其ノ拾陸 魔術ニツイテ
「ではどうすれば……」
隆が頭を抱えると、ソ連兵が口を挟んだ。
「……ラスプーチン」
「なんだって?」
しゃがんだ少尉が、座らされているボリスに問う。
「まるでグリゴーリイ・ラスプーチンだ」と、ソ連兵は言った。
「帝政
黒木大尉には心当たりがあった。日本人たちの視線が集まると、隊長は解説しだす。
「怪しげな魔術で、かつてロシア帝国の皇室ロマノフ家から信頼され、政治を腐敗させ、革命の因子になったという人物だ。このため暗殺されそうになったが、毒を盛られても銃で撃たれても死ななかったという」
「ま、まだ生きてるんですか?」
興味深げに隆が質問すると、大尉の代わりにソ連人が答えた。
「そのすぐあと、零下のネヴァ川に投げ込まれて死亡した」
「銃でも毒でも死ななかったのに? 寒さが苦手だったとか?」
「
「言われてみると、そのようなものかもしれません」しばらく黙っていた王龍が、口をきいた。「剪紙成兵法にしても、もとはただの紙に過ぎない。それが方術によって兵となる。呪術的な要素に意義があるんだ」
「お金みたいですね。ただの紙切れが、人の社会では価値がある」
言ったのは千鶴だ。みなに注目されると、彼女は皮肉交じりに付け加えた。「この国のお金は、値打ちがなくなるだろうけど」
やがて検案を纏めたらしい黒木大尉が、久方ぶりの朗々とした声で豪語した。
「……妖精だろうが奇術師だろうが、とかく、そうしたものにとって特有の急所があるのかもしれんな」
「そ、それ自体が問題でもありますね」ソ連兵に間違いを馬鹿にされたこともあって、隆の声色は淀んだままだった。「あいつは新しい妖怪です。誰も弱点はわからない」
少尉の一言で、一行の気持ちはまたも沈んだ。暗雲を晴らすきっかけとなったのは、ふとした王龍の発言だった。
「……実は、参考になるかどうかは怪しいですが、竃神の絵の逸話には結末があります。これは中佐にも話していません。彼は造ることにのみ躍起になっていましたから」
微かな期待の眼差しが、一人の中国人に注がれた。彼はそれらに応えるように、慎重に物語の終焉を紡ぎだした。
「竃神の絵が、井戸で水を汲んでいる若い嫁を喰らおうとしたときのことです。気丈だった彼女は、柄杓の水を絵に浴びせ掛けました。すると妖怪は単なる紙に戻り、退治されたのだそうです。……ですが、カ号兵器は厳密には絵ではありませんから、効力があるかどうか」
明確ではないが、希望の光が射してきたようだった。もう彼らは、簡単に動揺の声を上げたりはせず、誰もが現状をよく吟味し、的確な試案を模索しようとしていた。
「みな、聞いてくれないか」
鶴の一声は、特別分隊長である黒木康博からもたらされた。
「わたしは中佐に会いに行く。おまえたちには、これから言う通りにしてもらいたい」
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