩越しに振り返ったリーンは、笑いを堪えて震えていた。


「もう! 気づいていたら教えてくれても良かったのに!」


 背後で震え笑いを堪えているのが、なんとなしにわかったアイはむくれるも、震動が止まり、ゴソリとリーンが動いたのに気づく。


(もしかしてソファーに?)


 気になったアイがベッドの上で体を反転させると、リーンの顔がすぐ側にあり目が合う。

 一人用のベッドの為か、かなり距離が近く少しでも動けば互いの体に触れる事が出来る距離。リーンがアイに向けてくる真剣な眼差しのせいで雰囲気に飲まれ、アイはピクリとも動くことが出来なかった。


「アイ……キミは僕のことが嫌いかい?」


 アイの心臓が思わず跳び跳ねる。既にリーンから目を逸らせなくなっていたアイ。二人を取り巻く雰囲気が、ふざけて誤魔化すことを許さない。


「ごめんなさい……自分でもわからないの」


 アイは素直に自分の気持ちを吐露した。


「そう……」

「リーンには感謝しているわ。命も救われ感謝しているし、強引な所もあるけれど、多分……多分、惹かれつつはあると思う。けど、自分の気持ちがまだわからないのよ。あなたを受け入れて愛情に溺れる自分が想像出来ないというか……自分が変わってしまうのが怖いのよ。情けないわね……もういい歳なのに」


 転生者であるが故の価値観の違い。貴族間の婚姻というものに戸惑い、ただでさえ転生前も恋愛経験皆無な為か、リーンを受け入れた時、自分がどういう心境に陥るのかわからずに、怖さが先立ち躊躇ってしまっていた。


「そっか……嫌われてはいないんだね」


 アイの本音を聞いたリーンは、モゾモゾと布団の中に頭を突っ込むとアイの腰に腕を回して自分の方へ引き寄せる。


「ちょ、リーン!?」

「本当だ。僕と同じで心音が激しいね」


 突然アイの胸にリーンが顔を埋めてくる。いきなりの事に戸惑い体を硬直させてしまったアイは、驚き浮いた手の置き所に困ってしまう。


「アイの心音を聞いている……と、安心する……や」


 リーンの瞼が重くなっていき、やがてか細い寝息を立て始めた。


 されるがままのアイは、両手を浮かしたままどうしていいかわからずリーンの寝顔を覗き見ると、そこには年相応の子供の寝顔に安堵する。


(普段、しっかりしているけど、やっぱり子供なのよね……)


 空いた手でエメラルドグリーンのリーンの髪に優しく触れ、撫でてやると激しかった自分の心音が落ち着きを取り戻すのがわかり、残った手をリーンの後頭部に回して愛おしそうに目を細め、抱きしめるのであった。

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