Operation Pet Cematary
ゾンビの飼育小屋で悲鳴が上がったのは、翌日のことだった。
騒ぎを聞いて駆けつけたイバンたちは、屋内に踏み込むなり絶句した。
檻の中のゾンビが、おぼつかない歩みながらも牢屋の出口に何度も体当たりをしていたのだ。警備の兵士たちは鉄格子の扉を必死で押さえていた。その隣では、食事係が尻餅をついて震えている。
「どうした。なにがあったんだ?」
問い掛けたイバンに、食事係は彼を仰ぎ申し訳なさそうに弁明した。
「す、すみません。慣れてきたせいでうっかりして、みなさんと同じものを出してしまいまして……」
イバンたちが目線を落とすと、食事係の横には食器が転がっていた。そこからはみ出しているのは魚料理だ。これまでのゾンビの食事はホアンの知識を参考にした専用のもの、チョウセンアサガオか香辛料抜きのキビ粥に限定されていた。
こうしたものでなければ都合が悪いらしいのだが、具体的な事由までは解明されていなかった。どうにせよ今回の料理が駄目なのは明白だ。ゾンビの弱点である塩が含まれているのである。
「隊長、いかがいたしましょう?」
付いてきた部下の一人が、ゾンビに銃口を向けながら訊いてきた。イバンはちょっと思考したあとで、大胆な提案をした。
「……出口を開けてみよう」
「ですが危険では?」
驚いて部下が献言する。
「おそらく安全なはずだ」イバンはある確信を持っていた。「ホアンから聞いた伝承によれば、塩を口にしたゾンビは死体として眠るべく故郷に帰るという。こいつがどこからの来訪者か判明するかもしれん。今日までさしたる成果も得られなかったのだからな。ちょうどいい頃合だろう」
部下たちは躊躇したが、イバンが繰り返し説得すると、ついに断を下した。
隊長の合図をきっかけに、牢が開放されたのである。兵士たちはいっせいにそこから距離を置き、ゾンビへと銃を構えたが、生ける屍は周囲など見向きもせずに一定のスピードで一定の方向へと歩きだした。
そのまま部屋を出て、表へと進んでいく。
「よし、後を追うぞ」
イバンが指図すると、速やかに兵士たちは従った。
緩慢な歩行のゾンビを追い越して、イバンが一足先にジープの助手席に乗り、ドアを閉めながら運転手に命じる。
「ホテルに寄ってくれ、専門家を一人連れて行く」
塩を食したゾンビの追跡は、数日にも及んだ。
イバンたちを搭載した数台の軍用車両は、屍を追尾しながら街を出てずっと東に進むはめになっていた。目標の歩みは遅いので、たまに運転手や車両を入れ替えては交替で路肩にテントを張って休んだりしながらの追跡となった。
「きりがないな。ハイチまで旅するならなおさらだ」
ある夜明けに、ゾンビと併走するジープの助手席でイバンはぼやいた。
座席を倒して身を預けていた彼は、顔の上にベレー帽を載せて目を覆い、転寝を試みていたのだがついに飽きがきたのだった。
背もたれを起こして帽子を被り直すと、イバンは車載無線機を用いて他の車両へと呼び掛けた。
「悪いがあとは任せたい、結果を報告してくれ。わたしはあまり街を離れるわけにもいかん」
同伴する車両から了解の返事を聞くや、イバンは運転手に指示して、自分たちのジープを車列から離脱させた。
「退屈しただけじゃないのか。おれも帰っていいだろ? うんざりしてきた」
Uターンして方向転換する車内で、後部座席からホアンが訊いた。ゾンビに詳しい者として選出され、連れてこられたのは彼だった。
腕時計を確認しながら、イバンが答える。
「ああ、方角的にも奴の墓はほぼハイチで間違いないだろうからな。異変があれば、連絡を受けてから対応するくらいで充分だろう」
自動車が帰途に着くと、乗員は口を閉ざし、それぞれが思索に沈んでいった。
ホアンはもはや歴然となったゾンビの実在に、改めて畏怖の念のようなものを覚え、それが及ぼす影響を黙考していた。車内を支配する重たい雰囲気と同乗する兵士たちの硬い表情から察するに、彼らも似たようなことを考えていたのかもしれない。
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