遺産

ハヴァバッド



 望遠鏡を持って、あの河原へ行こう。

 こんやは肉眼でも木星が見えるんだって。

 流れ星になにを願う?

 俺はね、こうやってずっと、一緒に夜空を見上げられますようにって言う。

 長くても言える。三回だってがんばる。



 兄ちゃん。

 スバルは俺で、北斗星が兄ちゃんね。


 北斗星は星が一つ多いから。

 


 兄ちゃん、こんやも星を見に行こう。

 大三角形を捜そう。


 兄ちゃん。


 兄ちゃん?



 ──どうして、俺になんか構うんだよ。

 うるせえな。うぜえ。

 むかしといまの俺は違うんだ。

 もう二度と気安く話しかけんな。


 ……目障りだから。



 兄ちゃん……。



 兄ちゃん。

 ごめんな……。

 俺のせいで──。








 俺は、なにかを叫ぶ自分の声で目が覚めた。

 今度は広いベッドの上にいた。

 天蓋つきのベッドで、ベールのような薄いカーテンがぐるっとかかっていた。

 ときおり、そのカーテンが風で揺れる。

 俺は死んでなかった。生きてた。

 胸に手を置く。

 アルドのメイドロボットみたいだったサイズの表情と、俺の手から伝わってきたあの指の冷たさを思い出した。

 一体、なんであんなことが起こるのか、ぜんぜん理解できない。

 俺は視線を下げ、首元を探った。やっぱりあのペンダントはない。

 またカーテンが揺れた。

 かつかつと近づく靴音が聞こえ、カーテンの向こうで影が動いた。

 だれが来るのだろうと、俺は身を固くした。広いベッドを少し移動する。

 カーテンが開いて、顔を覗かせたのは、銀色の髪のあの人だった。俺が起き上がったのを確認し、笑顔になる。

 たしか、名前は──。


「レグ、オルダ……少佐」


 そうだというように、笑みが深くなった。

 それから、なにか言葉をかけてくれたようだったけど、やっぱり俺には理解できなかった。どうしたらいいのかわからなくて俯いていたら、肩を優しく撫でられた。

 もしかして、あのサイズから助けてくれたのはこの人なんだろうか。

 でも、そうだとして、なぜあのホテルにいたのだろう。

 訊きたいけど、言葉は通じないし、身振り手振りだけじゃあ細かいところまでは伝わらないと思う。

 そこへ、まただれかがやってきた。

 四角い帽子を被っていて、背筋がものすごくぴんと伸びた人だった。屈めていた腰を起こした少佐へ耳打ちし、どこかを指し示す。

 レグオルダ少佐の表情が変わる。ちらっと俺を見下ろして、なにかを言った。

 また、しばらく二人きりになる。

 少佐は立ったまま、おもむろに腕を組んだ。なにかを待っているように、俺には見えた。


「レグ」


 声がした。靴音も近づいてきて、レグオルダ少佐がそっちのほうへ視線を流した。

 俺も目をやる。


「アキさん」


 姿を現したのはサイズだった。

 ずいぶん長いあいだ会っていなかったような感じもあって、俺はなにから話していいかわからなかった。

 俺から視線を外し、サイズは厳しい表情で少佐と話し始めた。

 少佐も、にこりともしない。

 ……なんだろう、この空気。すごく居心地が悪い。

 怖い。

 なにより、あんな顔をするサイズを初めて見た。


「アキさん、行きましょう」


 目と手の動きで、サイズは俺を促した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る