「さぁ、どうぞレントン男爵。おかけください。外で申し訳ないです、まだ家の内装が出来てませんで……」


 リーンは、自宅の庭になる予定の原っぱにテーブルと椅子一式とお茶を用意させ、レントンと夫人のドゥーエを座らせた。


 小さな白樺の丸テーブルの上には、四つのカップとお茶の入ったポットだけで一杯一杯だ。


 主賓のリーンが一口カップに口を付けると、それに倣いレントンとドゥーエもカップを手にした。


「しかし、リーン殿が住むには、随分もこぢんまりした家ですな」


 レントンは三角屋根になった二階建ての家を見上げる。


「アイか小さくて良いからと言うもので。僕としては、三階建てでも良かったのだけど。一階の広さはアイが妥協して、三階建てから二階建てには僕が妥協することで、この大きさになったのさ」


 中央の入り口がある正面からは見えていないが、かなり奥行きのある造りになっており、アイの提案で侍女やメイドも同じ家で住める位には部屋数があった。


「まぁ、レントン男爵。完成したら、また来てください。良いものをお見せしますよ」

「ほほぅ……なんだね、それは?」


 リーンはレントンの耳元でアイやドゥーエに聞こえないように耳打ちすると、レントン男爵とリーンは互いに顔を見合せ、「ぐふふ……」と笑いながらアイの顔を見てきた。


 二人して何か企んでいるような含みのある顔に、「何よ?」とアイは怪訝な表情をする。


「さすが、先生。相変わらず斬新な発想をなさる」


 レントンがリーンを先生と呼ぶことに、アイは意味が分からず首を傾げる。


「ああ、そうか。いやなに、リーン殿は我輩の先生でもあるのだ。初めて先生のお姿を拝見した時、我輩は、ビビっと来たのだ。なんて、恍惚な笑顔で縛られているのだと……」


 真面目に聞いていたアイは、最後の最後で性癖の事と分かり、飲んでいたお茶を吹きそうになる。先ほどドゥーエが「同類」だと言っていた事がよくわかった。


「ど、ドゥーエ様も大変ですね。旦那様がこんなだと……」

「ドゥーエでいいですわ。アイリッシュ様。それに喜ぶ旦那様の顔が見れるのですから。むしろ、悶絶する表情をもっと見せて欲しいです」


(ダメだ……この人も同類だ。折角仲良くなれそうなのに……)


 アイは早々に三人の会話に混ざるのを諦めたのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「そう言えば、アイリッシュ殿、お怪我はもう……?」

「ええ、この通りピンピンしていますわ」

「一時は、危篤だの既に死亡されただの噂が流れていて心配していましたが、健康そうで何よりです」

「えっ!? 何よ、それ?」


 アイはリーンを見るが、わざとらしく視線を逸らして合わせようとしないので、追及すると、確かにあの事件直後すぐに、そんな噂が流れていたと言う。


「失礼しちゃう。そう簡単に死ぬもんですか!? 大体誰よ、そんな噂流したの」

「多くの人が目撃しておりましたからな。誰が流したかは一概には……。恐らくアイリッシュ殿の後がまを狙っていた連中の一人かと。現にリーン殿の所には、是非妻にと、辺境伯へすり寄ろうという連中が来たのでは?」


 そんな話は聞いていないと、アイから視線を送られリーンは観念したように話し始める。


「確かにね。でも、全部突っぱねたよ。僕の愛すべき婚約者はアイだけだってね」

「ちょ、もう……!! 何もこんな所で言わなくても」


 アイは恥ずかしさのあまり、頬を赤く染める。どさくさ紛れにリーンがアイの肩を引き寄せ耳元で「本当だよ」と囁く。


 アイは近寄るリーンの顔を引き離し、暑くなった顔を冷ますように手を団扇のように扇ぐのであった。


「し、しかし、そんな噂が直後に流れるなんて……」

「アイリッシュ殿、貴族間では良くあることですよ」

「私には貴族の機微なんて分からないわ。社交界にも全く出ないし」

「な、レントン男爵、今じゃ見ての通り元気なくらいさ。何せ自分の工房に立て籠って、貴族の付き合いなんて皆無なくらいだ。あ、そうだ。アイ、例の試作品、是非レントン男爵にも見せてあげなよ」


 アイは「失礼します」とレントンとドゥーエに頭を下げて、一度退席すると、その足で工房へと入っていった。


 数分くらい経過してアイが戻ってくるとレントンに持ってきたものを手渡す。受け取ったレントンは、ドゥーエと一緒にそれを見ると、あからさまに驚いた。

レントンの手には手のひらサイズの歪な円をした金属が。


「こ、これは鏡ですか!? いや、しかし、これ程綺麗に映るなど……」

「凄いですわね。濁りも全くないですわ。でも、これ、試作品なんですよね?」


 アイは再び席に座るとコクリと頷く。


「まだまだ磨きが足りないのですわ。最適の薬品が中々見つからなくて……」

「いやぁ……これでも十分な気もしますが……」


 レントン男爵は興味ありげに鏡の裏を見たり、ドゥーエに渡したあとも隣から覗くように見つめる。


「良ければ差し上げますわ。交流の証にでも。残念ながら手のひら程度の大きさですが」

「よろしいのか!? 良かったな、ドゥーエ」

「ええ。でも、この大きさでも結構ズッシリとした重みがあるのですね」


 手のひらサイズとはいえ、この鏡は金属鏡で重いのは仕方のないこと。銅とスズの合金なのである。


「元々、銀引きで作りたかったのだけど、材料が足りなくて……仕方なく鋳物になってしまったのよね」


 銀引きとは、温められたガラスの表面に硝酸銀を塗り、硝酸と銀と分ける方法。しかし、硝酸銀が手に入れることが出来ず、やむ無く所謂青銅鏡にするしかなかった。


 アイの説明を受けても二人にはチンプンカンプンで、愛想笑いを見せるのみ。

また、やってしまったと反省するアイであった。

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