アイの過去③

 盗賊を捕まえるべく、畑の柵のすぐ側に大規模な落とし穴を掘ったアイは、帰宅後、自室の窓から空を見上げる。

今にも雨が降りそうなほど、どんよりとした雲が空一面を覆っていた。


「間に合ったみたいね」


 雨が降れば月は雲に隠れて闇夜となる。雨が激しくなれば音すら聞こえない。格好の窃盗日和とも言えた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 早朝一番でアイの元へと知らせが届く。盗賊が見事引っ掛かったから来て欲しいと。丁度家族で食事をしていたアイは、父バーナッドから何の話かと尋ねられる。


「えっ? お聞きになっていませんか?」


 アイはてっきりゼファリーからバーナッドへ報告が言っているものだと思っていたのだが、思い返すとバーナッドが困っているとはゼファリーは言っていたものの、バーナッドがアイにどうにかしろとは一言もない。

言ったのは、ゼファリー本人であった。


 つまり、アイのやっていることは、バーナッドにとって寝耳に水なのであった。


 トップに報告もせずに事を進めてきたことになるが、アイはゼファリーに対して怒るというより、してやられたとおでこに手をあて仰ぐ。


 アイは改めてバーナッドに報告すると、既に事後ということもあり、そのまま継続するように命じられ、朝食後ラムレッダを連れて畑へと向かった。


「ゼファリー! あなたねー!! てっきりお父様も承諾済みだと思うじゃない! なんで、早く言わないのよ!!」


 畑に到着したアイはゼファリーの姿を見つけると詰め寄っていくが、当のゼファリーは素知らぬ顔で「おや、言ってませんでしたか?」とふてぶてしく答えるのみ。


 これ以上ゼファリーに言ったところで無駄かと判断したアイは、ふんっと顔をゼファリーから逸らして例の捕まえた盗賊の元に行く。


「やっぱり。まだ子供なのね」


 縄に縛られた盗賊。しかし、それらは全員みすぼらしい姿の子供達であった。

一番年上そうな男女二人でも、アイとそう年齢が変わらないくらいで、こちらを睨み付けて来る。


 まだ、五歳くらいの男の子までおり、落とし穴に落ちた際に怪我をしたようで未だに泣き続けていた。


「お嬢様。何故盗賊が子供だと?」


 ゼファリーがアイの側にやってくると、疑問をぶつけた。アイはゼファリーに厚かましさに嘆息するが答えてやることにした。


「あくまで可能性よ。畑の持ち主がまず“靴跡”ではなく“足跡”と言ったのが気になったの。ほら、この子達全員、裸足でしょ」


 ゼファリーが縄で縛られ地面に座らされた子供達に目をやると、誰も靴を履いておらず、それどころか明らかに最近付いたものではない裂傷や痣など傷痕が所々あるくらいだった。


「なるほど。盗むのではなく、その場で噛ったのも子供だと思った要因ですか」

「あら、よくわかっているじゃない。もし大人ならその場で食べず持ち帰るはずよ。だっていつ人が来るとも限らないしね」


 アイはゼファリーに少し感心して見せると、子供達の前にしゃがみこむ。アイに怯えた目を向ける幼子に今にも噛みついて来そうな少年。年齢も性別もバラバラ。


「貴方達、逃げ出してきた奴隷ね」


 アイが子供達の身分を明らかにすると周囲の大人達がざわめき立ち、空気がガラリと変わる。それに気づいたのか、今にも噛みきそうな少年は、急に額を地面に擦りつけた。


「お願いします。コイツらは見逃してやってください。オレはどうなってもいい! お願いします!!」


 態度を一変させ、今度はアイに向かって助命を請う。少年には、逃げ出した奴隷の末路をわかっているようで、下唇を噛みながら涙を流し始めた。


「逃げ出してきた奴隷は、奴隷商人に返すのがこの国の決まり。でしたね、お嬢様?」

「そうね……。そして一度逃げ出した奴隷は、恐らくまともに扱われることはないわ」

「そんな! アイ様、助けてあげないのですか!?」


 ラムレッダは、最初盗賊として捕らえられたのが子供達だと判明すると、すぐにそのみすぼらしい姿と自分の今着ている服の差に、自分がどれだけ恵まれているのだと思い知った。

そして、きっとアイも自分と同じ思いなのだろうと思っていた分、ショックだった。


「落ち着きなさい、ラムレッダ。そうね、まず貴方達を買った奴隷商の名前はわかる? いいこと? 正直に話をしてくれないと、助ける手段が失われると思いなさい」


 年長の少年は、黙ったまま首を横に振る。しかし、その目は真剣で嘘を言っているようにはアイには見えなかった。


「それじゃ、もう一つ聞くわね? 貴方達が何処から来たのかは、わかるかしら?」


 優しく決して問い詰めているようには匂わせないで、アイは少年に尋ねた。

少年は、一度振り返り仲間の顔を見ると、意を決したようで、その口を開く。


「オレ達は、首都で売られる予定だったので逃げ出したのは、その途中の道だと……。オレと、そこのレナは元々ザッツバード侯爵領に住んで居ました。そこでガラの悪い連中に捕まってそのまま奴隷に……」

「待って! それって不正売買じゃない! だとしたら正式な手続きは取っていないってことね。もう一度尋ねるけど、その話は間違いないのね?」


 少年がコクリと頷くと、アイはホッと胸を撫で下ろす。不正売買だとしたら、この子達を奴隷商に返す必要はない。

アイは、畑の持ち主にペンと紙を借り手紙を書くと工房の仲間の一人をすぐに使いとして出す。


「今、領兵に使いを出したわ。不正売買をしている奴隷商を捕まえる為にね。これで貴方達は、奴隷ではなくなったわ。だけど、盗みの問題は別の話よ。わかっているわね?」


 少年は、もう一度アイに罰は自分だけにとお願いするも、アイはそれを突っぱねるように首を横に振る。


「三つ約束しなさい。一つは、もう盗みはしないこと。もう一つは奴隷商人が捕まらない限り、貴方達の身分は保証されないわ。だから、私の元で働きなさい。最後の一つは、最も大事なことよ。いくら奴隷に無理矢理されたからって、人間として堂々としなさい。自分を貶める行為は恥よ。わかった?」


 少し幼子には難しかったかなとアイは話していて思ったが、少年が頷くのを見て真似たのか他の子も同じように頷く。その様子を見たアイは、この少年が後々他の子達にも言い聞かせてくれるだろうと信じて、まずは少年に名前を尋ねた。


「貴方、名前は?」

「ロイ」

「そう。じゃあ、ロイ。貴方は年長として責任を持ってこの子達の面倒を見なさい。いいわね?」

「は、はい!」


 ロイが力強い返事すると、アイは工房の大人に目配せをして子供達の縄をほどかせる。


「畑の損害は私が立て替えます。貴方達は、ウチの工房で働いて返しなさい。寝床と三食は此方が用意してあげる。真面目に働いたらすぐに返せるわよ」


 アイはずっと不安そうにしていたラムレッダを安心させるように、いたずらっぽくウインクをしてみせると、工房で働く人達が子供達に群がり歓迎の声を上げ、力強く抱き上げた。


 後始末としてアイは畑の持ち主の男に後で損害の請求を遠慮なく工房に持ってくるように伝え、帰宅の準備に取りかかる。


「ゼファリー。それは何の真似かしら?」


 アイの前に立ち塞がるように片膝を地面に付けてゼファリーが頭を垂れていた。


「まずは非礼を詫びさせてください。申し訳ありませんでした。そして、子供達への配慮といい感服致しました」

「貴方がやるように仕向けといて、よく言うわね……」


 アイは呆れ気味にふぅと息を吐いて、ゼファリーを見下ろす。しかし、今まで同様悪態をつこうとしてこないゼファリーに、アイも真剣な表情へと変わる。


「はい、お嬢様を試しました。先ほどの詫びはその事です。そして俺が赦せないと言うならば、この命差し出しましょう」

「要らないわよ、そんなの。それで意図は何?」

「俺には、自らが頂点に立って仕切る能力は皆無だと自覚しております。ですが、同時に補佐としての能力に関しては誰にも負けないとも自負しております。そして、今日俺は、この人ならと言う人を見つけました」


 要は自分を側に置いてくれということかと。しかしながらアイはそれを突っぱねる。ゼファリー自身の能力とやらを自分は見極めていないと。


「そういうことね……悪いけど、買い被り過ぎよ。それに、それだけ自信満々なら、私の方から『貴方が欲しい』と言わせるくらいまで成り上がりなさい」


 ゼファリーは、眼鏡を光らせ「当然」と笑ってみせたのだった。


 この後、ゼファリーはラムレッダと結婚し、その能力を買われアイから雇い入れたのだが、この時のやり取りをアイは覚えておらず、ゼファリーも未だに黙ったままであった。

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