冷たい訪問者

 俺は、すとんとソファーへ腰を落とした。


「なんでメッセージ機能なのに会話ができるんだよ。すげえな」

「ねえ、アキ。ジェノバユノスのことなんだけど。彼、呼び出しがかかって、いま出かけてるみたいなのよ」

「呼び出し? だれに?」

「それは、あたしにもわからないの。メッセージの選択に、とくに入ってなかったから。あと、だれが来てもドアは開けるな、とあるわ」

「……けど、あの端末もデバイスもないんだから、俺にドアなんて開けられるわけないじゃん」

「このホテルのロックは、指紋と虹彩認証のはずよ。フロントで登録されなかった?」


 俺は、そういえばと、そのときのことを思い返した。この部屋に案内される前に、フロントで指紋を採られて、変な機械を目に当てられた。


「されたかも」

「だから、だれが来ても開けないで」

「うん。わかった」


 インヘルノがソファーに上ってきて、俺のとなりで伏せをした。


「アキ、メッセージは以上なの。もう消えるけど、一人で待っていられるわよね」

「一人じゃない。インヘルノもいるから大丈夫」

「……そうね。じゃあ、またあとで」

「うん。ばいばい」


 テーブルの上の機械は、カチッという音を最後に、本当に静かになった。

 一息ついた途端にお腹が鳴った。

 ジェノバユノスの船で、軽くパンをかじっただけで、きょうは食事らしい食事はしていない。

 でも、サイズと合流できたら、とてつもなく豪華な食事にありつけるかもしれない。お腹にも、それまでは我慢と言い聞かせ、俺はまた横になった。

 うつらうつらしていると、部屋の呼び鈴らしきものが鳴った。

 がばっと身を起こした。インヘルノもソファーから降りる。

 そのインヘルノと目を合わせてから、俺はドアのところまでいこうとしたけど、ふと足を止めた。

 ビショップも、メッセージを残したジェノバユノスも、だれが来てもドアを開けるなと言っていた。

 ドアの横に、その指紋認証のできる装置がある。上には画面があって、俺が近づくと、パッとなにかが映った。

 ドアの前らしき映像に、待ち望んだ姿があった。


「……サイズ?」


 小さく出した声が、画面を通じてドアの向こうへ届いたらしく、無表情に近かったサイズの顔に笑みが浮かんだ。


「はい。いま着きました。開けていただけますか」

「う……うん」

「どうしました?」

「いま、ジェノバユノスがいないんだけど、そのジェノバユノスが、出かける前に、だれが来てもここを開けるなってメッセージ残してて」


 サイズの表情が一変した。

 冷たく、苦みのあるやつに。


「僕よりも、あの男の言うことを聞くんですか」

「え?」

「開けてください」


 いつになく強い口調で言われた。

 少し変な気もするけど、ドアの向こうにいるのはサイズで間違いない。指紋を認証する装置に、俺は人差し指をかざした。

 電子音がした。すると、サイズの映った画面が変わり、そこへ目を近づけると、また電子音がした。

 ドアが開く。

 サイズは笑顔で、軽く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 室内へと進む姿を、俺は目で追いつつ、早かったんだねと声をかけようとしたら、それを遮るようにインヘルノが叫んだ。


「アキ。ベルルラーシ」


 べるるってなんだと思い、ソファーに留まっていたインヘルノを見た。

 インヘルノは、赤黒い毛を逆立てていた。まるで、アルドのインペリアルフロアで見たときのように。

 嫌な予感がして、サイズへ視線をやると、にやりと口角を上げていた。金属の輪っかを、どこかから出し、インヘルノへ目がけて投げた。

 その輪っかは空中で開き、インヘルノの首に当たって閉まった。まさしく首輪だった。

 バチバチと、電気が弾けて走るような音がした。その途端、インヘルノは体を硬直させたまま横になって倒れた。


「インヘルノ!」


 俺はソファーのほうへ駆け出そうとしたけど、腕を掴まれて阻まれた。

 サイズは口元を緩めていながら、目には正気がない。気味が悪かった。明らかに、俺の知っているサイズじゃなかった。

 なにより、掴まれているところから冷たさが這い上がってくる。血の通ってない、それこそロボットみたいだった。


「アキ」

「なんなんだよ、お前。サイズじゃねえだろ。放せっ」


 俺は力いっぱい暴れた。

 しかし、床に倒され、まず両手の動きを封じられた。サイズに片手で掴まれて、頭の上にひとまとめにされた。

 そして、もう片方の手は、あのペンダントに伸ばされた。

 サイズは、大事なはずの蒼い石を指で持ち、ひと思いに握りつぶした。チェーンを引きちぎり、後ろに放り投げた。

 声なんて、もはや出なかった。抵抗もできないほど、絶望を感じていた。

 その首に、サイズの手がかかる。

 俺が抵抗を止めたのを知ってなのか、両手で首を絞め始めた。

 俺は、薄れていく意識の中で、サイズの腕を掴んで、最後の足掻きをした。

 それもかなわない。ただ指から伝わる冷たさに、あのときの感覚をよみがえらせていた。

 俺は、もう一度死ぬんだ……。




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