Operation Death Squad
ゾンビに合わせる必要がないので、帰路は遥かに短く感じられた。
新たな混乱の兆しが訪れたのは、道中のちょうど半分を過ぎた頃だった。無線機に、サンティアゴ・デ・クーバからの通信が入ったのである。
「まさか、そんな」
一報を受けたイバンは、青ざめた顔で震える声を上げた。
「どうした?」
交信の内容をよく聞き取れなかったホアンが、助手席と運転席の間から身を乗り出して尋ねる。イバンはそれを振り返り、言いにくそうに告知した。
「フォックスが反革命勢力と結託して、騒動を起こしているらしい」
イバンはゾンビを追跡中の車両から、一台だけを除いて残る全てを召還した。彼らの車は一足先に街へと近付き、すぐに、ある異常と遭遇するはめになった。
狼煙のような黒煙が、街から立ち昇っているのである。
急いで手動式の窓を開けたイバンは、爆音や銃声を耳にした。
「あの煙を目指せ」
隊長が命じると運転手の兵士は応じ、サンティアゴ・デ・クーバに入るなり煙の方角へと直進した。
目的地に接近するにつれ、車内の誰しも不吉な予感が大きくなっていくのを気取り始めた。
「隊長、これは……」
イバンの家の正面で車を停めた運転手は、ついに口走った。イバンにとって最も恐れていた光景だからだろう。そここそが、主戦場となっていたのである。
街に残留していた革命軍はイバン宅に立て籠もり、反革命勢力に応戦していた。敵軍のほとんどは面識のないキューバ人たちで構成されていたが、FRAPCの姿も交じっている。戦況は革命勢力が不利で、家は敵に制圧されつつあった。
「庭に乗り入れろ!」
イバンの意向に従って運転手はアクセルを踏み込み、車体で柵を突き破って庭園へと侵入した。
即座に隊長は交戦の命令を下し、同乗していた兵士たちを降車させた。後部座席でホアンを挟んでいた兵士たちが降り、彼は一人置いていかれる。
それを顧みたイバンが部下の一人にジェスチャーで合図を送ると、ホアンの脇からその兵士はジープに半身を乗り入れ、投げるように小銃を差し出してきた。彼らが所持しているのと同じ、AR-10だ。
「降りろ、おまえも手伝うんだ」
兵士の言葉を聞きながら懐かしい重みを両手で抱いたホアンは、一瞬ぽかんとしてしまった。そんな彼に痺れを切らし、兵士が改めて腕を薙いで指示する。そこでようやく我に返り、ホアンも車を降りた。
久方振りの銃だった。敵に武器を渡されるとは、どうやらかなりの信頼を勝ち得たらしい。あるいはイバンたちが混乱していたのかもしれない。無線の内容が事実なら、ホアンは味方であるフォックスと相対することになるのだから。
しかしホアンのほうも、どういうわけか革命軍を裏切る気にはなれなかった。かと言ってフォックスと戦うつもりもない。むしろあのCIAには面と向って真意を糾明してやりたかった。例の如く、こんな計画が実行されるとは聞かされていなかったのだから。
鳴り響く銃声によって、ホアンは否応なしに戦闘に巻き込まれていった。足元の芝生が機銃掃射で刈り取られ、泡を食って彫像の陰に身を隠す。
どうやら相手は迷いがないらしい。銃撃はさらに継続され、革命軍兵士が何人か倒れ、ホアンが盾にしていたコロンブス像も頭部を亡失した。
やられっぱなしでいるわけにもいかない。ホアンは面識のない敵だけを撃つと、FRAPCとの戦闘は極力避けることに決めて物陰から躍り出た。
反革命軍の兵士を銃撃しつつ、二階に到達した敵によるテラスからの攻撃をかわし、等身大の窓を銃身で叩き割って家の中へと転がり込む。
すでに、イバンたちも窓や扉を破ってなだれ込んでいた。敵味方ともに死体や負傷者がフローリングに転がり、床板を血で染めている。
とりあえずここまで来れたということは、先程まで陣取っていた敵を押し返せたはずだ。家族を探しているのか、イバンは必死に周囲を見回していた。
そのとき、全員が天井を仰視した。――上から銃声が轟いたのだ。
「二階だ! ミレイヤたちの部屋がある!」
言うなり、動転した様子でイバンは螺旋階段を駆け上がった。彼の部下に混じって、ホアンも後を追う。
階段を上りきったところにある木製の扉を、イバンは蹴破った。
室内には反革命軍兵士の三つの背中があり、うち一つは拳銃を軸にミレイヤと揉み合いを演じていた。――フォックスである。
CIAを含む三人の敵は振り返ったが、一人は体勢を整えるまもなく革命軍の兵士に射殺された。
もう一人はアルベルトだった。彼は馴染みの革命軍兵士と銃を構え合って、互いに硬直した。
ミレイヤは意外なほどに健闘していたが、革命軍に驚き不意を突かれた。CIAは身を翻し、ミレイヤをイバンたちのほうへと突き飛ばすと、部屋の隅でしゃがんで震えていたジャニーヌへと銃口を向けた。
「動くな、引金を引くぞ」
「嘘よ!」
CIAが脅すと、イバンに抱きとめられたミレイヤが泣き叫んだ。
「どちらにしろ撃つわ、最初からジャニーヌが狙いなの!」
ごく短い静寂。
表で自動車のエンジン音がいくつも響き、散発的な銃声と怒号が増加した。ゾンビ追跡部隊が援軍として戻り、残存する反革命勢力と戦いだしたのだろう。
遅れてきたホアンは、イバンの後ろから部屋を覗き込み掠れた声で言った。
「フォックス、どういうつもりだ?」
CIAは無言だったが、かつての仲間を目前にして戸惑うように瞳を泳がせた。それはアルベルトも同様だった。
ホアンは慎重に呼び掛けた。
「よくわからんが、まず、その子を自由にしろ。関係ないだろう」
「……できない」フォックスは拒絶した。「大いに関係しているからな」
「どういうことだ? 理由を言ってみろ!」
険しい表情でイバンが詰問すると、CIAは苦しげに告白した。
「……
フォックスの発言を聞くや、イバンたちの側はあからさまな不快感を顔に出した。
死の部隊とは、社会秩序の維持を名目に一般市民をも誘拐し拷問し暗殺するような連中である。
「ジャニーヌが標的だっていうのか?」ホアンはそう呟いてから、厳しい語調で抗議した。「酒席での話はなんだったんだ。結局、一方的な価値観を強制的に押し付けに来たのか!」
フォックスは黙っていた。彼はジャニーヌに、イバンはフォックスに、アルベルトは革命軍に銃口を突きつけ、ホアンはそれを見守っている。
この状態で時は静止していた。誰もが迷っていたのだ。
ふと、遠方の銃声がやみ、足音に変じて近づいてきた。
横目でさり気なく廊下や階段を確かめて、イバンは言った。
「娘を放せ! 反乱はほぼ鎮圧した。降伏しろフォックス」
微かにアルベルトが顔を動かした。ジャニーヌを見やり、やがてホアンと目を合わせる。彼の視線からあるものを読みとって、ホアンは開口した。
「聞いたろうフォックス。FRAPCの作戦は失敗だ。もうやめろ」
駆けつけてきた増援の革命軍兵士たちが、廊下に整列して銃を構え、開け放たれた扉の奥にいるCIAへと照準を合わせる。
フォックスは注意深く、イバンとジャニーヌを見比べた。CIAの手は震えだしている。
小さな金属音がきっかけとなった。それはアルベルトの拳銃が動いたためのもので、狙いはフォックスへと移されていた。
狐は息を呑み、ようやく銃を手放した。
銃身が落下音を奏でると、室内に突入した革命軍によって彼らを欺いてきた者は拘束された。
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