螺旋

@aisoku

螺旋

 階段の螺旋は不思議だ。異世界へ通じていないと駄目だ、という気さえしてくる。

 今住んでいるアパートは汚い二階建てで、表の階段と同じように、裏の非常用階段も開放されている。それが螺旋をえがいている。

 だから私と隣の部屋の住人は、近い方の非常用階段を普段から使う。その人は村田さんと言って、朝は頻繁に時間が被る。同じ電車に乗るから、道も同じで、だから歩きながら話すことがしばしばあった。

 村田さんは途中で必ずコンビニに立ち寄る。部屋のトイレが詰まっていて、毎朝コンビニで用を足してから出勤しているのだ。職場にもトイレはあるけれど、それまでの一時間もたないという。

 それは良いとして、私は時々自殺することを考える。それほど本気なわけではない。でもカウンセラーの人は初診のときチェックリストを見せながら、「死についての反復思考」は鬱の特徴だと告げた。私は性格が幼稚ですぐ辞めたくなってしまうだけで、さして鬱という訳ではない。死ぬことについて考えるのは、自分の身体がどんなふうに落下したり、電車にぶつかったり、血を出したりするのか考えると、妙に解放感を感じるからなのだ。

 昨日辞めた職場の裏階段もやっぱり螺旋をえがいていた。一階にはトイレがないから、いつも二階にいく、その階段が螺旋をえがいていた。螺旋階段は足音の響かせ方も奇妙だ。耳の中にも渦巻管というのがあるらしいが、あって当然だという気がする。

 昨日は朝まで映画を見ていた。途中まで見ていた「マルメロの陽光」という映画を最後まで観た。その間、なんどか居眠りしかけて、その度に巻き戻して再生していたから、一本観るだけで四時間くらいかかってしまったのだ。それでもこの映画は、退屈だけど傑作で、傑作だけど退屈だった。

 絵を描きながら、何度も描き直す。描き直すせいで、めちゃめちゃ時間がかかる。そのうちにマルメロの果実は熟して落ちてしまい、結局絵は完成しない。そういう画家の姿を追ったドキュメンタリー(?)映画なのだ。

 その映画には螺旋階段は出てこなかったけれど、かわりに壊れた壁が出てきた。壊れた壁と螺旋階段は似ている。そこを通り抜ければ確実に異世界へたどり着けるというその佇まいがだ。

 昨日はめちゃくちゃに眠くて、仕事をするのが嫌になって、今日は早退しますと上司に告げたら、どうしてと理由を聴かれてしまった。だから正直に、仕事をするのが嫌になって、と言ったら、それからどうしたことか、辞める話になってしまって、だから私は辞めたのだ。

 家賃を低く抑えているからといって、手取り十五万円では、毎月働かないと滞納ということになってしまっていろいろ大変なのだ。それでも仕事を探す気がしなくて困っている。

 今、私は映画館に向かっている。「象は静かに座っている」という映画を観ようと決めて部屋を出た。村田さんに、「昨日の夜、何回も階段行き来していましたね」と聴いたら、「頻尿なんだ」と言った。「最近は毎日だよ」と言ったから、「そうなんですか」と返した。

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