第34話

 サチのブラッシングを丁寧に終えて、塀の高い一軒家なのを良い事に深夜だというのに好き勝手に掃除機を掛けて、そしてはたと気付いた。


 ホテルに逃げられる様に纏めていた荷物を片付けて置こうと、広いエリアで兎を遊ばせる為の腰高の柵を張ってから、寝室へと引っ込んで旅行の時に使っていた鞄の荷ほどきをし、時計を見ればもう間も無く早朝の時間ではないかと思った。

 こうなったら絵でも描いて時間を潰してから、朝の世話もしておくべきかと画材部屋に足を運ぶ。


 スケッチブックやクロッキー、色鉛筆などを視界に納めつつもやがて水彩用のキャンバスとイーゼルを片手に取り、アクリル絵の具やら何やらの詰め込まれた革の鞄の取っ手を握った。油絵は流石にリビングで描くわけにはならないし、今は兎のそばに居たい。


 廊下を歩いてリビングに戻り、その扉を開けば兎が走る音。また遊んでいるのかと瞳を上げれば、そこに立って居た男と目が合った。


「ただいま。――――描くの?」

「……おか、えりなさい?描き、ます…」

 先程彼は帰ったと思う、サチがその胸に抱き上げられていて、茶々が羨ましげにその足へと手を掛けて、自分もという風に身体を伸ばしている。

 確かに鍵を渡しているし、サチがこの家に居るのだから迎えに来る可能性も大きかったが、一度マンションにでも帰って眠ってからだと思っていた。


「てっきりお帰りになったんだと…」

「サチを押しつけて帰らないよ。羽柴はちゃんと送ってきたから心配しないで」

 車の中で何で彼女の家を知っていたかだの、本当はどうなんだだの聞かれたが、事実だけを答えておいた。一度彼女を送ったから知っているし、本当に恋愛感情等無い。


 彼女を送ったのはサチが脱走を企てていたせいでしかもその後泊まったし、恋愛感情が無いのは片方だけだという事まで言わなかっただけだが。

 本当に怪しまれたが、じゃあ羽柴はどうなんだと言う問いに、彼も答えていない。どちらにしろ相手にされないという結論で二人共に納得した。


「今日、元々泊めて貰おうと思ってきてたから」

「それは構いませんが、良いのですか?」

「勿論君が良いなら。夕食は食べた?もうすぐ朝食の時間だけど」


 サチを床へと下ろして茶々を簡単に撫でた一條がキッチンの方へと歩き出すのを何となく見ながら、自分の方へと駆けてきた茶々に気付いた楚良がしゃがみ込む。


「夕食は、今日は別に…」

「僕も食べてないし付き合ってくれる?鯖なら冷凍している分があったと思う。少しかかるから描いてて良いよ」

 描いて、と言われればしゃがみ込んだまま茶々を撫でていた楚良が、自分の脇に置いて居た道具達へと目を向け、本当に良いのだろうかと迷っている間に一條は既に冷蔵庫の扉を開いていた。


「塩焼きと照り焼きと味噌煮とどれがいい?」

「鯖なら味噌煮が良いです。…あの、私は嬉しいのですが、本当に良いのですか」

「嫌ならサチを連れてきてはないよ」


 自分の要望をしっかりとは告げてはみたものの、今から食事の準備をさせて良いものなのかとか、本当に泊まって貰って良いものなのだろうかとか、ぐるぐると考えている間に小さな笑い声と共に声が降って、おとなしく楚良がはいと頷く。


 リビングの開いた場所にイーゼルを立て、キャンバスをそこへと置いた。兎の飼育スペースの近くにある水道から水を貰って、丸い小さな椅子の上へとそれを置く。兎達が入れない様に可動式のサークルで自分を囲えば、楚良は珍しくエプロンを首から掛けた。

 筆ではなく指でそのキャンバスに触れ、自分の中のイメージの中から何が相応しいのかを静かに考える。描きたい物はいつだって溢れている、後から後から沸いてくるくせに、一度もそれを100%描き写せた事はない。


 何を描こうか、再びあの男に会う事があれば絵なんて描く気がなくなると思っていたのに、今はどちらかと言えば描きたくて仕方が無い。そこで初めて自分は浮かれているのではないかと思った、それこそ最初一條がこの部屋に来るまでは、会社を辞めて逃げようと思っていたのにだ。


 瞳を向ければ菜箸片手に長身が料理をしていて、茶々がサチと彼を気に入ってしまったせいで迷惑をかけているのに違い無いと思う。


 筆を握った頃には何を描くかが固まってきていて、絵の具を幾つかパレットに取り出した。描くと決めたらもう迷わない、後はもう頭の中をそのまま吐き出せばいい。

 父が絵を見る事は然程多く無かったし、子供の頃の思い出ばかりだ。それでも半分も描かない間に完成する絵に何を込めたか見破られたもので、もう少しひねくれた絵でも構わないと言われたことも不意に思い出す。

 描きたい描きたいという思いが溢れて、藤森には絵に恋をしている様だとさえ言われた。


 絵と心中したいとも、絵と寝たいとも思わないので、それは違うとは思うのだけれども焦がれているというのなら奴隷とかそういう物の類いかもしれない。

 余りにも気が逸るせいで筆が煩わしい、キャンバスが憎い。もう指先が筆になって、血が絵の具になって、目がキャンバスになればいいのに。


「――――空木さん」


 完全に自分の世界にのめり込んでいたら、不意に声が掛かってびくりと肩が跳ねた。見れば一條がサークルの直ぐ側に立っていて、彼の足下で兎も二匹注目している。


「邪魔してご免ね、ご飯できたよ」

「あ、食べます。済みません」

「謝る事なんて無いよ、今できたばかりだから」

 本気で空想の世界から現実に戻されて、何やら恥ずかしくもなった。視線を向ければ机の上にはもう料理が幾つか並べられていて、慌てて棚の上から白いシーツを取り、絵へとばさりと掛けて置いた。


「手を洗ってきますね」

「慌てなくていいよ」

 リクエスト通りの鯖の味噌煮はつやつやとしていて、本当に美味しそうな香りがする。

 兎達が後ろについてくるのに気を払いつつ、リビングの扉で彼らと自分を隔て小走りに洗面所へと向かった。余り汚していないと思っていたのに、指先もエプロンも絵の具が跳ねているし、頬まで飛んでいて何やら恥ずかしい気分になりつつそれを洗い流す。


 エプロンをしていて正解だとそれを外しつつリビングの方へと戻れば、お帰り、と優しげな声が掛かってその手にお盆が携えられてそこに味噌汁らしきが乗っていた。


「本当に全部任せてすみません…」

「えっ?謝られる事してないよ、寧ろ君があんな風に絵を描くのを初めてみたから楽しかったな」

 楽しかったと言うのにそうだろうかと楚良が自問自答しつつ、いつもの自分の席へと腰掛ければマットの上に味噌汁がのせられる。こういうのは女としてどうなんだと思ったが、もう今更だと開き直る事にした。


「鬼気迫るって言うのかな。君にしては珍しいと思ったから、寧ろあんな風になるんだなって凄いと思ったよ」

「不器用なので一度傾くと駄目ですね、転がり落ちる気分です」


 褒められればそんな風ではないと思ったが、多分端から見ればどう考えても熱中しているそれだろうと思う。話を聞きつつ今日の食事も美味しそうだときらきらした目で楚良が料理を見下ろしていれば、その傍らに箸休めの小鉢を置いた一條も前の席へと着いた。


「頂きます」


 二人で手を合わせて楚良がそう告げるのもまた、彼の食事を頂く時の日常。食べ始めれば兎が少し離れた場所で遊び始めるのも。


「そんなに真剣に何を描いてたの?」

 然程時間をかけた訳ではないと思うのに、何でこんなに柔らかいのだろうと鯖に魔法を感じながら箸を入れて居た楚良に声がかかり、その顔が上がる。


「朝を。少し優しい色合いで描きたかったので」


 彼女の口から優しい等と漏れたが、一條に言わせればキャンバスの前の彼女はまさに陶酔という表情だった。

 仕事でPCに向かっているときや、スケッチブックを広げている彼女にはよく会うが、それとは全く違うその様子はまさに絵描きという表現が相応しいと思う。

 筆を変え、姿勢を変え、視線を変えてただ書き連ねる様子に見惚れていたなんて、そんな事は口から漏らす事は出来ない。


「出来たら見せてね?」

「別に構わないですが、そんなに珍しい絵ではないですよ」

「君が描いた絵だから見たいんだよ」

 相変わらず一條は食べ方も綺麗だと楚良が考えていれば、またその唇から言葉が漏れてそうですか?と首を傾げた。


 自然に女性を喜ばせる様な言葉が出る人というのは本当に存在したんだなあ、等と考えながら柔らかな鯖を口に運ぶ。

 過去の自分がそういう男には気をつけろ等と囁くが、彼に口説かれた覚えが僅かもないので大丈夫だろうと。


「それともう一つ、お願いがあるんだけど」

「お願いですか?」

「うん」


 本当にモテる人は色々勘違いもされるし大変なんだろうなあと、何度目かの苦労を思ってみながら食事を進めつつ鯖を骨に変えていれば、じっとその視線が自分の方へと向いているのに気付いて楚良が首を傾げた。


「暫く此処に住んでも良いかな?」

「住む――――――――」


 もぐ、と彼女の口がまた一つ動いてその言葉も一緒に咀嚼している様だった。本当にその顔は彼女の兎に似ている。


「君より帰るのが早いし、やっぱり心配だから暫く此処に来ようと思うんだけど、毎日来るならサチを連れて移動するのも心配だからね。……勿論、君が良ければだけど」

「いえ、それは…流石に一條さんもさっちゃんも危なくなると思うんですが」

「サチが茶々ちゃんと仲が良いとか、僕が君と親しいとか、バレたらやっぱり狙われるんだろうしね。僕のマンションに来て貰うって方も考えたんだけど住所も野ざらしだし、管理人さんが若い女性でね。此処の方が二匹とも安全かなって」


 告げられた楚良の視線が鯖を飲み込みながら兎の方へと流れて、一緒に住む、と頭の中で繰り返してみた。本当に全然思いつかない申し出だと言って良い。

 一條にしてみれば精一杯平静を装って聞いてはみているが、正直彼女がどう出るかは賭けである。言い訳も理由も重ねられるか、どこまできいて貰えるかは別だ。


「会社から遠くなりますし、私もここに住んで良いんですか?」

「君を追い出そうと思ってはないよ。…まあ、一緒に住む、って言った方が良かったかな」

「一條さんとさっちゃんが…」


 流石に直ぐに快諾されるとは思って居ないが、その間は珍しく悩んでいる。今仲良く遊んでいる二匹に懐柔されてくれれば幸運だと思いつつ、その間を根気強く待って居れば彼女が一度箸を置いて近くの茶を取った。


「お願いなのですか?」

「うん。僕からのお願い」

 問いかけられて即答されれば、楚良が一度瞬いてからまた一條の方へと視線を戻した。


「じゃあ連日ソファという訳にもいかないですね」

「いや、無茶を言っているのは僕だからソファで良いんだけど…」

 かなり分の悪い賭けだと半ば諦めかけた頃に、彼女が再び箸を手に取って漏らした言葉に自分で言い出したのに驚いたのは一條の方。

 嬉しげでも迷惑げでもなく、普通に零された言葉に思わず声が上ずるかと思った。


「腰を痛めますよ。和室もありますが、リビングで眠りたいならソファベッドですね。普段は布団ですか?ベッドですか?マンションでしたらベッドでしょうか」

「和室で構わないよ」

「家主は茶々なので従って下さい。それが条件ですよ」


 家主は全く聞いていない風にサチと遊んでいたが、家主の代弁者がそう告げてカタログでも取り寄せますねと告げた。彼女の視線は一度ソファの方へと向いて、小さく息を吐き出す。


「どうせなら一條さんが選んで下さい。――――どうしたんです?むせました?」

「いや、うん、大丈夫。正直、…うん、何でもないよ」

「え、何でもないんです?」


 口元を手で覆っている一條が顔を背けていて、本当に大丈夫かとティッシュを差し出したら非常に微妙な反応でそれを取られた。

 絶対に普段とは様子が違うと思うのだけれども。


「着替えなどを考えると兎の入らない部屋を一部屋空けておいた方が良いですね。折りたたみのベッドがあるのでそこに入れておきます」


 抵抗なく告げている彼女に本気で不安になる。羽柴辺りが同居を申し出ても同じ様に受け入れた様な予感がしないでもないが、だからこそ先に自分が抑えておきたかった。

 彼女の危機的状況で付け込んでいると理解しているのに、嬉しくなってくる自分はもう少し責められてしかるべきなのに、それが表情に出そうになって此方を見ないでくれと願う。家具を選んでいいなんて、本当に、喜んではいけないのに本当に。


 そこまで信頼してくれている事に、幸運な機会に、本当に彼女の事を考えれば申し訳ないと思うのに嬉しくて仕方がないなんて、此方へと視線を向けているサチは気付いて居るだろう。

 家主の代弁者本人だけは本当にご迷惑をお掛けしますだなんて頭を下げている始末だ。


「水道光熱費は折半にするし、食費もちゃんと入れるから。あとご飯は毎日作らせて」

「兎を見て貰うのと調理費で相殺ですが」

「そこはちゃんとさせて?こっちがお邪魔するのに君の財布が傷むのは嫌だよ」

「此処の光熱費は私の給与の半分が吹っ飛ぶ程度なので折半は申し訳ないです」

「…君どうやって生活してるの?」


 彼女の残業代というのは相当なものだと思うが、その半分を軽々と吹き飛ばすというのは一体どうなのか。画材の道具や兎の世話のお金などもそれなりに掛かっているのだろうと考えれば、食費というものはどうなっているのか。


「兎のデータは売れるんです。あとはサンプルのモニターをしたり、ブログのアフィリエイトで儲けていますよ」

「そう言えば君の兎って相当高額なんだね。藤森さんが言ってたから調べてみたけど、ちょっとびっくりした」

「あれはショップの方が調子に乗ったんです。これ以上高値になると本当に欲しい方に届かなくなるので、暫くショーもお休みです」


 マスターブリーダー、と言う格好良い称号を彼女が持って居るのもその時に初めて知った。一年に一度の繁殖だからそれ程の利益にはなっていない様だが、そんな称号を持っているなら確かに情報にも値が付くのか。副業申請は伊達ではない。


「まあ、そうですね。心苦しいかと思いますので、水道費を全額で。食費は夕食の材料費のみ折半でお願いします。外食はその都度で」

「それだと僕がかなり甘えてるんじゃないかな、家賃も入れる訳じゃないし」

「マンションの方のお家賃もあるでしょう?リビングで眠る形ですし、兎の毛などの処理も今以上に気を遣われる事になりますし。私はこうですからストレスも凄いと思うのですが」


 本当に人が良い等とぼやかれたが、人が良いのではない、狡猾なだけだ。楚良の常識が鈍いのを良い事に、等と思ってもそれで彼女のそばに居られるなら何を言われてもどうという事はないとさえ思って居る。


「分かった。細かい事はその都度ね。僕も安心だよ、此処ならそれこそ防犯がしっかりしてるし、カメラもあるしね。何よりサチも喜ぶよ」

「だと良いんですが。一條さんを独り占めできなくなるので、さっちゃんに嫌われたらどうしましょう。…悲しくなってきました」

「今日羽柴を送って行くときに、全く一緒に帰りたそうにしてなかったから大丈夫だと思うよ」


 もう完全に行ってらっしゃいぐらいにしか思われていなかった顔を思い出せば、一條の方が微妙な気分になってきた。

 よく考えれば先程帰ってきた時にさえ、キャリーの側に寄りつかなかったのを思い出す。

 絶対に帰る気など無いに違いない。


「最初の時は一條さんが居なくなると足ダンが凄かったんですが。最近は少し席を外すぐらいなら安心して眠ってくれる程なので、帰ってきて下さると信じているんですね」

 ごちそうさまです、と彼女が両手を合わせて丁寧に告げる。そして彼女が口から漏らした言葉に、一條は本当にそうだろうかとサチの方へと視線を投げた。


 勿論迎えに来る事は信じているが、迎えに来るならできる限り帰りたくないという気持ちも透けて見える。何せ一條がマンションで自由にさせれば、キャリーケースの置いてある棚に走り、身体を伸ばしているのだから。あれ程嫌がっていたのにだ。

「片付けは僕がやるから、続きを描いてて」

 食器を重ねてシンクの方へと運んだ彼女に声を掛ければ、少し迷った風にした楚良だったが静かにその頭が上下した。


「今日は、一條さんが来てくれて良かったです。――――そうでなければ、こんな気持ちではいられなかったと思うので…」

 エプロンを頭から被り、背中で紐を結んでいる彼女から声が掛かってキッチン越しにその姿を見れば、楚良の瞳が一條の方へと向いていた。


「本当に有り難う御座います。感謝しています。恩着せがましいのですが、一人では不安だったので…嬉しいです」


 ストレートに自分の感情を表現する彼女が、誰かの為ではなく自分の内を明かしてくれたのは一條にとっても素直に心に響いた。

 一條に言いたくないと願ったのは、どうせ信じてくれないと思っていたのは、本当に彼女の正直な気持ちだったのだろう。


「此方こそ。話してくれてありがとう」


 本当は君の側に居られて嬉しいとか、そう言った言葉ばかりが頭を過ぎったが、全ては胸の奥へとしまっておいた。

 下心付きで側にいたいなんて言うのは、例え真実がそうでも、ストーカーに怯えている彼女に言う事ではない。彼女が一條に感謝していると、一緒にいてくれて嬉しいと言うのは恋愛感情が無いと信じているからだ。


「家族としか、一緒に暮らしたことがないので。…何か不満がありましたら遠慮無く伝えて下さい、宜しくお願いします」

「君と茶々ちゃんにいきなり追い出されるのは嫌だから、君も遠慮無く言ってね」

「どう考えても生活がきちんとしていないのは私の方です!」

 するりと白い布を下ろした彼女がパレットと筆を手に取っていて、まさに今から片付けも放って絵を描こうとしている彼女からの声はそんな事ないよと笑いながら告げる一條の言葉に掻き消された。


 洗濯物は色柄物でも一緒くたに回す人だし、放っておいたら風呂上がりで髪も殆ど拭わないまま仕事をしているし、リビングはチリ一つない程に片付けて兎のブラッシングも毛玉一つ残さないのに、自分はたまに兎に囓られて破れた服を着ていたりもする。

 多分富裕層並の生活も出来るだろうに、食べかけのカップ麺が机の上に完全にスープを吸った状態で溢れていた時もあるし、メイクを落とさずに朝方コーヒーテーブルに突っ伏しているのに気付いた時はどうしてくれようかと思った。

 本当に彼女は傍目から見てみれば駄目な人かもしれないが、その柔らかな声も真摯な眼差しも自分に向けば酷く胸が躍る。寧ろ彼女に付け入る隙があって良かったと。

 特技が料理であった事に一條がこれほど感謝したことはないし、自分にサチを預けた友人には足を向けて眠れない。


 絵描きがキャンバスに向かえば、またあの瞳で真剣に絵へと向かっている。


 空木楚良、彼女の瞳に世界はどう色付いているのか、見てみたい。きっと恋をする自分の様に鮮やかに、その色は息づいているのだろうと思った。

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