少年の喚声
文都
気付かぬふりをした
「さようなら」
君はただそう言い残して空を舞った。
落ちる姿は酷く美しく、空中に残された涙はきらりと光った。
差し出した手が虚空を掻いた。
恋情、愛情、劣情、悲情__感情。
そんな感情ひとつすら持てなかった僕に君は一体何をしたのか。
未来が見える僕に怖いものなどなかった。
生きる意味などなかった。
分かりきった正解を紙面に書くだけ、分かりきった結末を見るだけ、望まれた言葉で人を笑わせるだけ。
「未来は変えられる」
僕はそういう類のものが嫌いだった。馬鹿みたいに思えた。この世界は全て決まっていて、皆、そのレールの上をただ走っているだけなのに。
でも言える訳もなくて。
分かりきった人生なんてつまらないものだ。何をせずともその運命は変わらずに僕らを待ち構えて掌の上で転がして笑っているのだから。
君もそうだった。君と出会った時に君の未来は見えていた。君が泣く日も、君が手首を切る日も、君が鳥になる日も。
どうせ死ぬなら、と泣いた彼女を抱き締めたのが運の尽きだったようだ。
その日、僕は自分の未来が見えなくなってしまったのだ。それと同時に僕の中で何かが落ちたのだ。すとん、と。
そして、ごろり、と何かが横たわった。
日に日にそれらは肥大化して僕の首を締め上げた。
君の頬に残った涙の筋が
君の手首に巻かれた白の包帯が
君の背に生えた白銀の片翼が
君を苦しめる全てのものが
知っていたはずなのに僕の首を締め上げ、知らない感情をどろりと目覚めさせた。
君が鳥になる日を僕は変えようとした。
でも
「さようなら」
君はただそう言い残して空を舞った。
落ちる姿は酷く美しく、空中に残された涙はきらりと光った。
差し出した手が虚空を掻いた。
恋情、愛情、劣情、悲情__感情。
目を背けた物達が僕を殺そうとする。
__嗚呼そうか、僕は君の事が好きだったんだ。
届くはずもないこの感情に、気付くのが遅すぎたこの感情に、僕はただ号哭するだけだった。
少年の喚声 文都 @umbrella-obake
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