其の玖 現状ニツイテ

 状況は予想以上に悪いようだった。


 斉藤上等兵の不吉な話によれば、支部の出入り口に接近する者は男大首に妨害され、ことごとく殺されるはずだという。大塚技師の脱出は、まさに例外中の例外だったらしい。

 逆に黒木部隊からすれば、それこそが意外だった。確かに表には逃亡しようとしてしくじったらしい車両の残骸もあったが、事実として彼らはここまできている。

 斉藤と一通り互いの現状を話し合って把握すると、念のために分隊は屋外に出て脱出経路の確認をしてみた。同時に、これまでの経過を報告すべく持参した無線通信機で交信しようとしたが、まずそれが失敗した。電界に巣食う男大首の影響かもしれないが、一挙に隆たちの嫌な予感は増幅し、それは的中することになってしまった。


 黄昏の夕闇が迫る雨中。


 舗装がいい加減なせいでぬかるむ地面を漕ぎ、苦労して門に辿り着くと、支部を包囲する鉄条網から顔が現れたのだ。横向きに出てきたため、厚さのないそいつをしばらく視認できず、危うく部隊はやられかけたが、顔は己の特性を理解しきれるほどの知恵はないのか、襲ってくる途中で正面を向いたので助かった。

 警戒していたこともあって素早く対応できたために犠牲は出なかったが、逃げる際に隆少尉は泡を食って転び、「どわっ」と叫びながら尻餅をついた。

 慮れば当然の結果かもしれない。

 男大首はあらゆる電気設備を住居とするのだから、高圧電流の柵に囲われた支部ではどこから襲ってきてもおかしくはないのだ。すると侵入が容易だったことに謎があったが、そこは大尉が推理した。


「我々は餌として捕獲されたのかもしれんな」

「こ、こうなっては、やることはひとつしかありませんね」

 屋内に帰還した一行の中で、軍服の泥を払いながら隆が恥ずかしげに言った。



「――いいか。壱、弐の参、で開けるぞ」

 しばらくあと、兵士を失った代わりに憲兵を加えて十一人となった彼らは、発電室前で隊列を組んでいた。黒木大尉に従い、全員で数える。


「壱、弐……」取っ手に兵士の手が掛かる。


「参!」


 扉が開放され、分隊と斉藤がいっせいに銃を構えた。支部の人員による攻撃の形跡であろう、ひしゃげた鋼鉄の壁に四面を守護された巨大ななにかが見えたのは、ほんの一瞬だった。

 その内部に発電機があるらしい。開けるのと一緒に放り込まれた手榴弾が、飛び出した男大首に食われて消滅した。

 兵士たちが機銃掃射で支援するなか、扉が閉ざされる。巨体を誇る顔は、自身の半分以上に匹敵するほど裂けるように大きく口を開き、銃弾の大部分を呑み込んでしまった。辛うじて透過したものも、頑強な防護壁に弾かれる。


 ある程度想定された結果だった。

 電流を伝う顔にとって、いわばここは心臓部だ。簡単に攻撃を許すわけがない。戦闘の興奮から冷めると、日本兵たちは廊下で会合を始めた。


「発電機の燃料が切れて、停止するまで待避するわけにはいかないだろうか」

「ここ独自の新型だそうだぞ。なにが動力でいつから稼動していたかも、どれくらいで止まるかもわからん」

「誰かをおとりにして、中枢を砕くしかないのでは?」

「奴が中枢の守備を優先するのは斉藤上等兵から聞いたろう。せいぜいできて、発電機を攻撃する人間が殺されている間に違う電線を僅かに壊すか何人か脱出させられる程度だ」


「支部の人員は、あなた方の隊より遥かに員数が多かったんです」言ったのは斉藤だ。「混乱していたせいもありましたが、これしか破壊ができませんでした。とても不可能ですよぉ!」


 仲間たちの意見を参考に、隆が大尉へ提言する。

「黄色薬でまるごと吹き飛ばしてはどうでしょうか」

 それは資源が不足しだした戦線において、なんとか内地の国産でまかなえることから基地の爆破用に信管を取り付けて大量に支給されていた下瀬火薬のことだった。


「適した位置に設置せねばならない」爆薬の装置箇所が記述された手元の中央棟設計図に目を落としながら、厳しい語勢で黒木は答えた。「時間も掛かるし、発電室にも不可欠だ。銃で応戦するより遥かに隙が生じるだろう」


「同僚も発破を用いましたが、成功した者はいませんでした」と斉藤だ。

「他に役立つ知識はないのか」

 黒木大尉に質問されて、斉藤は思い起こすようにして言いだした。

「……そ、そういえば、奴が開けた口で物質を消し去り、他の部位は物体を透過することは確認済みですが、どうしてか建物を掘り進んで襲撃してくるようなことはありませんでしたね」

 腕を組んだ黒木が、感心したように頷いた。

「なるほど、奴にも規則性はあるらしい。そこを突けばどうにかなるかもしれん」


 口調は強気だったが、どことなく元気がないのが隆にはわかった。

 隊員たちも意気消沈している。大尉は隊長として、みなを奮い立たせようと必死なのだろうと。

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