其ノ拾伍 竃ニツイテ

 俯きながら聞いていた中国人は、やがて口を開いた。


「……あいつは、竃神そうしんの絵です」


 ついに彼は真相に触れた。

「竃神自体は善良な家の守り神ですが、あれは別物だ」

 そして王龍は物語りだした。中国に伝わるという古い民話を――。


 昔、師走になると竃の神の絵を売る男がいた。あるとき彼は、転んだ拍子に指を怪我してしまう。その血が絵に滴ると、絵は妖怪と化したそうだ。男は喰われ、化け物は以後もたくさんの人を喰らったという。


「ぼくの家系は清代の頃、宮廷で呪術的な研究に携わっていたそうです。方術ほうじゅつには紙人形を兵士として実体化させる剪紙成兵法せんしせいへいほうなる術がありますが、先祖たちは、この技法を発展させて土塊の軍隊を造り傭として始皇帝の陵墓に副葬させたともいわれています。日本にも、陰陽道において紙形を式神とするものが伝わっているでしょう。

 先祖は、竃神の絵の挿話を呪術の暗喩と解釈し妖怪の製法を考案して綴っていました。中佐はぼくを逮捕した際に、我が家に封印されていた古文書を見出し電気的にそれを再現する計略を発案したのです。精度が低いため男神の顔しか描けませんでしたが」


 弁明する王龍に、溜め息交じりに黒木大尉が確言した。

「……電子上に描かれた実体のないかまどの神の絵、それでカ号か。物理攻撃が通用しないわけだな」

「はい……、おそらく紙の竃神の絵が人を喰らう器官などなくともそれを可能としたように、電子的なカ号に取り込まれたものも異界へと送られるのでしょう」


「王龍を頼りに、監視用撮像機を根こそぎ壊してみてはどうでしょうか」

 提案したのは隆だ。すぐに黒木大尉が、空想上で検討しだした。

「男大首は反撃してくるが、監視できないところへの襲撃は中佐が抑制するわけか。……発電機を処理する方法がないな。あれをどうにかせねば、ソ軍にカ号兵器を渡すことになりうる」

 一呼吸してから、大尉は王龍に対当した。

「ところでカ号を操縦しているという、肝心の宇賀神中佐はどこにいるんだ」

「……これ以上中佐を裏切れば、娘がどうなるか……」


 項垂れた王龍の返答に、隆は肩を落としなだめるようにして語りかけた。

「危害を加えても利益がない、おまえを操るための脅しだろう。裏切ったという証拠はないんだ、我々が自力で感知したふりをすればいい」

 黒木大尉も勇猛な口振りで言う。

「居所がわかればこちらにも策はある。我々にとっての裏切り者は中佐だったのだからな。娘を助けてやろう」


 はっとして顔を上げた王龍が、真意を探るように黒木を嘱目した。大尉の発言への驚嘆は、日本人たちにとっても大きかった。彼らが予想もしなかった方向に、事態がうねりだしたからだ。


「男大首をくぐつとしている装置をどうにかすれば、攻勢を抑えられるだろう。発電機も爆破できるはずだ。王龍、おまえなら在り処を――」

「不可能です」

 中国人は再び面を伏せた。彼以外のみなが釈然としない顔をすると、王龍が悔恨するように事由を述べる。

「宇賀神中佐がいるカ号の制御室は地下の、発電室の最深にあるのです。そこに兵器の本体もあります。隣室は居住空間にもなっていますので、彼は長期間居座れるのです」

 またもや、黒木部隊にとって不知の事象だった。途端に日本兵たちから落胆の声が洩れる。


「で、では。発電室と中佐の部屋以外を爆破してしまってはどうでしょう」めげずに案出したのは斉藤だ。「もちろん、監視用撮像機をあらかた排除してからです。建物全体が崩れれば、カ号に守護されている中佐といえども無事ではすまないのでは」

 すぐに隆は、発想の穴を突いた。

「カ号は口を異常なほどに大きく開けそこで物体を消し去れる、うまく使えば瓦礫から身を守ることもできそうだ。それに本体と発電機がある限り、あの兵器をソ連にくれてやることになりうる」


「中佐が暴走する危険もあるな、先刻の少尉の提案もだが」

 と、黒木大尉が横槍を入れた。

「撮像機が壊されていき、わたしたちがそういった手段に出ようとしていることに勘付けば、自身の生存を優先するやもしれん。どのみち、監視用撮像機や建物が破損するほどカ号の使い道は減ってしまうはずだからな。

 建物の多少の損傷は覚悟の上で、あいつの拘束を解くかもしれんぞ。そうしたら厄介だ。壁のなかからも奴が出現し、構造物を掘り進んで急襲してくるようになるだろう」

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